洋菓子店ラ・パニエ お菓子日記

ラ・パニエの仕事、新作ケーキ ケーキ屋の裏話など・・。

ベイスターズフャンじゃなきけど


DeNA監督に中畑氏が浮上!工藤氏破談


ラジオで中畑君が解説だと他の局に変えるし
テレビだと仕方がないから 声を小さくするか副音声にする。

彼の解説って 解説になっていないし
今のフャンって 結構 深いところまで見ている言うか
「投げた、打った、ヤッター!!」みたいな
ただ 野球を見ているだけじゃないと思うんだけど。

見方としては 
逆に どんな野球をするのか?

でもベイスターズって ピッチャーさえ良ければ
結構良いところまで行く気がするんだけど、

それにどうして、多村だ内川だ 今回の村田もそうだけど
ドラゴンズの谷繁
首位打者取るような、名選手が結構出てくるんだけど
みんな出て行っちゃうね。

弱いから・・と言うだけじゃなくって、
何かあるんだろうか?
悲しいかな、 みんな外で大活躍。

もし彼らが 今もいたら それこそ優勝もねらえる位置にいるんじゃないかと・・。

それにしてもピッチャーは何とかしないと・・。

そういうチームカラーの中で 中畑氏がどんな野球をするのか見物、
「やっぱり中畑君か」となるのか
「へー誤解していました ゴメンナサイ」と感心するのか

工藤の監督も見たみたい気がしたけど、

来年のセリーグは ジャイアンツがお家騒動
ドラゴンズは 仲良し 名古屋ダギャ〜野球
タイガースも あんまり。監督が交代したけど代わり映えはしない
広島は 楽しみな若い選手が出てきて結構良い感じだけどまだ力不足
ベイスターズは ちょっと論外。一生懸命若い選手を出そうとしているけど
彼らがどんな成長をするかだけが見所かな。

その中で ヤクルトがまとまっているけど青木が抜けるし
宮本が そこそこ活躍するか??

来年は低次元の攻防戦になりそう。
パリーグは ソフトバンクが戦力ダウンをどう補うか?
やっぱ 西武とソフトバンクの戦いか?

プロ野球も不景気の影響が 多分に影響しているんだろね。
なんか 「勝つ」と言う事より
いかに客を集めるか。
もっと言うなら いかに親会社に利益をもたらすか。
そこばかり。

巨人のお家騒動を見ていて その構図がハッキリ見ちゃいました。

もらった


この前、名古屋に行った時に歩いていたら、道で写真のコーヒーを配っていたので貰った。

この日は友達と飲みに行ったんですが、その中の友達の奥さんが
違う場所で同じように、この缶コーヒーを配る仕事をしていて
友達はすでに飲んでいたんですが、その話をしていたら配られていて もらったので
そのタイミングの良さに驚いたんですけど、

フッと思うのは、ではこの日名古屋の何カ所で配っていたんだろう?とか
これを名古屋だけというのはないだろうから 東京とか大阪 その他の都市でもやったのだろうか?
そして合計何本配ったんだろう?とか
その経費ってどのくらいかけているんだろう?とも思ったんですけど、

今はまだ見た事がないのですが、これでテレビCM とか雑誌などにも載せるのでしょうか?
そうなると、宣伝広告費だけで何千万?となるのでしょうか?
それでも、全国で販売して何本売れば利益が出てくるのでしょうか?
小さい商売しか知らない自分には想像も付かない数字なんですけど、

この前コンビニケーキでティラミスが5日で(確か)100万個売れたと言うのを見ましたが
単純に聞くと100万という数字は確かにすごいとは思うけど、
でもこう言う数字の内容はどうなの?と考えるようになった、
ただ100万という数字だけで驚かない。大体売っているコンビニは当然どの街にもあるし
同じ街の中にも何軒もあったりすれば たとえ1軒で数個だったとしても
日本国じゅうの店舗数でかければ すぐ100万個くらいいく気もするし、
大体、人気タレントを使ってテレビで大々的にやれば 一度は食べてみようと思うだろうし、
だから100万という数字が多いのか少ないのかは 会社の人にしか本当のところは解らない。
それに、それだけの宣伝広告費を使ってどのくらいの個数を売れば利益が出てくるのか?
戦略として それだけやっても利益がでるんでしょうね。

それにしても、両方とも自分が思う「商売」というのではなく
バクチに近い感じですね、売れれば大儲かり、ダメだと大損害。
(自分はそういうのがイヤで 田舎で小さな菓子屋をやっているような気がする)

話が飛ぶのだけど、世の中にはいろんな数字が飛び出してくる。
今の放射能の測定数字だって、よく解らない単位を付けて発表されるし、
株価とか円高ドル安とかいって お金の値段を言うし、
国の借金が 何兆円になったとか
この公共工事に何億円 何十、何百 何千億円かかったとか
そういう 自分の生活とかけ離れて数字が 新聞で書かれ、テレビでアナウンサーの人が
さらりと、「この数字の意味がわかるでしょ?」という 普通の顔をして原稿を読んでいるけど
本当にこれらの数字の意味をわかって聞いている人って 国民の中でどのくらいいるんだろう?

