洋菓子店ラ・パニエ お菓子日記

ラ・パニエの仕事、新作ケーキ ケーキ屋の裏話など・・。

何とかならないかな??

このブログを読んで 読んでくださった方に「何とかなりませんかね?」という話なんですけど。

自分の思いつきで、本人にはまだ言っていないし、言って「いいよ」と言ってくれるか解らないんですけど、
だから、先走りの話なのかも知れませんけど。

今回の大震災が起こってから、自分の菓子学校時代の友達も数人 被災したという事を書いてきましたが、
その中で一番仲の良い友達が、何かと新聞、テレビ、ネットニュースで見かける
岩手県大槌町で 先日は町長も津波によって亡くなった事で町長選挙が行われ、
新しい町長が決まったと言う話とか、
昨日のネットニュースに 合同慰霊祭をやったというのがありましたけど、

そこで 多分おじいさんの代から菓子屋をやっていて
友達の代から洋菓子もやり始めて、子供も3人恵まれて 
小さいながらも しっかり 立派にやっていたんですけど、
今回の震災でお父さんを亡くし、当然家も店も何もかもなくしてしまって、
少し前まで 避難所ではなく 親戚の家は大丈夫だったとかで
そこで、一緒に生活をしていたんですけど、
最近、仮設住宅も決まって 家族だけの生活になり 少しは落ち着いたようで、
仕事は 町の臨時雇用(?)で、救援物資の仕分け作用などをする仕事をもらって
今もやっているようですが、それも多分10月で無くなるといっていました。
こう言う感じが 今の彼の状況なんですけど、

どうもお母さんは菓子屋の再開はあきらめろと言われたみたいですけど、
彼にしてみれば、まだ50で これから新しい仕事を探し(見つかるかどうかも解らない)、
たとえ見つかったとしても、それをやり続けるという気持ちにはなれない。
菓子屋をあきらめる、捨てると言う決心が付かないのは 自分にも充分理解出来ます。
それで、高台の空いている土地を不動産屋に探してもらったり、
仮設の店舗に申し込んだりして、この前の話だと 仮設店舗が当たったそうで、

仮設店舗が決まる前に話をしていて、菓子屋の機材をどうするかと言う話で
菓子屋の機材は まともの新品を買えば最低約500万以上はかかります。
中古で揃えても 半分としても結構かかりますし、上手く手にはいるかどうかは難しい話。

それが、前回書いた 先週東京に行って友達と呑んだという事を書きましたが
仕事で来られなかった友達で、ケーキ屋をやっていたんだけどダメで
今は大手の菓子メーカーに働きに行っているという話を少し書きましたけど、
その友達の店の機材は今も残っているので それをそのまますべて
岩手県に持って行くという話が出て、岩手の友達がその止めてしまった友達の所へ
一昨日 実際東京に見に来たそうで、
現実 本当にすべてを持って行かれて その仮設店舗に設置出来たら
明日からでもオープン出来るという
止めてしまった友達も、寂しいけど また再開するという事は難しいし、
このまま 機材を持っていても仕方がないし、
今となっては邪魔と言えば邪魔だし、業者に引き取ってもらうのだって
売れる物は売ったとしても、多分いくらにもならないだろうし、
だったら、岩手の友達にくれてやって、自分の機材が役に立つのなら惜しくはないという話になって、
仮設店舗が11月頃引き渡しになると言っていたので
それまでに、運んで設置してくれる業者を探してやってもらえたら
何もかも無くしたときには 再開など夢のまた夢だった話が
ここへ来て 6〜7割方 それ以上に現実味が出てきました。
この話は すべて友達としての繋がりが 友情が やつを助けてやりたい、
どうにかしてやりたいと言う気持ちが 店の再開に繋がろうとしていると言う話なんです。

今までの話は 「友情物語」みたいな事ですけど、
自分が本当に言いたいのは その事ではなく、これから書く事なんです。


ちょっと時間が無くなったので つづきはまたあとで書きます。

久しぶりに・・

結局8月に1回しか このブログを書きませんでした。
taroさん コメントありがとうございます。

書きたいと思う事は沢山あるんですけど、
最近、その思った事が 本当に正しいのかどうか
解らなかったり、言い切る事に迷ったりして
だから まとまらないから書けなかったり、

夏場ですから、店、仕事自体は 決して忙しくはないんですけど、

今週、月曜日から昨日(木曜)まで 夏休みにして
毎年の事で、奥さんの実家の埼玉に行ってきました。
今回は思わず盛りだくさんになって なかなか有意義な休みでした。

と言っても、「遊ぶ」というのではなかったですね。
どっちかというと「仕事」の事、
月曜は向こうに着いて終わったけど、
翌日は 昼に二子玉川で 友達と待ち合わせて
そのまま自分が出た菓子学校に行って、お世話になった先生に挨拶して
同級生が先生をしているので 少し話をして、
学校見学して、そのあと横浜の方でケーキ屋をやっている先輩の所へ顔を出してきまして、
その先輩 今年の2月に書きましたけど、命にかかわる大病をして
ひょっとしたらもう お店は無理かと思っていたら、
昨日から再オープンだとかで、前日だったので一生懸命作っていました。
でも、身体に力が入りきらないようだし、辛そうでした。
これからどうなるのか??
すごく心配ですけど、どうにもならないので見ているだけです。
夜は また二子玉で友達と2人で2時頃まで呑んでましたけど、
本当はもう1人友達が来るはずだったんですけど、
仕事の都合が付かず来れなくて残念でした。
そいつの話を書くとまた長くなります。
以前は店をやっていたんですけど、簡単に書くと経営不振で
今は止めて大手のケーキ工場で働いてるとの話です。
 
帰りにタクシーに乗ったんですけど、
その運転手さんと少し話したんですけど、
その人、以前は大田区の町工場で50年働いていたそうですけど、
中国に仕事を取られて 今は運転手さん。
今の時代、そういう人が多いらしいですね。

二子玉川は世田谷区で元々お金持ちの多い街ではありましたけど、
自分達がいた頃はまだ 遊園地があったり、映画館があったり、
ちっとはずれると普通の昔からの家もあったり
と言う街だったんですけど、久しぶりに行った二子玉は再開発で
ブルジョアの街に変わっていて、街を歩いている人たちも
走っている車も 「何をしたらこんなに・・・??」という人たちがたくさんにて、
その反面、運転手さんのような人も 二子玉にはいるというそのギャップ
お金持ちには楽しい街でも、普通くらいの収入くらいでは辛くなる街、
東京はそういうところが多い。
それが、段々 地方都市にも広がっていて、
本当に「勝ち組」「負け組」に別れていくような、
でも、よーく見ると 「勝ち組もどき」って言う人も多い気がする。
一見、良い車にも乗っているし、身なりもお金をかけている、
暮らし向きが良さそうに見えて、実は・・・と言う人も多い気がする。
本当のところは解らないけど、
感覚的には、普通の勤め人やちょっとくらいの商売、会社ではああはなれないと思うから、

そう思うと、本当に不思議な街 東京。

皆さん 都民の人たちは どう思って毎日暮らしているんだろう??
それが当たり前だから 当たり前なんでしょう。

資本主義だからしょうがないし、じゃあ共産主義が良いというわけではないけれど
こう言う ギャップ、違いが世の中を悪くしているような気がする。
二子玉に出来た新しいマンションは 最低が5000万くらいからで最高は2億以上ですって
それが買える人って??

