自分はクラッシク音楽のことはわかりません。
わかりませんが、それなりに聴くのは好きです。
音楽は全般的に好きです。仕事をしていて、気分で
演歌も聴くし、自分が若いころの歌謡曲も聴くし、jazzも聴くし
気に入ればなんでも聴きます。
でも、その演奏が良いのかどうかはわかりませんし、
クラッシクなら 同じ曲をいろんな楽団や指揮者で演奏されますが
どれも、誰のを聴いても プロが演奏しているのだから
悪いとは思わないし、その差はわかりません。
だから 聴いて 細かいところまで分かる人ってすごいと思います。

そしてこの 佐村河内守という人のことは この事件で初めて知りました。
嫁は 最近雑誌で特集を読んだので知ったと言っていますが、
興味がなかったので 見えてこなかったのでしょう。

それにしても、この人のことを考えると 非常に面白い。
面白いと言っては怒られるかもしれませんが、
実に 今の社会を象徴したような事件(?)だと思います。

自分はケーキ屋と言う職業をしていますが、
ケーキ業界も ”カリスマ”とか言って もてはやされている人がいます。
なぜ、そうなってしまったのかさっぱりわかりません。
昔、料理の鉄人という番組がバブル崩壊の前後くらいで流行りましたが
料理の世界でも それなりにカリスマさんはいるようですが
番組で出てきた人以外は 最近はあまりいないような気がします。

ケーキ業界のそれは まるでファッションデザイナーのように、
「世界的な・・・」と言って、大絶賛されています。
 
昔、父に「食い物屋は 美味しいものさえ作っていれば 必ずお客さんは来てくれる」
みたいな事を言われました。自分も今でもそう信じています。
ところが、今の時代 そんな不味いものは あまりありません。
コンビニケーキだって それはそれで美味しいし、
経営している以上 どこのケーキ屋さんで買っても 不味いものはめったにありません。
それなりに みんな美味しい。
では、買う側はどういう基準で選ぶか、
近く。と言うのは最大の理由ではあるでしょうが、その人の好み。
味だったり、店構えだったり、接客の仕方、お店の人の人柄等々。
それに最近は テレビに出たとか、有名店だとか 
自分が 付けた評価以外の事柄で選ぶ場合もあります。

インターネットが普及しだしてから、世の中の物の売り方、買い方が全く変わりました。
すべての事柄がネットで検索して出てくる時代になりました、
便利ではあるけど、主体性というか 人の主観、考えが あたかも自分の考えのように
取り入れられます。
確かに、物を決める前 ネットのない時代であっても 自分でそれなりに調べることはしたでしょうが
その調べる先も それなりに自分で信頼の置ける人だったり ところだったり 
今は すべてが得点方式になっていて 誰が付けたか解らない得点を基準に決める。

そして、ここ20年位のテレビ。
ネットに押され気味、観ない人が増えたというものの やはり目に訴えかけるものは強い
テレビの影響力は絶大です。
自分達の子供の頃は それほどTV局自信が 自分達の力 影響力がわからなかったのでしょうが
最近は 自分達がいかに影響力があるのか 十二分に解っていて
また こうやれば物は売れるということも解っているようです。
多分、その影響力を知って TV局を使って物を売ろうとする人もたくさんいるのでしょう。
そして、テレビ局側も常に 新しい物、人、事柄を探しています。
そんな中で出てきたこの「佐村河内守」という人。
耳が聞こえない作曲家、広島原爆2世、風貌、キャラクター、あの人の話す内容(物語)
すべては テレビ向き。
飛びついたんだと思います。
そうなれば ほんとうの意味での この人が作曲したとされる曲の良し悪しは 関係ありません。
物語に物語が付いて、良い方向、売れる方向に ひとり歩きしていけば 
今更のように この人の曲とされた 曲をああだった、こうだったという人がいますが
その時は そんな話を聞く耳を持つ人はいませんし、もし言っている人がいれば
言った人が 批判の対象になったんだと思います。