解っていないのは自分だけ?

自分の財布の中身なら解るし、ああやってこうやって使っていけば このくらいで足りるとか足りないとか
解るけど、
大体発表される数字って、当然自分では確認出来ない、
偉い人が 頭のいい人が出してくる数字を 自分達は聞いて「アーそうなんだ」と思うだけ。
ウソをつかれても 確認する術はない。
そこのところが、非常に国民は騙されているような気がする。

言わんとするところ 解りますか?

肩書きの偉いと思われる人、頭の良さそうな人が出てきて、聞いても解らないような説明をして
数字を並べだしたら、「ウソ」と思うようにしませんか。

経営者

昨日ラジオを聴いてたら、「あいうえお」の経営だそうで、
あ・・「明るく」社長が暗い顔していたんではダメで辛くても大変でも明るい顔をしていないといけない

い・・「意志を強く」だそうで、こうと決めたら 絶対にあきらめない気持ちだそうです。
(なでしこジャパンのようにだそうです)

う・・「運」だそうで、成功している人は「自分は運が良い」と言うそうですが、その運は気持ち次第で
 悪い事があっても「この程度ですんだから運が良い」と思う ポジティブな心だそうです。

え・・「縁を大切に」結局一人で出来る事は限りがあるから、縁があっていろんな人と付き合っていて、
いろんな事が出来ていくんだから、縁を大切に。
また人が困っていたら助けてあげる、それが巡って自分にもいつかは返ってくる。
自分が恩を受けたならそれを返していく、「お互い様」というか「情けは人のためならず」と言う事。それが縁

お・・は「大きな目標」だそうで、やはり経営者として3年後、5年後はこうなりたい、
こうなっていたい、と言う目標を持つ事が大切だそうです。
(自分には 大きな目標というのが無い。3年後、5年後も「現状維持」が目標だもんな。
後は子供を社会人にすると言う目標、これは経営とは関係ない・・。)

その他に、玄関などで履き物はちょんと揃えて、他人の靴があって乱れていたら人の靴も揃える。とか
トイレはいつもきれいにとか、

一番大切なのは、社長夫婦の仲が良い事。
自分のように 夫婦2人でやっているような 小さな商売は 夫婦仲が悪くては何ともなりません。

修行

自分は18で菓子学校に入って、名古屋、東京のお店で働いて
ケーキ屋の技術を身につけて、28の時店をオープンさせました。
だから 修行というなら 10年
この10年が長いのか短いのかは解りませんけど、
店をやるというのは タイミングが大きく左右するので
自分のタイミングは28の時だった気がします。
人によっては もっと早い人もいれば 40,50を過ぎて
店を出す人も 当然いると思います。
それに この修行時間が2〜3年では短い気がしますけど、
20年やったからと言って、大成功するとは限りませんし、
結局商売だから売れるか売れないかだけで
1年で始めた店が大繁盛する人もいるだろうし、
10年以上修行したのにダメな人もいるでしょう。

この前チェーン店の焼鳥屋に食べに行ったんですけど
働いているのは ザッと見た感じで皆さん若い、
せいぜい30前後 後はアルバイトの人たち、
昔、焼鳥屋さんでも 「串打ち何年 焼き何年」みたいな事を
聞いた気がするし、食べ物屋さんなら同じような表現はあると思うのです。
ケーキ屋でも店の掃除、洗い物、先輩の下働き・・・みたいな
実際ケーキを作らせてもらえるようになるには2年とか3年とかかかった物ですが
今は そんな悠長な事は言ってられないかもしれませんから、
今入った人でも 器用 不器用はあってもやらせてしまう時代になっています。
だから 菓子学校を出た人は 使う側は ある意味楽ですね。
道具の名前から教えなくていいですし、