人の話

店をやっていると いろんな人がいろんな話をしてくれる、
ケーキ屋ですら こうなんだから 昔ながらの飲み屋さん、
バーやスナックとなれば ただ酒飲んで、つまみを食べて
カラオケして・・・ということばかりではなくて、
たぶん、お客さんはそのお店の人に いろんな話をしていくのだろう、

一番多いのは愚痴だろうか?
上司とか部下や自分の奥さんとかの人や会社の愚痴や悪口、
自分がいかに大変な思いをして 日々を過ごしているか

悩み
家族の悩み、子供の進路などの悩み、
嫁 姑の悩み(愚痴)

自慢話、
いかに大変な仕事をしていて(苦労話)
自分がどれほど大きな仕事をして、すごい手柄を立てたかとか
なかなか普通の人では行けないようなところに行って
会えないような人に会ってきたとか
こんな珍しいものを食べてきたとか、見てきたとか

往々にして、店をやっている人間は 下に見られがちで
「あなたのように こんな小さな店をやっている人にはわからないだろうが・・」
「あなたは知らないだろうが・・・」
「あなたは行ったことがないだろうが・・」
などの 前台詞が聞こえてきそうな、

まあ、ほかのお店の人は知らないけど、
自分はほとんど店から外には出ないから
あながち、この前台詞は否定できないのは確かなのですが

たまに そんなに馬鹿にしなくても・・と思う失礼な人もいる、

でも 店を長年やっていると そういうのにも慣れたし、
ときどき 「イヤ 自分はそれを選択したんです」と
言いたい時もありますが
強く否定できるほどのものがないから
黙って聞いている。

だけど、本当にいろんな人がいる。
一つ言えることは、ケーキ屋の店先で話をしていく人は
さびしい人、ちょっとスランプな人 のような気がする。

自分が調子がいい時は 店の人間など目に入らない、
ただ買っていくだけ、それ以上のことはない。
それが 話していくのだから その内容はいい話ではないし、
たとえそれが自慢話でも、
人に自慢がしたいという気持ちは 逆に言えば淋しいからで、
自己顕示がしたいのだろうし、とにかく話がしたいからなのだろう。

そういう話を聞いて
自分たちにあてはめる、
何が幸せで、何が不幸せか、
何を大切にしなしくてはいけなくて、
何が不必要なのか。

まあ 良く聞くところの どんな人の人生も最後はトントン
プラスマイナス0(ゼロ)ということだろうか?
得るものが大きければ 犠牲にするものも大きいし・・・・。

でも それとて人それぞれの定義による。
たとえば「あの人はすごい」と思ったり、言ったりするけど
その「すごい」とするところの定義も人それぞれだし、
同じ人を見て「あの人は素晴らしい」という人もいれば
「あの人は最悪だ」という人もいるかもしれない。

またその定義は 年月、年齢 環境によって変わっていく。

結局 その時 その人が 何に対しておもむきを置いているかで
見え方 感じ方がずいぶん変わるということで、

自分自身 何を善しとするか 
人さまの話を聞きながら
「不惑の40歳?50歳?」といわれるけど、
いくつになっても 人は迷っているし
自分自身も心の中は 大いに迷っている 今日この頃です。

題が思いつかない

昨日、NHKでチェルノブイリの事をやっていて 
あまりの暗さに 途中途中を抜かして見ていたんですけど、
25年たっても 全然 放射線というのは無くならないんですね。
それどころか、確実にそこで採れた物を食べると内部被爆するんですね。

そんな(番組の)見方で見ていたし、自分が数字などを並べて 文章で説明するのは
難しいので書けませんけど、

チェルノブイリと照らし合わせると、
福島第一原発の周囲何十キロの範囲では もう食物は採れないと言う事になるのでしょうか??
それが東北3県のどこまでに影響すのか 自分には全く想像も出来ませんが

今は 100km以上離れたワラからセシウムが検出されて、
牛を全頭 国が買い取るとか言って ニュースでやっていますけど
それは農家の方々にとっては 大変な事だし
「買い取ってくれたから良かった」の話ではないし、
じゃあ、この先酪農をやっていかれるのかとか
消費者としては 本当にそこで育てられた肉や農作物は大丈夫なのかとか
考えただけでも、これから日本はどうなるのか???
ものすごい 重たい荷物を 日本国民は背負いました。

自分のような たかがケーキ屋のおじさんですらそう思うのに
先日の 東海テレビの「セシウムさん」事件は
あまりのひどさに、呆れる、怒れる、バカ、アホ・・・・・いろんな罵倒する又は、批判の言葉はありますが
そんな 感情的な言葉だけで 東海テレビを批判しても批判しきれないほど
ひどい話で、
東海地方だから、東北の放射能汚染は関係ないという話では全然無くて
国の中で時差があるような大国と違って、国土その物が小さい日本にとって、
どこの どんなに離れている場所でも 日本国民にとっては大切な国土なのに
「東北の事は俺には関係ないぜ」的な発想でテレビ番組を作っているセンス、
自分には全く理解出来ませんけど、
例えばそのテロップを作った人が
「俺は高給取りだから、東北の物など買わなくても、安全なところから取り寄せるから良いんだ」
と思ったとしても、
今の汚染されたワラの話でも解るように、原発から100km以上離れたところで作られた
ワラですら汚染されていて、離れているから大丈夫だと思って牛に与えていたら
それがダメだった。
また そのワラって いろんな地域に出されているんですね。
福島のワラが 違う県に売られていて そこで牛に与えたれている。