自分はケーキ職人で ケーキ職人からしたら、
すべてとは言いませんが、例えば誰かが「こんな感じで こういう味の こういう外見のケーキを作って欲しい」
と依頼されたら、多分 作れると思います。
極端に ケーキ作りから 逸脱していなければ 大抵の事は形にできると思います。
それが 職人であり、仕事です。
佐村河内守が ゴーストライターに 設計図(?)の様な物を渡して、そこから作っていたとされていますが
このゴーストライターの人は 先生だそうですし、そういう研究もしている人だということですから
多分、時間はかかっても それほど難しい 作業ではなかったんではないかと想像します。
ケーキと音楽 全く違いますが、その道はその道ですから、その世界にいれば
長くやっていれば 作る方法論というのは わかってきますから 作れると思います。
それを その知識とか経験がない人からすると、その世界にいる人からすると当たり前のことが
凄い事、素晴らしいことになってしまうようで、
またテレビの番組になれば 素晴らしい演出をされますから、見る側は大絶賛
そういう、大絶賛させる 方法論を知っているのもテレビ局です。

そういう 作り手、売り手、買い手の三者の思惑が 上手く折り合ったというか 
欲したものが すっぽりハマったのような今回の事件。

では誰が一番悪いのか?
もちろんこの佐村河内守という人が一番悪い、
そして、そんな人の思惑に従った ゴーストライターの人も悪い。
騙されたように言っている、被害者のように言っているテレビ局はどうだったのか?
見抜けた、見抜けなかった だけの問題なのか?
疑って見るわけではないけど、見えているのに見ようとしなかった、
見えているのに見えないことにしていたのではないか?
自分達が世に出してしまった以上、おかしいと後から気がついても 引くに引けないところはなかったか?
(そういうことは 絶対テレビ局は言いませんけど)
そして、買う側。 
買った人は自分のお金を出したのだから 一番の被害者といえば被害者でしょうが、
では なぜこの人のCDを買おうと思ったか?
テレビで見て、「素晴らしい、テレビがそこまで言うのなら是非聞きた」というのは人情でしょう。
それに、自分で買って聞かなければ 全部は聞けないのだから買ったのだし、
ではそれを買って聴いてどう思ったか?
この事件が発覚する前の この人自信や曲の評価は大絶賛されています。
悪く言っている人はだれもいません(自分が見える限りでは)
自分がそうだから 他人様もそうだとは言いませんが、(言えませんが)
本当に 心の底から 自分自身の 主観と感性だけで この人達の曲を良いと思いましたか?
そこに テレビなどから与えられて 先入観やどこかの偉い評論家さんが大絶賛した評価が
ご自身の感性に 刷り込まれていなかったか?

先に書いたように、自分には音楽に対して、そこまでの評価は出来ないし、わかりません。
ただ、垂れ流すように部屋に流して、それが自分に心地良ければ 邪魔にならなければ
良い音楽です。

自分も当然ですが、
なかなか 人は物の価値を見極めることは出来ません。
ましてや値段をつけることなど出来ません。
そこに 何らかの権威のある人、場所が 価値をつけた時
その物の価値(値段)は決まります。
今回の場合なら 再三言うテレビ。
テレビという権威が 佐村河内守という人の価値、値段を付けたのなら
結果として  その価値基準が働いて その人の商品(CD)を買わせたのなら
やはり、テレビという権威者は 罪が重い気がします。

もっと言わせて貰えれば、今の権威者は 非常に軽いというか 責任が薄い。
誰も 自分が言ったことに対して、責任を取らない。
一度発した 自分の言葉を 簡単に撤回する。
一度発した言葉は 絶対に消えない。
我々 一般人とは違う。権威のない我々ですら、相手 場所によっては 
人を傷つけ、自分の立場を悪くする場合は多い。
なのに、すぐに無かったことにしようとする、

また、我々もすぐ忘れてしまう。
自分に関係のないことなら なおさらすぐに忘れてしまう。

多分、これから もっともっと こう言う怪しい人は出てくる。
売った者勝ち、お金をつかんだ者勝ち、勝ったもの勝ち。
そういう世の中。
生きることや、お金を稼ぐのが みんながみんな上手いわけではない。
このゴーストライターの人も、非常に 生きることも お金を稼ぐことも下手
その下手な人に付け込む、権力者、権威者。
資本主義とは 弱肉強食。負けるやつ、付け込まれる奴が悪い という人はいるだろうけど
それでは あまりにも 心がない、愛がない。
人間社会とはそういうものではないはずなのに、

もう一度書きます。
今の時代を 象徴したような 事件。
表面だけを見て、誰が悪い、どこが悪い とだけ言って終わらせるのではなく
みんなが 考えたほうがいい話のような気がする。