この前 テレビを見ていたら お寿司屋さんの話ではじめは
老舗の若い見習の人が 何人もいるようなお店で
そこの親方が言うんですけど、本当にすしを握れるようになるまでには最低10年。
やはり最初は店の掃除、洗い物、魚をさわらせてもらうには 先は長そうな感じで
それでも、10人いて 一人前になれるのは2〜3人だと 親方は言っていました。
本当に厳しい修行。
自分も ケーキ屋をみていると、そうだと思う、実際店を出せるのは一握り、
(腕の問題もありますけど、お金の問題の方が大きいかもしれませんけど・・)
テレビ的に、いかにすし職人が大変で厳しい世界かを 視聴者に見せておいて
今、すし職人の専門学校があって、1年で大体 お寿司が握れるようになるんですね。
いろいろコースが別れているみたいで、半年コース、1年コース みたに。
そこで 朝から晩まで握りの練習、後は魚のさばき方や市場に行って魚の目利きとか・・・

習いに来ている人の中で 30過ぎの男の人で その学校に来る前は
遺跡の発掘調査をするところにいたと言う人がいて、驚きましたけど
食べて行くにはそういう事なんでしょう。

それで「なるほど・・」と思ったのが、今って世界中で和食、お寿司ブーム
だから、決して日本でお店を開こうなどと思っていないんですね。
海外の日本料理屋、お寿司屋で雇ってもらおうという。
授業の中で当然、英語や中国語などの勉強もあるとか。
日本をみても、今はチェーン店のお寿司屋が乱立していますから、
たまにいっても、若い女の人が握っているお店もありますから
そういうところで働こうとすれば、
すしネタは 本部からお寿司に良いようにさばかれて 送られてくるのかもしれませんから
とにかくお寿司を握れれば良いわけで
食べるお客さんは、その人がどういう人かなんか考えないですから
かえって 怖い顔したおじさんより、お兄さん、お姉さんの方が頼みやすいから良いのかもしれません。
(何となく若い人の方が 清潔感がある気がしますし)

だから 先に書いた 厳しい修行とか、「お寿司屋はこうあらねばならぬ。」とか
「お寿司とはこうあらねばならぬ、」みたいな哲学などいらない。
この前の ミシュランガイドで三ツ星をもらった銀座だかの 老舗お寿司屋さんが
話題になっていましたが、黙って座って3万円とか5万円とか・・と言う世界。
そういうお寿司屋もあるけど、魚もろくにさばけないすし職人が、握る事しかできないすし職人が
「すし職人」として名乗っている、と言う 
まあ時代と言えば時代だし、職業は職業だし、別にとやかく言う事はないし、
実際うちのご近所さんの息子さんは、上海でそういった日本料理屋さんを開いて
大成功しているみたいですし、商売と言うより 全くのビジネス。
職人の腕とはなんぞや???と考えてしまうような、
何が本当で 何がにせ物か 
両方共が 本物なんですよ。後は 
やる人の 仕事、人生に対する哲学の問題。

自分が心配しても仕方がないけど、そういうふうに仕事をしていった人が
その 仕事をいつまでやれるのか?いつまでやらせてもらえるのか?
遺跡の発掘調査をしていた人が、40になっても、50になってもすし職人として
お寿司を握っているのか?その業界にいるのか?
そういった 先を見る 事ってしているのか?
聞いてみたい気がする。 

100億あったら 何をする?

大王製紙の話なんですけど・・

人って言うのは外見では解らない。
あの若い元会長さんがどんな人で、どういう能力を持っているのか知らない。
でも あの人の外見とか、もちろん身なりも良いし、
お育ちがおよろしいから品もありそうだし。
 もし ああ言う人が自分の前に来たら
関係ないのに緊張というか、そういう目で見ると思うし、
名刺でももらえたら、肩書きを見ただけで
「こんな偉い人か・・・」と思って 「ハハーー」みたいな

ところが ただの 「バカ」 でした。

詳しい事は まだ解らないようだけど、結局バカ殿様のお遊びが過ぎた話だったようです。

でも、あらためて 世の中にはああ言う人がいるんだと・・・
生まれながらのお金持ち。生まれながらの苦労知らず。
今回刑事告発されて、最終的にどうなるか解らないけど、
じゃあ それであの人が 無一文になって路頭に迷うかと言えば
そうはならない。
たとえ刑務所に入って 出てきても やっぱり 超セレブの生活。
一生お金に困る事が無いようです。

最近 ウォール街のデモの事はニュースでも見なくなりましたけど、
今どうなっているんでしょう??
「1%の富裕層のために 99%の人たちが生活に苦しんでいる だから何とかしろ」というのが
あのデモの趣旨らしいですが、じゃあ具体的にどうするのか?と言う話は出てきていないみたいで、
人によっては「何が言いたくて、何をしたいのか解らない」と言っている人もいるようです。
確かに、社会システムが 山のように頂上があって その裾野で 自分がどの位置にいるのか?
と言う話で、下の方にいればいるほど 生活が苦しいという
だったら、いかに自分が山の上の方に行くか?と言う事を考えて 努力するか
だったんでしょうが、今のようにほとんど固定されてしまっている以上、
努力しようが、何をしようが 上に上がれない
そこに 多くの人が不満を持つ所なんでしょう。