日本って こう言う問題もそうですが、車の部品や薬とか 
いろんな物が消費者には思いも寄らないところで、実は作られていて
自分が毎日食べているものや使っている物が、どこから来ているのか?
製造会社だけを見て どこそこの製品と思っていても、
確かにそれはどこそこ会社の製品なんだけど、元をたどると実は思いも寄らない所で採れた物だったり、
作られていたり、

多治見は陶器の街なんですけど、自分が遠い旅先で陶器の土産を買ってきたら
実はそれは 隣町の多治見の陶器屋さんの製品だったとか、
以前、付き合いのあった養鶏場の鶏は、確かにそこでその人たちが育てて
卵を生産しているんだけど、与えているエサは 外国産のトウモロコシなどを与えている
これを純国産卵と本当に言えるのか?とか

別にこう言うのに文句を言うとか、問題にするとかは全く思っていません。
それはそう言う物だと思うし、自分だってケーキを作っていて
材料が本当は どこでどういうふうに作れているのかなんか知りません。

ただ、物というのはそうやって作られて売られているんだと、
店に行って、自分の必要な物、気に入った物とかを買って来るんですが
今の日本人は、ある事が当たり前で、お金を出せばなんでも買えます。
自分の仕事として何かを作ると言うのはあっても「生活に必用な物を自分で作る」という事を
しなくなった日本人。
自分の仕事の事はよく知っているけど、それ以外の事は全く知らない
自分の仕事の苦労は苦労だけど、他人の苦労は苦労と思わないというか想像しない。

東北の人はすべての人が泣いているし、原発の事でもこの先どうなるのか
想像すら出来ない状況の中で 不安に思い、泣いているのに、
自分は遠いところで 仕事にも生活にも困っていないから
「他人事、他人事」と思っていると、全く違う。

すべての事が自分の事だと思わないと、「セシウムさん」なんて平気で書くような
大きな勘違いは 命取りになる気がします。

実際 これを作った人が会社の中でどうなるのか?東海テレビの社長や
東海テレビ自体がどうなるのか解りませんけど、
レベルの低い勘違いが 会社自体のあり方、信用、存在自体が
命取りになりかねないというのも 他人事ではなくて自分事に思わないといけないかも知れません。

現実が・・

岩手の友達が やっと仮設住宅が決まって、
今まで 親戚の家で 避難生活をしていたのが
やっと、家族だけの生活になって とりあえず落ち着いたという事だけど、

これからは、自分達で生活をやっていかないといけない、
来月で 自衛隊も引き上げるらしいし、
救援物資も いつまでもあるわけではないようだし、

これからが大変、

どうやって 本当の生活を立て直していくか、稼いでいくか、
将来につなげていくか。
非常に厳しい現実が 待ち受けていうるような気がする。

なんとか 上手く やっていけたらいいけど・・・

自分は たまに何か送ってあげる事くらいしか出来ないから、

あとは 見守って、励ますくらい・・。

そういっている自分だって、
これから先 どうなっていくのかなんか解らないし、

日本人 全国民、 総不安。

名言だなと思った。

この前 テレビドラマを 珍しく見ていたら
その中のセリフで名言だなと思って、

「人間は最後は必ず 負けるように出来ているんだよ」

人と比べても仕方がない。

  勝った、負けたを言っても仕方がない。

結局 上には上がいるという事で、

例えばスポーツ選手が 世界記録を作っても
必ずいつかは破られるだろうし、

「自分が勝った」と言っても

「目くそ 鼻くそを笑う」ような話。

この「目くそ、鼻くそを笑う」って言う言い方
汚い表現だけど 結構自分は好き。

脱原発



原発推進、脱原発

確かに、今の福島第一原発の状況や
このニュースのような事があったり、
想像するに、今は肉牛で大騒ぎになっているけど
じゃあ 豚や鶏は?他の農産物は?と思うとまだまだ 
いろんな問題が現れてくるだろうし、
福島の人たちの健康被害はどうなるんだろうと思うし、
それは 何年、何十年先でないと解らない話。
それらを考えれば
脱原発というのは 自分もそうだけど ほとんどの国民がそう思っているでしょう、

そうしたら、原発に変わるエネルギーをどうするのか??
と言う問題が出てきて
「あっちを立てればこちらがたたず・・・」の話になっていくんだけど、

そうなんですけど、

全く素朴な疑問、「アホか・・」と言われるかも知れないけど
原発で出た 核廃棄物って どうするんだろう??

「だから、再処理施設があって、もんじゅがあって プルサーマル計画をやっている」という人がいるかも知れないけど
上手くいっていないですし、
結局 今は地下に埋めるしか手がないんですよね??

つまり このまま原発エネルギーを使い続けるというのは
廃棄物を作り続けるという事だから
その廃棄物を ずっとずっと後の人にまで そのゴミを押しつける事になるんですよね
そんなお荷物をこれからの人、自分達が死んでいなくなったあとの人たちに残す事、

今の科学技術では無理だけど、後の科学技術で処理していく・・・って
今の医療では治せない病気の人を 冷凍冬眠させておいて・・・見たいな
そんな事に期待をかけて、今使い続けるって 良いのかな??

その技術が本当に出来るのかどうかも不確かなのに
ゴミだけは増え続けていく。

よく「今が楽しければいいじゃない」って言うけど
そういう感じ、
「自分達が死んだあとの事なんか 金輪際知るもんか」って感じ、

100年後には 今生きている人たちは 数えるほどしか生きていないわけで、
100年後の人たちが 生き残っている人たちに向かって
「お前らが残したゴミで 自分達はこんなに困っている」と怒られるでしょうね、
でも、その生き残っている人たちだって
今は生まれたばかりの赤ん坊ですもんね。

自分は当然、 (予定では)70年以上も前に死んだ人になっています

仕事の上手な進め方



原発の事や、電力不足の事や
これらの事で 今世の中や各業界がどうなっているのか 
本当のところはよく解っていませんし、

自分が東北に行って、直に見てきたわけでもないし、
岩手や福島の友達から話を聞く程度の事です。
だから 東北の方々が 現実 今どんな思いで、どんな暮らしをしておられるのか
解っていません。ただいろんな情報で想像しているだけです。

それに 政治の事だって、新聞、テレビなどで見聞きするだけの
情報しか解らないし、
自分程度の知識で 物を言うのは おこがましいのかも知れない、

でも、まあ 自分のブログだから ある程度 勝手な事を書いても良いだろうと思う

「それは違う・・」と思われる方がいたのなら、コメントをくださってもかまいません。

自分は ケーキ屋という店を20数年やっているけど、
自分の職人としての 能力、出来る事と出来ない事、
また、例えばお客さんに「こういうふうに作ってほしい」と言われても、
ケーキという食べ物で 現実に 作れる物と作れない物があります。

