と言ったのは 昭和49年 自分が中学2年とき 巨人の長嶋選手が引退セレモニーの時
言ったセリフですが、しばらくはこのセリフは何かにつけて出てきて
その時代もあったのかどうかは知りませんが
今なら流行語大賞になりそうなほど流行った記憶があります。
今までこのセリフは 別に何とも思わず 長嶋選手は「巨人軍は永遠であれ」とおもって
言ったことでしょうが、
最近このセリフをよく思い出すことがある。(ちなみに自分はドラゴンズフャンなんですけど)

巨人軍は不滅、永遠であれと言うのは 裏を返せば「巨人軍その物は不滅で永遠であれ」
と言うことで、その時々の選手や関係者は、巨人が不滅であるためのコマというか
必要な人は必要だけど 必要でない人は必要でないし、
選手一人一人の「個」というのは あまり意味がないというか 巨人にとっては関係のないこと
すべての人間、事柄は 「巨人軍が不滅で永遠であるため」が最優先で重要なこと。
と言う意味。
だから いくら有能な選手で人気があって それまで巨人のために尽くした選手であっても
巨人が不滅であるために働けなくなった選手は不必要。

プロ野球ですし、勝負事ですから、能力が無い、無くなった選手は辞めるしかないのは
当たり前のことで、その後その選手がどういう人生を送り、どうなるかは
もう巨人にとっては関係なくなります。(契約社会なのだから当たり前のことです)

では この巨人軍を「日本国」に変えて、選手、関係者を「国民」に置き換えたら
「日本国は永遠に不滅です」
「日本国が永遠で不滅あるためなら その時々の国民が泣こうが叫ぼうが そんなことは関係ない」
となったら・・・。
まさしく 今の日本です。
福島原発がああ言うことになって 多くの人が避難生活を送り
生活に困り 将来に不安を感じていようとも
日本国のためなら 原発は再稼働する。

いくら危ない飛行機が アメリカから来て 国民が危険を感じようとも
日本国はアメリカとの関係が必要なのだから 
国民の不安より アメリカが言うことが 日本国の不滅のために必要。
沖縄の問題も同じ。

消費税の問題だって、本当はいじめ問題など 国にとってはどうでもいいことで
政治家の目は 国民の目など見ていない。
今 このときに どんなに困っていようが 苦しんでいようが 
見ている先が違うのだから 何もしてはくれない。
だから 自殺者の数は一向に減らないのはその証拠

政治がしてきたことすべてを
「日本国は不滅であること」「それが政治の最重要なことで 目的です」
という言葉に当てはめると すべてが当てはまる気がします。

そう考えてしまうと すべてがむなしくなりますが
「国にとっての国民」「国民にとっての国」
「国があるから国民がいるのか?」「国民がいるから国があるのか?」

原発問題も含めて、将来の日本、100年後の日本をどう作るかを
もう一度、全国民で考え直すときかもしれません。
昨日のニュースで 2030年には労働力が随分減るそうです。
自分は70になっています。
その時日本はどっちの方向を見ながら歩いているのでしょう?
今は「グローバル社会」と言われるけど
世界中でもう いっぱい、いっぱいの所に来ているようです。
経済問題、環境問題も含めて もう一度
「日本は永遠に不滅のために」「世界が永遠に不滅のために」「地球が永遠に不滅のために」
地球人全員で考えるべき時だと思うんだけど

そんなこと 無理か!!

自分の極論を言えば
自分は「滅亡説」って 嫌いじゃない、結構そうなるのならそうなればいいのにと思う。

後30年もすれば 今日本や世界を動かしている人達 多分自分もいない。
その後 日本が、世界がどうなろうともう関係ない。
まあ 人類の歴史という物は そうやって面々と流れてきたんだ。