自分も言うまでもなく、99%の中の人間です。
これを読んでくれている人も 99%の中の人でしょう。
この構図は今に始まった事ではなくて 人間が社会を作ったときからある事で、
大昔のもう無くなって 伝説のような文明が発見されて そういうのを発掘しても、
立派な棺でしっかり埋葬されている人と、犬か猫と同じような感じで埋葬されている人と
明らかに位が違うわけで、そんな大昔の文明の中でもどうして
そういう位が出来るのか?過酷な環境の中で多くの人が固まって暮らすには
リーダーになる人が必要なのは解るけど、そういうリーダーになる人が
いつの間にか 権力を独り占めというか、王族のような物を作っていく
気が付けば、自分達のような一族は大昔から99%の中の人間。
そういうのが 構図として何千年も続いているんでしょうね。
だから、1%の中の人たちにしてみれば、あのデモでやっている事は
多分何にも感じていないでしょうね。
自分達には関係のない事。

最初の話で もし自分に100億あったら何をするか?
100億あったら もう働く必要が無くなりますね。
多分、今のような普通の暮らしをする分には ひ孫の代まで
それ以上かもしれない、お金に困らない生活が出来るでしょうね。
しっかり計算したわけではないので解りませんけど、
100億って そういうお金ですよね。
それをカジノですってしまうとは・・・・。
本当にバカと言うしかありませんけど、

もし 本当に自分が100億あったら、被災した友達に店を作ってやって
夜も寝ないで働いている友達の借金を払ってやって、
少しだけ 奥さんと子供に孝行してやって、
後は 親がいなくて、また経済的理由で 学校に行けない子供達に 学校に行かせてやりたい
自分に使うお金は もうちょっと良いパソコンを買ってもらえたら イイや。
自分はこのしょぼいケーキ屋をやっていられたら、それだけでいいや。

と今は思っているけど、人間だからそんなお金を前にすると
180度言っている事が変わるかもしれませんね。
本当にイヤなやつになるかもしれません。
それが「お金」という物かもしれません。

どら焼きを頂いた。

この前の定休日の日に 商工会の日帰り旅行がありまして、
バスの中で 会長さんからどら焼きを頂きました。

そのどら焼き、 前日に中日新聞の地方版の所で
隣町の3代にわたりやっている和菓子屋さんの物で、
その3代目の人が 岐阜市の和菓子屋さんで修行されているとき
その和菓子屋さんでやっていたどら焼きを ご自分なりにアレンジして、
バターを生地の方に塗って、あんこに栗を入れたんだそうで、

それまで1日20個程度の販売数が、1日500個になったんだそうです。
ネット販売もされているとかで、その500個がお店とネットでどういう割合で
売れるのか解りませんけど、ちなみに1個120円。

新聞の記事として そうやって創意工夫をしたことによって
すごく売れるようになったんだと書いてありました。
そう書いてあるのだからそうなんでしょうし、それに対してとやかく言う事ではないんですが、

1日20個がせいぜいだった物が いくら創意工夫をしたとはいえ
それを どうやってお客さんに知らしめるのか?
確かに 食べ物は美味しければ「お客がお客を呼び」と言う事はあるんでしょうが、
確かに食べて美味しいです。
「でも・・」と言ってはいけないですが、
「こんなどら焼き食べた事がない・・」と言うほどの物ではないです。
知らなければ、「アッ そ〜う」と言うもので、
ケチを付けるつもりはないんです、美味しいどら焼きです。

それを どうやって20個から500個にしたか?

そういう事って 今の世の中沢山あります。
何らかの運に恵まれるのか?
戦略として、宣伝広告をやって 上手くお客さんに関心を持ってもらうのか?

「口コミ」と言うのがありますけど、そんなに上手く 他人が自分の店なり商品を
宣伝してくれて、大売れすると言うのは 自分としては考えられない。

でも、世の中には そういう事が天才的に上手い人がいるんでしょうね。

少なくとも 自分には 全くそういう物はありません。、

就活

子供の大学の4年の先輩は就活真っただ中、
しかし既に諦めて「フリーターのなる」と言っている人がいるとか・・。
「おいおい待てよ、親は子供をフリーターにさせるために 
高いお金を出して大学に行かせているわけじゃないぞ」と言いたいところ。