出来ない事を 「やれ、作れ」と言われても お金の問題ではなく
魔法使いじゃないのだから、物理的というか 実体に出来る事と出来ない事があります。

そりゃ、空想した事やお客さんがイメージした物を リクエスト通りにパッと作ってしまえたら絶賛されるでしょう、
何度も言うけど、無理な事柄は無理。

仕事を進めていても、自分は一人で作っているから
これ以上の仕事は無理、と言う限界があります。
徹夜しようが 朝早くやろうが、休み無くやろうが
上限が決まっている以上、限界を超えれば作れません、
それは 人を何人使っていようが、 その所々で上限は決まっているので
上限が高いか低いかだけの差で 上限を超えれば作れません。

また、自分も若い頃そうだったし、今 働きに来てくれている人を見ていてもそうだけど、
出来もしない事をやろうとしても、出来ません。
当たり前の事ですが、「自分が 出来る事と出来ない事」が解らないと
仕事がバラバラになります。
例えば、5個の仕事が ほとんど同時にやって来ても
一度に5個の仕事は出来ません。
それにその5個の仕事のうちに 出来る事と出来ない事が含まれていたのなら
出来ない事も一緒にやろうとしても、なおさら無理。
その人の能力の問題なんですが、能力がないのなら
出来る事を 出来る順番で 確実にこなした方が
結局 時間も、労力も 最小ですむだろうし
出来ない事なら、「出来ません」と正直に言った方が良いし、
出来る人にやってもらった方が 仕事としては合理的です。

そのあとに、出来ないなら出来るように 自分が努力して 能力を高めていく
それが仕事の積み重ねという物だし、
そうやっていくうちに 経験値が高くなれば、その経験、知識で
初めての仕事でも、出来たりします。

仕事の下手な人ほど、何もかもやろうとするし、たいていそういう時は
焦りますし、絶対良い仕事は出来ません。

言わせてもらえれば、今の政府、菅総理は そんな感じではないでしょうか??
確かに 福島第一原子力発電所の事は 大変な事だし
30年は解決が付かないでしょう。
それに、東北全体の復興も 3年、5年ですむ話ではないでしょう。
それ以上に 当事者である、被災した人たちをどうするのか
どうやって 生活や仕事を立て直してもらって、
ご自分たちの 人生を取り戻してもらうかが
今は 最大の課題だと思うのです。

政府や総理大臣は その仕事が 今は最大の仕事だと思うのですが、

確かに また 同じような地震が 他の原発地域に起こったのなら大変な事になります、
でも、日本はそういう事が解っていながら、原発を作ってしまって
その電力で 国民生活や 産業を行っているのだから
今、ここで浜岡を止めるべきではなかったのではないでしょうか??
当然、産業界からも、国民生活にも影響が出てくるのは 「火を見るよりも明らか」と言うヤツです、
それに 中電は 火力発電にした事による コストアップを国に求めました。

そんなお金を使うのなら、まだここは 原発を使いながら、そのお金が出るのなら
東北の復興に使った方が良いと思うし、
ストレステストというのが どんな物か解りませんけど、
こんなに 日本中が大騒ぎになる事もなかったような気がします。

結局 出来もしない事をしようとして、

最初の方で書き忘れましたけど
人を使っていて 最悪な従業員は
知りもしないのに知ったかぶり、出来もしないのに「自分は出来る」という顔をする人
出来ていないのに 「出来た」と思いこむ人、
そういう人は 使う側としては 非常に使いづらい人です。
あと返事だけの人も使いづらい、「解ったかな」と思うと
全く解っていない人 
それよりも、謙虚に真剣に 一つ一つを確実にやりこなしていける人は
こっちも、その人の能力に合わせて 仕事をしてもらうから
仕事もスムーズに進むし、その中で 少しずつ出来なかった事を与えていけば
おのずと その人の能力も高くなっていく、
そうなれば 店自体も、今までお断りしていた仕事もやれるようになるかも知れない、

店の仕事の進め方と 国のましてや今の大問題山積の中での仕事を比べるのは
次元が違うと怒られるかも知れないけど
でも、人間がやる事だから、
170CM前後の身長で、70kg前後の体重で 頭があって、手足が2本ずつ
超人と言われる人でも 1トンの物は持てないし
ダルビッシュだって200kmのボールは投げられない、
いくら天才と言ったって、宇宙のはての事は解らない、
いくら名医と言われる人でも、末期ガンの人は治せない
それが人間。
人間の能力など たかが知れているのだから

もっともっと 人間は謙虚にならなくてはいけない
それが 仕事を進めていく上で、生きていく上で
一番大切なような気がする、
そして、それが一番 解決への近道のような気がする。

自分がやった事

この人、自分がやった事が それほどの物と思っていなくて、 一応 地元の人たちに 形だけかどうか解らないけど謝りに行ったら、 自分が想像した以上に、反応が厳しかったらから 初めて、事の重大さに気が付いて、 へこんで、精神的ショックで入院してしまったのではないだろうか?? きっと、地元の有力者の人たち、自分が(選挙的に)頼りにしていた人たちに 相当怒られたんだろうね。 解らないけど、この人を押している人たちや、地元の事務所にも随分 抗議の電話などが来ただろうから。

こうなったら



自民党もダメ、
民主党もダメ

鳩山も菅もダメだった、
次 岡田?前原?
なんか イス取りゲームのように
総理大臣が代わるけど、
今の状況下の中で 誰がなっても
強いリーダーシップを発揮して
多くの問題を解決出来るとは思えず、

なぜだろうと考えると
本当に彼らに能力がないのだろうか?
日本の政治のシステムに問題があるのか??

一国の総理大臣と言っても、絶対的な、絶大な権力があるわけではない、
どうしても、政党とか、国民にはよく解らない力が作用して
本当は能力がある政治家も ダメにしてしまうのが今のシステムなのかも知れない。
だから、いまだに 「元総理」とか、引退した中曽根、小泉
とかが 何かを言えたりする、(テレビに出てくるから)

この前 復興大臣が東北の知事さんたちに失礼をして辞めさせられたけど
あの大臣の勘違いは
知事より、大臣の方が偉いと思った事だと思うんです、
でも、大臣は この場合だと 菅総理が任命してなったけど、
知事は県民が投票してなった、
つまり 後ろ盾が違うし、その県の中では「知事」というのは
ある意味 絶対的な力を持った人
その県に行って、たかが大臣くらいが 
その県では一番偉い知事さんに向かって
ああいう言動は 本当に勘違い
その県では 知事という立場の人は大統領なんですよね、

普段生活をしていて、自分の住んでいる県の知事さんが
何をしていて、何を決めていて、どう言うお考えの人か
よく知らないけど、あらゆる事が知事を通して決められているんですよね。

そう思うと、日本ももう 政党政治はやめて
大統領制にしたらどうなるでしょう??

