「くじを引ける権利」という言い方は ちょっと変かも知れないですけど、

くじの種類も あみだクジなのかガラガラと回して 白なのか色つきなのかタマが出てくる
福引きなどに使うくじなのか
とにかく、自分が選ぶか回すかして 出てきた結果で良い物が当たるのか
粗品になるのかなんですけど、
でも、そのくじを引く権利は 誰でも持っているわけではない
商店街なら そこで金額相当の物を買って、お店でくじ引き券をもらうとか
あみだくじなら、選ぶ立場にならないと 選ばせてもらえない。

ちょっと前に 日本の総理大臣が代わりました。
子供の頃は 「末は博士か大臣か?」と言う言葉もあったように
大臣になるくらいの人は それはそれは頭もよくて、行動力も統率力も
人の上に立つための すべての能力が高く備わっている人だと思っていた。
いわゆる 「特別な人」とでも言うのか、

ところが 自分が大人になって 少しずつ政治に興味を持ち始めて
いろんな政治家を見てきて、
ましてやここ15年くらいの政治家を見ていて
2世議員、3世議員も増えてきたり、元タレントとか何かで有名人とか・・・

政治家になろうと思う人が、どういう道をたどれば政治家になれるのか
自分はよく解らないというか知らないけど、
中学、高校生くらいから「自分は政治家になろう」と思う人は今でもいるんだろうけど、
今の大阪府知事さんのように 元々は弁護士で どういう経緯か?
たまたまテレビのバラエティーに呼んでもらって そこから人気(?)が出て
今は府知事と言う 経緯をたどって政治家をやっている人が結構多い気がする
あとは、親が政治家で でも本当は自分は 政治家になるつもりが無かったんだけど
その親が亡くなったり、引退したり、でその基盤を譲り受けてなってしまう人。

その人達の 政治家としての能力は個々だから 一概には言えないけど、
本当にあるのか 無いのか?
国民として見ていると 本当はそんな能力が無いと思われれても、
選挙で受かってしまえば あっちの物で、有権者でなければ何も言えない

今は民主党政権だから、総理大臣になれる人はまず 民主党所属の
政治家でなければならない。言うまでもない事ですけど
その中で、どういう理由で 大臣や総理大臣になれる道筋があるのか
国民にはよく解らないけど、なんかよく解らないけど今は野田さんがなっている。
正直自分は野田さんという政治家が民主党にいたことは知らなかったし、
自民党から民主党に政権が移って、まさか野田さんという政治家が総理大臣になると
予想した人は 多分政治評論家でもいなかったと思う。
解らないけど、多分野田さん自身でもまさか自分が総理大臣になるとは
思っても見なかったのではないかと思う、
ただ 鳩山さんがこけて、菅さんがああいう形で ほとんどクビのような形で辞めて
誰が どういう力を働かせたのか?
野田さんも総裁選に立候補して、他の候補者の顔ぶれがああいう人たちで
その中で、野田さんが決まった。

この構図ってまさしく、最初に書いた福引きの「ガラガラポン」なのか
あみだくじで「俺はココが良い」と言って選んだところが
たどって至ったら、「総理大臣」と書いてあったという

だから、すぐに失言で辞める事になった大臣さんも
その前の復興大臣が 東北の知事さん達に失礼をしてクビになった事だって
彼らは 本当のその仕事のスペシャリストで、政治家としての先見性
人をまとめて、仕事をさせていく 統率力 ある意味でのカリスマ性
があるわけではなくて、
どういう道をたどれば、努力をすれば、くじを引ける権利 、立場になれるのか
一般国民には解らないけど、とにかくまずくじを引く権利を得る事に必死に全力を使い
その権利を得て、くじを引いたら出てきた当たりくじが 「総理大臣」「○○大臣」
だから、当たったのだから本人さんは「うれしくて、うれしくて」
うれしさのあまりに、当たったくじ(仕事)の意味も忘れて、
浮かれて、偉そうな態度や、アホなジョークを言ってしまう。

自分は菓子屋のせがれに生まれたから、生まれながらに「菓子屋になれる」という
当選券(?)みたいな物を持っていた、
それを行使するかしないかは自分なんだけど、自分は行使して菓子屋になった。
最近芸能人でも、2世が芸能界入りして話題になっている、
スポーツ界でも、時々その息子、娘という人たちが活躍している
確かに、芸能界なら親が芸能人なら いくらでもその道を造ってやる事は出来るだろうし
芸能界も「誰々の息子、娘」と言うだけで、話題になるから芸能人になれるのかも知れないけど
でも、結局あとは自分自身。
成功するのか ダメになっていくのか??
自分も店を親に作ってもらった、でも やり続けているのは自分、自分の努力。
スポーツ選手なら なお 厳しい、成績、結果が悪ければ その世界にはいられない。

世の中というか、人生は不公平で
生まれながらに良い結果の当たり券、懸賞が付いているくじを引ける権利を持っている人がいる、
どういう結果が出てきても、その当たり券には「○○になって幸福になる」と言うふうに書いてある。
逆に 生まれながらに カス、くずの様な、そのくじの中で最高の当たりくじを引いても
たかが知れている物しか当てられない人もいる。
それはそれで仕方がない事だと思うし、いくらカスの当たり券でも
それはそれだと思って、その中から幸せを感じられれば、それに自分が努力すれば
カスの当たり券でも 輝く当たり券に出来るかも知れない。

しかし、生まれながらに「幸福」の当たり券を引ける権利を持った人たちは
その当たり券を引ける権利がいかに 自分にとってラッキーなのかが解らない人もいる。
自分の努力でもなんでもなく、たまたまそういううちの子に生まれたというラッキーさだけで
そのラッキーさが解らない。
人間、結局自分の事しか見えないし、人の不幸は話としては解るかも知れないけど
結局 他人事だから。

日本は裕福になって、ましてや公に出てくるような人は 昔のように
「不幸のどん底からはい上がってきました。」みたいなサクセスストーリーでなく
ある程度の裕福で 好環境の中で生まれ育った人たちばかり。
自分だって お金持ちのうちの子ではないけど、それなりに可愛がって大切に育ててもらいました。
そういう事を当たり前だと思わないで、
特に政治家は そのクジを引く権利を取得する事だけに 一生懸命にならないで
出てきたクジの結果は 重大責任だと思ってもらいたいし、引かせるのは日本国民

商店街の福引きでも お店の福引きでも、
やっぱり、一等賞は その商店街 お店でよく買ってくれる人、お得意さんに当ててもらいたい。
そう思うのは当然。
本当は 隣町のショッピングセンターでいつも買い物をする人が
決して、常連客でない人が たまたま1回引いたら 一等賞って言うのは
本人は良いでしょうが、クジの主催者は いかんともしがたい。 
「そんな良い物を当てさせてあげたんだから、ショッピングセンターなんかで買わないで
今度からはココにあるお店で買ってください。」と言いたい気持ちです。
そういう気持ちが今の日本国民。
本当は一番 日本の事、国民の事を考えてくれる人になってもらいたいでも
よく解らないうちに 知らない人がなるのが日本の政治システム。
「大臣にしてあげたんだから、必死に仕事しろよ」
「タダ 大臣になれた、なれたと言って喜んでいるんじゃねーぞ!
商店街の福引きと違って、当たったからと言ってそれで終わりじゃねーぞ!」と言いたい。