今朝のNHKの番組の中で、日本での就職を諦めて 
シンガポールで就活をしているという春に大学を卒業した青年のことをやっていたけど、
これまた親は複雑、本人が行くと言えば親は何もいないけど、行ってしまったらもう帰って来れない、
労働条件も決して良い物ではないらしい。

自分たちの時代は 自分がそうだったからほかの人もそうだとは言えないけど、
結構いい加減で「なんとかなるさ」でなんとかなっていけたものでしたけど、
今は真面目に真面目にやってもむつかしいようだ、

今ウォール街発で世界中でデモが行われているというニュースを見るけど、
自分たちも紛れも無く99%の中の人間、その99%の中でも、
自分が何パーセント目にいるのかが大切で、
今はまだ何もない若者たちは下の方に位置にいる、
そこからいかに自分の力で上の方に上がっていけるか?
もともとお金持ちの子か、よっぽどの何らかの才能に恵まれて 強運に恵まれるか。

我が子を見ていると、非常にむつかしい、
冗談抜きで4年後は 親と一緒に 「いらっしゃいませ」をしているような気がする、
うちは大学出は雇えないんだけど・・。
いつまで子供のめんどうを見ないといけないのか??
子供も大変だけど、親も大変。

想像出来た??

とうとう 東京でも放射能が検出された。
それって 想像できたこと?出来なかった事?
多分、専門家にとっては想像できたことなんでしょう。
それで、これからどうなるの??


言い方が難しいけど、
人間の時間の物差しは、オギャーと生まれて死ぬまでの約70年から80年 長い人でも100年、
それでも、おじいさん、おばあさんに子供時代の話が聞けたら、自分の経験、記憶ではないけど
60,70年前まで話としてはさかのぼれて、自分の人生時間をたせば、120年ちょっとくらいの話が出来るかもしれない、

もっと言えるなら 自分は1960年生まれで、自分のおじいさん おばあさんはとっくに亡くなっているけど、
生きていたときに、おじいさんのおじいさんの話が聞けたとして、
そうすると江戸時代の本当に終わりくらいの話が聞けたかもしれない。
それで、これから自分がいつ死ぬか解らないけど、今の日本人の平均寿命まで生きたとして、
あと約30年くらい?だとしても、せいぜい150年くらいの話としては
おじいさん、おばあさんの記憶をたせば、出来なくはない。(乱暴な考え方だけど・・)

しかし、この原発事故の話は そんな時間より多分長い。
つまり、あの3月11日にオギャーと生まれた赤ん坊の孫の孫の時代になっても
多分消えない、ずっと引きずるっている話、
自分が生まれた1960年の100年前は 「桜田門外の変」があったとか。
100年後の3月11日に生まれた人が 
「自分が生まれた100年前に東北に大地震が起きて、その時の原発事故が
いまだに放射能の影響で大変なんだよ」という話をしているかもしれない。
その時は当然、今生きている人たちは全員いない。
そういうツケを残したんだという事を
今 生きている人たちがどれくらい感じているだろうか??
一般国民は 知らないうちに原発は作られていたし、
「こう言う事もあり得る」と言う事も 教えられないで
政治が政府がやる事を信じてやらせていた結果がこう言う事になった。


さあ、これから日本人、どう考える?
これから100年、150年、200年 もっと先の日本人達に対して
何を残し、何をしてあげる?
教科書で習った 「桜田門外の変」は江戸時代の大昔の話のように感じて習ったけど、
自分が生まれた たった100年前の出来事であり、
自分のひいじいさんくらいの出来事。
100年後は 自分はすでに大昔に死んだ人になっているけど、
自分の孫の孫は 何となく想像が出来ると思いませんか?
そういう自分の血を分けた 可愛い子孫達が 今の自分達のやった事で苦しむって?
本当に申し訳ない事であり、
100年、150年後の日本は、世界はどうなっているんだろう????と思う。

やらずぶったくり

2011/10/12 06:47:12
年金開始「68〜70歳」念頭に厚労省3案提示 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://t.co/LzatSteF via @yomiuri_online
昨日のニュースでこれは非常に大きな話、
丁度自分達世代がサンプルとして 説明されていたけど、
1960年生まれ前後の方々、あと18年 元気で健康で仕事出来ますか?
それもそうだし 60を過ぎても仕事ありますか?

サラリーマンなら定年はあるし、自分達自営業者は定年は無いけど
60を過ぎたジジイとババアがやっているようなケーキ屋に
若い人がケーキを買いに来るのか??
今でももちろんその世代の人でやっているところはありますけど、
自分の場合はどうなんだろう?と思うし、

別に仕事を辞めたいわけではない、
昨日も書いたように この仕事は好きだし、
出来ればずっとやれたら幸せだとは思うけど、
70近くになってもまだ、生活のため、借金のためなどの理由で
仕事に追われるような、お金に追われるような仕事はしたくないと思いませんか?!