もちろん、良いところも、悪いところもあるでしょうが、
これだけ 足の引っ張り合い、やることなすことすべて
「反対」と言っていれば野党と思っている政治家。
いつ死んでもおかしくないような 昔の政治家による老害
その他いろいろ、
だから、たかが・・・の事すら決められない
ましてや 今のように 被災した人たち、原発の問題
こんなに大きな問題が 目の前に山積しているのに
4ヶ月たっても なにも決められない、
自分達の事しか考えてないようにみえてしまう
与野党の政治家のセンセイたち、

自民党がダメで 民主党がダメなら
国民として 次どの手がある??
他の政党にやらせるわけに行かないのなら、
もう 「大統領制」しか無いんじゃないのかな??

本当は 政治の事など 解っていません、
システムの事も 中学で習った程度の知識です

でも多分 国民のほとんどがその程度の知識だと思うのです。
それでも、今のままで良いと思っている国民は誰もいないと思うので
なんとか、国民がしないと、
本当に、日本はダメになると思うのです。


言いたい!!
「拝啓、野田聖子先生、小渕優子先生、
もし、あなたのオッパイから 放射能物質が検出されたとしたら
それを 知らないで 可愛い我が子に飲ませていたら・・・
を想像してください」
他の先生方も、可愛い我が子や、孫が遊んでいるところや食べているものから放射能物質が検出されたら・・・・

もし、自分達だけ知っていて、家族を避難させていたら
政治家として これほどの裏切り行為は無いわけで、

もう、国民不在の政治システムはやめて、
大統領制がベストなのかどうかは 自分には解らないけど
とにかく 円滑に行くようなシステム作りをしないと・・・

それにはまた時間がかかりすぎる。
そんな大変革をしたら 今の政治家たちは すべての人が大反対、

本当に、日本は どん詰まり、手詰まり、手だて無しって感じです。

夏のバースデーケーキ


日本のイチゴが無くなりました。
輸入イチゴで作った
バースデーケーキです。

ブログ

iPod touchを買ったので、これから つぶやきのように、
写真も載せて書いて行きます。

夜のお客さん

毎年 うちの玄関先に ツバメが巣を作ろうとするんです、

以前は許していたんですが、家の塗装を塗り直してから、
また、玄関先ですから 汚くなるので 巣が作れないように
季節になると ビニールを貼って 巣を作れないようにしているんですが、
今年も 巣を作ろうとやって来たツバメはいたんですが、
あきらめてもらいました、

ところが、なぜか 最近玄関先が 鳥の糞で汚れているんですね、
何でだろうと思っていたら、
夜になると、玄関先に植えてある”ブットレア”と言う花にとまって
寝に来るみたいです。

この前まで1羽だったのが 一昨日くらいから2羽になりました。
それで 写真を撮ってみました。

IMG_2408
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まさしく、クチバシが黄色いので 今年生まれた 子供ツバメのようです。
昨日は 結構 夜 雨が強かったので 良い雨宿りの場所のようです。

「ン〜〜〜 ガンバレ!!」って感じです。

辞めてしまいました。



昨日の今日で アッと言う間に 辞めてしまいました。

あきれて物も言えない、お粗末なお話でした。

それでも、こういう人がこれからも 政治家をやっていくんだから

日本の将来は やっぱり暗いかもしれない。

昨日 会った 各県の 知事さんたちはどう思っているんでしょう??

聞いてみたい気がします。

福島の友達



昨日のつづきを書こうと思っていたら、このようなニュースをテレビで見て、
「この大臣 何を言っているんだ??」
「何が言いたいんだ??」など
あまりにも・・・の言動に 最初は怒れたけど、悲しいし、寂しい気持ちになりました。

福島の友達は 棚倉町と言うところで 原発からは60kmくらい離れているそうですし
地震その物でも それほどの被害もなく、距離的にも 生活、仕事的には 今までとは変わっていないようですが
それでも、観光地には人が来ず、大打撃を受けているところもあるようですし、
何よりも 放射能汚染は どうなっているのか解りません。
と言って、どこかに逃げるわけにも行かず、あきらめているわけではないですが
いつものように、仕事をし生活をしているようです。

友達の所は 親がいて、自分達と高校生の子供がいると言う家族構成ですが
高校生の子供が心配です、

話していたのは、例えば福島の子供たちが 将来 どこか他県に行って
そこで結婚しようとしたとき、出身地は?の話になったとき
「福島」といった時 相手側がどう感じるのか??
結婚して 子供が出来たとき 子供に影響はないのか??
そんな事を考えると、他県の人とは結婚出来ないかも知れないと言う話が
すでに出ているそうで、
60kmと言うのは チェルノブイリの時なら 避難地域圏内だそうで
そういう中で 生活せざるおえない福島県の人たち、

親として 子供のおしっこから 放射性物質が検出されたと言われたら
もうパニックです。

そういった様々の すでに人間の人智を超えた 事柄山積している中で
どっちが待ったのか 待たされたのかの話で ああいう物言いをする人が
担当大臣というのは あまりにも想像力の無さと、勘違いに呆れるばかりで、

何で そこでサッカーボールをけって知事さんに取らせないといけないのか??
報道陣の前で 「自分はサッカーがうまいんだ」とでも言いたいパフォーマンスなのか??
どっちが、
誰が、
知恵を出そうが 
出さないであろうが、
良い知恵が出たなら、誰の知恵だってかまわないのだし、
今の東北の人たちの生活、仕事、将来、子供たちのことを考えたら、
もっと真剣に、もっと謙虚になるべきだし、
あとはどれだけ自分のことのように、
自分の家族や大切な友達のことのように思えるかが大切で
あの大臣が知事さんに怒ったことは すべて 自分のプライドなのか何なのか
を傷つけたことだけを怒っているように見えて、
”怒れる”というより 悲しくなるような 寂しくなるような

結局、政治家にとって 一般国民なんかは すべて愚民くらいにしか思っていないんだろうかと思えるような言動。
やつらにとっては 東北の被災者の方々のことなど
お荷物で厄介者くらいにしか思っていないんだろうなと

