敦賀原発直下の破砕帯、断層連動か 保安院が原電に追加調査指示 ...

最近このニュースで 福井県の人たちは非常に困惑しているニュースを見た、
自分が暮らしている岐阜県はその敦賀原発と浜岡原発の真ん中に位置しているから
どちらかに事故があれば 人事では済まされない。

でもこのニュースは非常におかしい、
もし去年 東北に大地震が起きなければ、もし福島第1原発にあのような事故が起こらなければ
今でも 別になんの不安も疑問も感じずに考えずに生活しているだろうと思う、
例えは どこかの偉い大学の先生や政治家などが
断層がどうのこうのなんて 一般国民は言われても 事の重大性もわからず
何やら言っているなーくらいにしか感じずに生活しているんだろうと思う、

それに、だいたいあのような事が起きて 今更のように断層を調べたり
事故が起きた時のために ヨウ素剤を備蓄したり、
そういうことは 原発を作る前に 調べたり、
国民に説明するべきで 作ってから40年も過ぎてから
原発が事故を起こせばこういうことになるんだと見てから
「これは大変だ」とばかりに大騒ぎしても遅いわけで
それに 原発は今では日本の社会に必要な物になっている気がする。

だからと言って 自分は原発賛成では決してない。
自分は原発事故が起こる前から 電力会社のCMを見ていて
例えば 使用済み核燃料の後始末は六ケ所村の地中深くに保存しているから大丈夫
みたいなのをやっていたけど、「結局埋めるしかないんだ〜」と思っていたし、
プルサーマル計画の話を聞いても 多分今の人類には無理な計画なんだと思っていた、
だから やろうとした外国は諦めてやめている。
それだけ 核という物を人類が意のままに扱うことは難しいものだと思う、
それに なんといっも 一度暴れだした核はもう人類の手に終えない。
そういう物を わかり顔で扱おうとしている人類は間違っているのだと思う。

しかし、もうすでに知らないうちに 日本は54基あるそうだけど

そう、作られた地元の人には重大なことだけど、自分のように無関心だった人間にとっては
「知らないうちに・・」なのである。
もうそれだけ 日本の社会の中には必要なものとなっている。

今でも官邸前で金曜日になるとデモをやっているのだろうか?
地方の人間には聞こえてこない。
反対している人たちの思いや考え方はようわかるし
自分だって 近くでやっていれば参加するだろうと思うけど、
でも、でもである。
もし 本当に原発がすべてなくなったら
日本の社会はどうなるのだろうか?
今のような 生活はできなくなるような気がする。
好きなときに好きなだけ 電気を使い夏は涼しく、冬は暖かく
数分で食べ物を温め、腐らないように保存し、
自分の仕事を考えたって、水道やガスが一時期的なら止まっても
どうにでもなるけど、電気が1分でも止まったら 焦りまくり 現実非常に困ります。

電気が24時間 当たり前のように来ているから
命を繋げられている人だって たくさんいる。
そういうことを一つ一つ考えれば 電気は文化生活においては
まさしく血液であり生命線と同じで、そういうことを考えてデモに参加しているのだろうかと
聞いてみたい気もしないでもない。

結局 電気は必要なのだから 電気をどう作るか?その方法論が問題になってくるわけで
先に書いたように 54基も日本の社会に入り込んでいるのなら 
今すぐやめるというのは 現実的でもないし だいたい代わるものがない。
だったら 今は上手く原発を使いながら
政府が言っているような曖昧なものではなく、
しっかり期限、時間を決めて それまでには 必ず次のテクノロジーで電気を作り出す
方法へ転換していくというのが 合理的で現実的な気がする

そういうことを言うと 反対している人たちが今 大地震が起きて 原発が壊れたらどうするんだと
言うだろうけど、

先に書いたように もし去年のああいう出来事がなければ 今でも「知らぬが仏」で
何の疑問も持たずに 冷蔵庫を開け、リモコンのスイッチひとつで
テレビを付け、クーラーをつけているのだから
今まで知らなかったんだという理由は通じない、
知らなかった。知ろうとしなかった。無関心、無知だったというのも
日本国民全員の「罪」
それを特定の人だけを攻めても始まらない、
これから エネルギーをどうして行くのか
地球環境も含めて 生活スタイルも含めて 考えていかなくてはいけないこと。