お客さんで定年退職されて、引退生活をしておられるお客さんが何人かこらますが、
そういう人たちが羨ましいと正直思いますけど、
それは経済的な裏付けがある人たち、
好きな本を読んだり、映画を観たり、たまには旅行に行ったり、
そういう人たちを見ていて、
そういう人たちが本当はどう考え、感じておられるのか解りませんけど、
端から見て、やっぱり羨ましいじゃないですか。
それでなおかつ ちょっとした仕事があって、お金も少しは入ってくる、
別に毎日遊んで暮らしたいわけではない、
現実に追われる生活、そういう老後をおくるのがイヤだと思うわけで、

自分の父親は68で亡くなりました、ガンだったんですけど、
父親の世代の人は60で年金をもらえました、
でも65まで先延ばしにする事も出来て、そうすると60でもらうより
65まで年金を払い続けると、少し多めにもらえるようになっていました。
だけど、父親は自分の身体の様子を見て 60でもらうようにしました
それとて 国民年金ですから、数万円の話です。

その数万円ですら 自分が父親の歳で死んだら、もらえずじまいで
二十からコツコツ払ってきて、今も真面目に払っている国民年金すら
もらえないで、
これを「やらずぶったくり」と言わず、何という!!!

今の若い人達に どう考えるかのアドバイスみたいな話がありますが
時間がないのでまた。

3連休

自分達が子供の頃と違って 今は3連休というのが多くなりました。
法律が変わって 祝日が日曜日にかかると月曜日に休みが移ると言う
休みとは無縁の自分達からしたら羨ましいですが、

それでも外国 とりわけヨーロッパからしたら休みが少ないらしいですけど、
外国の休みの事はよく知れません。
自分が定休日以外休みではないので言うわけではないですが、

自分はケーキ屋という仕事をしていて、ケーキ屋の仕事は毎日毎日
積み上げていく仕事です、一日で店の全商品を揃えるわけではなく
一種類をある程度多めというか 量を作ってそれをストックしながら
ローテーションで作って、売れてしまった物から順に作っていきます。
ものすごく売れている店で 全種類が毎日売り切れるのなら
大人数で みんなで寄ってたかって作っていくんでしょうが、
それでも、今は冷蔵、冷凍庫 保存方法がよくなったから
それらを上手に作ってやっていると思います。

そうやってやっている菓子屋からしたら、
休みはほしいし、休みたいんだけど、休むと毎日の仕事の段取りの継続が切れるから
いろんな意味でやりにくい場合があります。
フルーツなどの生の物は 悪くなっていくし、
材料の賞味期限の問題もありますしね。

それは菓子屋だけではなく 食べ物屋さん全体に言える事でしょう。
特に魚やお肉のような生ものなら、「今日は売れても明日は売れない」という物があるでしょうから
簡単に休む事は出来ないでしょうし、
商売的に言っても、我々は日銭商売だから、一日休むと売り上げ分が減収です。
うちに来る業者もそうですけど、「来週は休みですから2週間分でお願いします」
と言われますけど、そういう職種の人は休めますね。

図らずも そういう職業に就いてしまった事を、今さらとやかく言っても仕方がありませんけど、
でも今の時代 いろんな給料体型があるようで
一応社員だけど、給料は日給月給という人、もちろんパートアルバイトの立場で働いている人は
会社が休みになってしまうと、それだけ給料が減るわけで
休みだからと言ってうれしい人ばかりではないでしょうね。
休んだ分だけ生活が苦しくなる。

そう言う人もそうだけど、本当は日本という国は休んではいけない気がする
そんな事を言うと怒る人がたくさんいるでしょうけど、
元々 資源も何もない国
大昔から日本がどうして 今の様な繁栄があるかと言えば
日本人の勤勉さと 骨身を惜しまず働いた事だと・・・。
国民その物が資源、逆に言うとそれしかない国なのに

まあ そんな事を言っても仕方がない、
今は皆さん 普通に休んで普通に連休をとりますから
休みがあるなしで 職業を選ぶ人だっているようですから

ダメなんですよ、こうやってずっとやっている自分は
変に妙に休むと なんか罪悪感じゃないけど「休んでいて良いのか??」と
自分の心が言い始めてしまうし、体調もおかしくなってしまう、
それに付き合う奥さんはかわいそうだなとは思うけど・・・。
ケーキ屋という仕事が好きなんでしょうね、自分が。
一人でやっているから 他人に気を遣う事もないし、
気軽にやっているから 休みが無くてもそれ程イヤだと思わない。