最後に 「自分は九州人だから」という言い訳も意味が解らない。

東京にいたとき 九州から来ていた人いたけど
あんな物言いをする人はいなかったし、九州の人たちに対しても失礼
九州の人たちも 怒るべき話ですね。

岩手と福島の友達

昨日 久しぶりに岩手と福島の友達に電話をしました。

2人とも元気そうでよかったんですが、2人とも現実は非常に厳しいですね。
岩手の友達は、この前仮設住宅が当たったそうなんですが、
結構山の中に作られた住宅で、スペース的にも一家5人が住めるような物では無かったそうで
それはキャンセルしたそうです。
今、臨時で市の仕事をさせてもらっているそうで
だから 役所の動向が結構わかるそうで
「公平に抽選しています」と言うものの、見ていると公務員や
つてのある人が 良いところに入っているように見えると言っていました。
なかなか すべてが上手くいかないようで、
ケーキ屋を再開する夢を持っていますが、道のりは遠そうですし、
話をすると 明るく 依然と変わらず話してくれるから
こっちが安心させてもらえますが、先行き、将来を考えると・・・
どうなっていくんだろうと思います。
今はまだ、自衛隊とか ボランティアの人たちが来て
いろいろ やってくれているそうですが、そのうち そういった物も少なくなっていくだろうし、
救援物資も少なくなっていくだろうし、
収入源が無いのだから、「食べる」事すら難しくなる人が出てくるかも知れません。

この前、話したとき 美濃加茂市の人たちがボランティアに来てくれていたそうで
「どこから来たんですか?」と聞くと 「岐阜県美濃加茂市から」と言われて
「岐阜県可児市に友達がいる」と言ったら「となりの市です」という会話をしたそうで
一昨日の中日新聞の地方版に その時の写真をパネルにして
美濃加茂市総合福祉会館 で展示してあるという記事を見たので
見に行ってみようと思っています。

それから、菓子学校時代の友達で 今は伊豆の伊東で和菓子屋に勤めている
友達がやはり 市のボランティアで来たそうで、
ボランティアで来ているから 長い時間は話せなかったそうなんですが
涙、涙の再会だったそうです。
伊東は観光の街ですから大変だそうで、観光客が来ないから
ボーナスも無くなり 給料も少し下がったそうで、
高2、中3の子供がいるから 大変だと話していったそうです。
日本各地で、一見 関係ないような所でも 何らかの影響があるようで
みんな、本当に 大変です。

福島の友達の事はまた 次に書きます。

従業員から独立 オーナーへ

16日に書いた「置き所」の続きといえば 続きなんですが

地元で有名なフランス料理屋さんのオーナーシェフさんと 少しだけ面識がありまして、
数回食べに行ったことがあって、
最後に行ったのはもう7〜8年になるんですが、

うちと付き合いのある 農協の 前の前の支店長さんの弟さんが
そのフランス料理屋さんで、料理人をやっているというのを聞いたことがありまして、
聞いたときは驚いたんですが、つまり自分たちが食べに行ったときに
厨房にいたんだと思うと 不思議な感じがして、世間は狭いなと思いました。

支店長さんの弟さんだから、だいたい自分と同じくらいの年齢だと思うんですけど、
その支店長さんが まだいたとき聞いたことがあって
「弟さん独立しないんですか?」と そしたら
「引き止められて、なかなか辞められないんです」と言っていて、
その店は 今流行の ガーデンウエディングもやっているし、繁盛店です。
だから店としては 辞めてもらっては困るのは想像がつきます。

つい最近 その前々支店長さんが今の支店長さんと 仕事の話をしに
うちの店に来てくださって、帰り際に 「弟が 今度 独立して開店します」と
教えてくださった。

フランス料理屋さんのところは 娘さんと息子さんがいるのは 知り合ったときから
知っていたんですけど、その息子さんが 料理学校に行って 修行しているというのは
聞いていて、ちょっと前に帰ってきて 最近は 息子さんが中心でやっているというのは
うわさ話で聞いていて、
どんな会社でも  代が代わったときの 今までの従業員さんの立場は??
その人が 先代の 片腕のような人ならなおさら。
なかなかうまくいかないのは よくある話。
今回の独立が それに当てはなるのかどうかは わかりませんけど、
お互いに やりにくいのは想像がつく、

自分は 東京の店で修行させてもらっていたとき
いつも思っていたのは 辞める日のこと、
さっさと 自分で必要だと思う技術を身に付けて 辞める日を逆算して
だから、どんなに辛くても、怒られても我慢した、
その店でもらう給料で 何十年も生活しようとは思っていないし
お金を稼ぐのは 自分が店を始めてからと思っていた。
支店長さんの弟さんのように 何十年もいれば その間に自分も結婚するだろうし、
子供だって生まれる、そうなると 最初は修行先としての店だったのが
収入源、自分たちの生活の糧になる。
働いている店の意味合いが 最初と変わってくる。
それで そのまま何十年もいて、
それでも、オーナー社長や店が 自分たちの生活も子供の教育費、老後の資金など
面倒見てくれるほど 最後まで雇ってくれればいいけど
今の時代 それはなかなか難しい、
それには、店そのものが 大きく転換して展開してもらわないと
ただの ”店” だけでは 最後までは面倒見てくれない。
結局、店というのは オーナー家族のものであって
いくら良い事を言ってもらっても、それは大きな勘違い
それは 自分が東京にいたときから気がついたし、修行したお店も
今はやはり息子が中心でやっているようだし、昔の人は誰もいない。
自分だって、自分の親がやっていた会社だって、跡継ぎである自分のものになった。
その頃 従業員さんもいたけど 今はどこでどうしているのか知らない。

つまり、最後は自分のことは自分で決着を付けないといけない。
人それぞれ、人生の歩調というものがあるから同じだとは言わないけど、
引き止められたとか、情に流されたのか 50まで付き合って ここで独立というのが
良いのか 悪いのか??
その人にとっては 本当に勝負。
今、このご時世で食べ物屋さんは乱立していている時代
店をやっている自分は それがどれだけの勝負か
正直に書くと 寒気がするほど。
じゃあ 20代 30代でやれば良いのか??
そんなことは解らないけど、若ければ取り返す時間があるというのは大切なような気がする。

こんなことを書いて、実際オープンしたら 大繁盛で
超有名店になって、元いた店をも 追い抜くほどになるかもしれないから
やってみないと解らない。
「職人」を 職業にしている自分たちは 大会社に勤めている人たちとは全く違う。
 店をやるなら店をやるように 始めた頃から思っていないと出来ないし、
職人として どこかに勤めるのであるなら そのように技術を身に付けて
うまくやらないと 後ろ盾のない職業なだけに 本当に路頭に迷う危険もある。

だから、若い人たちに自分はあまり 自分たちのような白衣を着る職業はお勧めしたくない。
独立するには 限られた人しか出来ないし、
市場として そこの中で働くには 給料体系も福利厚生があまりにも低い。
親も そのあたりをよく調べて その世界に入るという事が
将来的にどこにつながっていくか 調べるべきで
子供がやりたい、行きたいと 何も解らず 言ったとしても
よく説明すべきで、入ってみて やり始めたら 思ったこと 想像したことと違っていたというのは
大いにあること。
いずれにしても 難しいです。
テレビに出てきて、 カリスマさんになって年商何億というような人は 本当に稀な人。
自分も簡単になれると思ったら 大間違いですから。 

最後は 自分の人生だから 自分で自分の置き場所 処し方、決着を付けないと・・
よく見てほしいのは、
どんなに有名店でも、繁盛店でも 働いている人たちの年齢を。
自分が若いと、「自分と同じくらいの人たちが働いている・・・」と思うでしょうが
逆なんです。30代、40代、50代の人たちが働いていないと言うのはどういう意味かを
有名カリスマシェフさんがたまにテレビに出てきて、その厨房なりが撮されたときの働いている人たちの年齢
シェフは歳を取っていくけど 働いている人たちの年齢は若いままって言うのは
どういう意味か??
じゃあ 何年か前に働いていた(修行していた)人たちは どうなったんだろう???と
その人たちは 今でもちゃんとその世界でやっていて、ステップアップ出来ているのか?
中にはちゃんと自分で店をやっているのか?? 
自分の事だから よく見て よく考えてほしいと思う。

テレビ

地デジチューナー、手渡し配布…低所得世帯向け : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110625-OYT1T00463.htm?from=tw

まだインターネットがない時代は 自分もテレビ大好きで
見たい番組がなくても なんとなく付けていた気がするけど、
最近はあまりテレビを見なくなった、
ちょっと前に iPod Touchを買ったら、ますますテレビを見る時間がなくなった。
好きな動画も、音楽も、自分はゲームはやらないけど
やる人なら テレビなんか見ている暇なんかないと思う。

こうやってblogをチェックしないといけないし、
先週借りてきた レンタルDVDも見ないといけないし、

もちろん 国民全員が ネットが出来てiPod Touchを持って
mixiなどをやっているわけではないけど、
年齢が若くなればなるほど、テレビに対する依存度というのは
低くなってきているんだと思う。

50のおじさんだって、断然ネットやiPod Touchのほうが面白いと思う、
だって 押し付けれるようなテレビ番組より、自分の意思で
好きなものを選び、相手に束縛されることなく 自分の時間でリズムで
見られたり聴けたりする、
こういう感覚は これからますます強くなっていくんだろうと思う、

そんな時代の流れの中で 国営は一局だけなのに 
国が税金で チューナーを配るって どういうことだろうと不思議に思う。
そこまでして 国が国民にテレビを見せたがる理由って なに?と

今の嘘八百の原発情報のように 何らかの 国の都合のいい情報を
国民に信じ込ませたいのだろうかと 勘ぐりたくなる。

ある種の プロパガンダかマインドコントロールか
したり顔の記者や コメンテータかどこかの大学教授か
人気キャスターを使って ある一方向を 国民に見せていたいのか?  

ネットなんかで 好き勝手に 情報を拾い出して
それぞれが勝手な 意見を持って すき放題に言い始めたら
国としては 大問題なんだろうか?

でも 多分この流れは止まらないだろう。
自分たち以上の人たちは まだまだテレビが必要だろうが
今の30以下の人たちは もうテレビは必要ないかもしれない。
年を重ねれば重ねるほど その割合は変わっていくんだろう、
10年後、20年後のテレビは テレビ局はどうなっているんだろうか?

今はまだ 花形 の職業なんだろうけど
そう言われるのも あと数年なのかもしれない。 

原発

今 日本国中の止まっている原発を再稼働するかどうか 
政府と各県でもめているようですし、
大阪の橋下知事は 「だったら政治家、官僚の人も原発の近くで住めばいい」とまで言っています。

自分が住んでいる岐阜は海なし県ですから 原発はありませんけど、
近いところと言えば 停止させた浜岡原発と福井県には美浜、敦賀など13基あるそうです。
自分は昭和35年生まれで、気が付くと原発ってあったような気がします。
確かに、そういったニュースに対して 無関心というのはありましたし、
地元住民なら 賛成、反対と 意見が分かれたのかも知れませんけど、
名古屋に生まれ育ち、東京で少し働き、結婚と同時に 今の岐阜県で暮らし始めて

今 地震で福島の原発が大変な事になって 初めて原発に対して意識して
「脱原発」と意見を言い始めました。
原発は国策ですし、原発と言わず 一般国民にそういった国策に対して 賛成、反対を直接的に
意見を述べる場所も、ましてや決定権はありません。
すべて 政府に一任しているのが 日本のシステムです。
戦後60年以上過ぎてそのシステムが劣化しているのでしょうね。 
 まあ その事についも 言いたい事はありありますが

原発
数年前 「デスノート」と言うアニメ、映画が流行りましたが
原発は あのデスノートに似ているなーと思いまして、
デスノートは ノートに名前を書くと 書かれた人が死ぬと言う物で
物語の最初は 悪い事をした人、罪人 などの人たちを殺していく
世の中のため、犠牲にあった人たちのため 正義のためと思って 主人公がやっていくうちに 
段々話が変わってきて
物語が進んでいくうちに 「正義のため」と言う大義名分だけが一人歩きをして
すべての殺人が 「正義のため」にすり替わっていく、
罪のない人を殺す事も いつの間にか 「正義のためだから・・・」になっていく

原発も 資源のない国である日本にとって 
無くてはならないエネルギー それが国民のため、国のため、
世界の中で生きていくためには必要なエネルギー
それだけが強調されて、いつの間にか もっとも危険な物を手にして
いつの間にか それがいかに危険な物か、やっている事が大変な事かを忘れてしまったような 
電力会社や政治家たちの「クリーンで安全なエネルギー」と言う表面的な 聞こえの良い話だけを信じ込んで
豊かで便利な生活を手にしてしまった日本人にとって
その快楽から抜け出せるかどうかが 問われているような原発事故です。