多分店をやっている人たちは そういう感覚だからやっていられるでしょうし、
もちろん たくさん売れて たくさんお金が入ってくればうれしいし、
たくさんお金が入ってくるなら 休んでいるなんてもったいない
と言う感覚でしょう。
商売とはそういう物だし、
働こうが働かまいが 同じ給料なら 休みが多い方がいいですね。
でも、仕事だからやらなくてはいけない事はやらなくてはいけないのだから
休んだ事によって その仕事があとになって廻って来るというのも大変で
だったら休みなんか無くていいと思っている人もいるでしょうか??
休みだと、お金も使うでしょうから、
お金があって 仕事の事もそれ程考えなくて 休める人は楽しいでしょうが
今、今朝起きて 「さあ出勤」という人たちは
気が重い人もたくさんいるでしょうね。
まあ 何がよくて 何が悪いか解らないけど
仕事は どんな人でも 大変ですね、
お金をかせぐことですから。。。

決算書

商売をしていれば 
どんなビジネス、商売であろうと大きかろうが、小さかろうが
決算書というのは付きの物です。

で、経営者として 決算書の見方が解りますか??
(経営者なら解らないでどうする!と言う声が聞こえてきそうですが、
お恥ずかしながら、若いときはそれ程決算書というのは気にしていませんでした、
それなりに売れて、それなりにやっていられるんだから
「それで良いじゃん」とおもっていました、
だから人を入れるのも、何かをするにしても
感覚でやっていたところが多かった気がします。
ところが 今のように景気が悪くなり、入ってくるお金が昔ほど 
苦労しないで入ってこなくなり、なかなか前年より売り上げが上がらない場合、
当然、何が一番経費がかかっているのか?を考えるようになり、
たとえ前年比が悪くなっても、その中でも利益を出す事が経営者の仕事だという事に気が付き始めました。)

経営者として その内容の中で 何を重点に見ますか??


今はまだ人に雇われている立場の人であっても
将来 自分が経営者になった場合、何を考えながら経営していかなければ行けないか??

そういう事を考えながら、今働いているところはどういう経営なのか
考えて、観る事は大切だと思います。
もっと言うなら 「どうして自分は雇われているのか??雇ってもらえているのか?」
仕事があるから・・と言うのは当然なんですが、その店の売り上げに対して
働いている人たちの給料、その他の経費をザッとで考えてみるのは
ただ 「作れるようになりました、」
「出来なかった事が出来るようになりました」だけではなく、

ある意味 経営者になるならその事以上に大切な事のような気がします。

イヤ、今雇われている人であっても そういう事を考えられる人は
その職にいられるけど、そういう事も考えられない人は 
いられなくなるかもしれない時代 

なのかもしれません。

怪獣ケーキ

イチゴ味の怪獣ケーキ

米粉ロール

米粉ロールケーキ

今まで生きてきて「驚きの出来事ベスト10」

これを読んだ人たち お一人お一人にとって
今まで生きてきて「驚きの出来事ベスト10」はなんですか?
と言う話なんですけど

自分は 思い出してみるとやっぱり大人になってから
特に 店を始めたここ20年くらいに
驚くべき事の連続です。

一番 心底驚いたというのは 言わずもがなの
「東北の地震、津波」
それに付随して「原発事故」
今は付随と言うより、それが一番になってきました。

21の時 名古屋のケーキ屋を辞めて
修行をし直そうと思って東京の店に入れてもらって
初めての出勤の日の朝 テレビを付けたら
順番を忘れましたけど、我々の世代なら覚えているでしょうが
「逆噴射」で飛行機が羽田沖の海に落ちた事
翌日 ホテルニュージャパンの火災

両方とも ワイドショーで見て 驚いたし
火事の映像で 火を避けるために浴衣姿の男の人が
窓の外の壁づたいに逃げようとしている映像も忘れられません。

それから、御巣鷹山に日航機が墜落したのも・・・
あの頃 フォーカスという写真雑誌の出始めで
自分は見なかったんですけど、墜落現場の惨状の写真を
みんなが興味本位?で見ていたのも 忘れられません。

それから、天安門事件にも驚きました、
戦車の前に旗を持った人が 立ちふさがった映像は印象的

ベルリンの壁が崩壊した 
みんなが壁の上で ハンマーのような物で 壁を打ち砕いている映像も・・
そして 東ドイツが無くなった事も・・
自分達の子供の頃には考えられない