デスノートは元々は 悪魔の持ち物
悪魔は決して偶然に 主人公に デスノートを渡したのではなく
悪魔にとってもっとも有益に使ってくれるであろう 主人公に渡します。
しかし、決して 悪魔自身は 主人公に使い方や作戦を教えません ましてや殺人はしません、
あくまでも デスノートを手にした主人公が 自分で考えて 行動して
もっとも有益に使う方法で使っていきます。
でも、それは 主人公にとって ベストな使い方ではなく
悪魔にとって 有益(ベスト)な使い方
悪魔は ただ渡して、見ているだけ。
傍観者であり、ゲームを楽しむ観客です。


そんな 第三者的な話をして 不謹慎と思う人もいるかも知れませんが
福島の人たちは当事者で、毎日 不安の中で生活をしておられて
この先 どうなるかも解らず、
日本国中の原発にまつわる話は 現実 原発は産業であり
そこで働いている人たちの生活もあり、原発を誘致した事による恩恵を考えれば
マンガの話ではすまされません。

でも、もう一度 日本国民として 年齢関係なく 原発のあり方
「あるメリット デメリット、無くしたメリット デメリット」を 政治家や経済界の人たちだけに
まかせるのではなく 国民全体で話し合うべきだと 強く思うんですけど

自分を考えると、 電気が少なくなれば 今のような商売は出来なくなる、
やりづらくなるだろうと思うけど
前々から言っているように ケーキ屋という商売はやっていてすごい商売だと思っています
「すごい」というのは 自分のような街の小さなケーキ屋ですら
世界中から材料が来て、毎日毎日 ケーキという嗜好品、贅沢品と売っています。
それはすべて 電気があって成り立つ商売、
ケーキは砂糖や粉やバターなどで出来ていますが、元は電気で出来ていると言ってもいいくらい、
そんなケーキ屋が 計画停電だ、節電だと言われたら 
もう、この商売その物が成り立たなくなるでしょう。

でもそれは 今の日本の産業すべてに言える事、
もし、突然電気が止まったら 本当に死んでしまう人もたくさん出てくるでしょう、
そういった事も 考えながら、原発という 悪魔の持ち物かも知れない物で
この先も使い続けていくのかを 真剣に考えるべき時かも知れません。

3年後、5年後、10年後、20年後(この先は自分はいないけど)・・・50年後 100年後
日本は、世界は どうなっているんでしょう???

置き所

知り合いで 隣町でスペイン料理のお店をやっている方が
「6月19日をもって店をしみる事にしました」というメールが来ました、
驚きましたけど、前々からそのような事は言ってみえたので
「とうとう その日が来たか」という感じでしたけど、
だから、先週家族で食べに行ったんですけど、
おやめになる理由は いろいろあるようですし、
自分達に話してくれる理由だけではなく いろんな事情があっての事
自分より、10歳上だから 60になって、
残りの人生、もう一度リセットして いろいろ考えるみたいです。
だから 一段落したら ご夫婦で スペインに行ってくると言っていましたけど、
そのあとの具体的な予定はまだ無いようです。

話が変わりますが、昨日 業者さんの人と 珍しく長話をしました。
その方は多分 自分と年齢的には変わらないと思うんですが
いろんなケーキ屋さんを廻られて、
一口にケーキ屋オーナーと言っても、全く人それぞれ、
当たり前なんですけど、前回も書いたように まだ若くて「イケ、行け」で
上を上を目指して頑張っている人。
スペイン料理の人のように、スパッと止められる人。
「まだやっていようか?止めようか?」迷っていて
まだ借金があるから、止めるに止められない人。
止めても、やる事がないから とりあえずやっている人。
人それぞれ 事情があるから いろいろなのは当然ですが、
75まで借金があるから 止められない人の話は 少し辛いし、
離婚してしまって、朝から酒を飲み出してしまった人の話は最悪かも知れません。

人は生まれたときから 自分の身の置き場所が必要です。
つまり、オギャーと生まれて 働き出すまでは 「○○さんの所のお子様」と言う事で
それに付随して、○○小学校、中学、高校 行けば大学の生徒さん、学生さんと言った
肩書きがあります。
働き始めれば ○○会社の社員さん。それに付随した平社員から偉くなっていけばその肩書きが付いて
家庭を持てば 男なら一応 世帯主、女の人なら ○○さんの奥様 になります。
子供が生まれれば ○○ちゃんのお父さん、お母さんになります。

こうやって 人は社会の中で 自分の身の置き場所があって それぞれの役で 肩書きを持つというか
付いていきます。
ところが最近は 身の置き所が定まらなかったり、肩書きが付かなかったりする人が多くなってきました、
家庭が持てなかったり、職も アルバイト、パート、派遣 と言った不安定な肩書きしか付かない人。

じゃあ自分はと言えば、今は「洋菓子店ラ・パニエ店主」 
うちは法人なので「藤山製菓有限会社 代表取締役社長」といった肩書きを持っています。
それに世帯主ですし、子供がまだ 大学生なので 子供の保護者になっています。
それが自分の肩書きであり、今の住所が身の置き所となっています。

子供はもうすぐ成人になりますから 保護者の立場は終わりですし、
あと15年もすると 多分店は終わるでしょう。(その前に何らかの理由で終わるかも知れません)
そうなると店主も社長という肩書きは消えます。
今の店も住まいも自分の物ですから、この場所では生活出来ますから
身の置き場所はあると思いますが、
今 高齢化が進み、実際ご近所の方々を見ていると、
今はまだ 自分で生活が出来ているからここにいるけど、
その先をどうするか 考えてみえるようです。

そうやって 人は時間とともに、年齢とともに お金とか健康とか 
諸事情で身の置き所が変わっていく事があります。
それが、上手くできる人は ある意味「人生の成功者」なのかも知れませんけど、
これをしくじると、辛い人生の終わり方になる気がします。

若くて 元気で 仕事があって、お金もちゃんと入ってきて 問題がないうちは 
そんな事 みじんも考えないんですが
いろんな人を見ていて、
ンーーーー 最後はやっぱり「お金」
物を言うのはお金。

自分達のように商売をしていても、「商売を大きくしよう」と若い内は思うけど
それはそれで良いんだけど、
あんまにも、商売、仕事に お金も時間も家族もホオって置いて
つぎ込みすぎると 気が付くと家族を無くしているかも知れないし、
 借金などで高齢になってもお金を稼がなくてはならないのは辛いかも知れない。
そのバランスが難しい、

最後の自分の身の処し方が難しい時代。

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