ソ連が無くなった事も驚きました。
自分達の世代なら、世界の大国同士の冷戦というのは
ずっと習ってきた事で その相手のソ連が無くなるとは
思っても見ませんでした。

チェルノブイリの事故にも驚きましたけど
今は福島の方が大問題です。

あとはオウム事件 サリンという毒ガス
昔、森村誠一の「悪魔の飽食」と言う本を読んで
その中に確かサリンというのは出てきましたから
毒ガス兵器だというのは知っていましたけど
そんなのを実際作って ましてや町中でまくと言うのは考えられない事でした。
そのあとの 数々のオウム事件 
弁護士家族の拉致殺害とか そのサリンを作るためのプラントとか
マイクロ波で人を殺して 肉も骨も焼き尽くすという話も・・

話がとっちゃらかるけど、
高学歴の若者達が、麻原彰晃と言うよく解らない人に
ああも簡単に騙されて 心底信じたというのも理解出来ないし、
サリンは作るは、実際まき散らすは、
と言う事をやってしまったと言う事にも驚きです。


神戸の大震災も これも朝起きてテレビを付けたら
町中火の海で 高速道路や建物が倒れている映像。
そのあとの 神戸の人たちに苦労は今も続いているようです、

第一次湾岸戦争にも驚きました、
まるで映画かドラマかテレビゲームを見ているような映像
「オーこれから世界は、日本はどうなってしまうんだろう??」と
不安になりました、
それから数年後の 旅客機がビルに2機も突っ込んで
そのあとビルが崩壊していく映像 いわゆる「9.11」
正直 これで世界戦争が始まるのかと思いました。
それからの自爆テロのニュース
実際ブッシュジュニアがやった第2次湾岸戦争。
あれはいったい何だったんだー??という話です、
ただ、親子2代で イラクという国がフセインが個人的に嫌いなだけだったの?と言う印象。

結局あれをやったばっかりに アメリカ自身の衰退と
今 ニューヨーク発のデモが 全米に広がりつつあるという
ニュースをやっていますけど、イラクがどうした
中東がどうしたという話より、自国民がそれで苦しんでいるという
アホな結末。
まだ終わっていないですね、これからアメリカはどうなるか
アメリカと付き合っている日本はどうなるか??ですね。

それに、「戦争ってこうやって行われていくんだ」と言う事と
周りに思惑を持ったいろんな人がいて
いろんな事を言ったんだろうというのは想像付くけど
しかしアメリカ大統領とは言え一人の人間が、
自国民の命とお金を使ってでも 「戦争をやる」と決断するって言うのが
目の当たりに出来たという感じですね。
やるか、やらないか 政治家にとっては政治的決断と言うやつでしょうが
でも 一人の人間が 人の命を代償にしても戦争をやる言う決断
そのあと 自分の決断で多くの自国民、若者が死んだという現実と
今も戦争に行った事によって 心を病んだ人たちが大勢いると言う現実
その上に、やった事によって今アメリカ自身の力が弱まりつつあるという
現実を あのブッシュ親子はどう思っているんでそうか??
やはり あの決断は正しかったと思っているんでしょうね。
普通の人間には理解出来ない感覚。罪悪感なんてみじんも無いんでしょうね。

最近では中国の高速列車事故のも驚きましたね。
列車事故は 日本でも「JR福知山線脱線事故」というのがありましたから
(あの映像もビックリしまた、列車がマンションの中に突っ込んでいる映像、一見してはどうなっているか理解出来ないような映像)
あれを見ているから 列車事故としては見た事はあるけれど
そのあとの中国政府の対応、列車は埋めてしまうし、
責められれば 掘り返してどっかに持って行ってしまったし、
そのあとは もう何も無かったかのように
何も聞かなくなりました。
そのあとにすぐ 地下鉄事故。
恐るべし中国。


近場で言えば 東海豪雨
この前の台風の時もそうだったんでけど、実家が庄内川の近くですから
実家は大丈夫か??と心配でした。
それに去年の可児の豪雨。あの日の夜は出かける用事があったので
帰りの運転で あんなに真剣に運転した事がないくらい
怖かったですよ。そしたらやはり 流されて亡くなった方が数人いたという話、

書いた数は10個無いけど、その一つ一つに付随しての
事件、事故は驚くべき事ばかりで
天地がひっくり返る と言う話ばかり。

これから自分がいつまで生きているのか解らないけど
これから先も 表現が出来ないくらいの出来事が起こるのでしょうね。

他に 「これも驚きの出来事」というのがありましたら
教えてください。
今は頭に浮かんだ事だけを 書いてみました。
それでも これだけの大事件があって
それによって どれだけの人が亡くなって、泣いているのか??

その中に 自分がいつはいるのか??
他人事ではないですね。
何事もない人生が 一番幸せだと言う事に感謝しましょう。

割に合っていない

<福島第1原発>東電賠償額4.5兆円以上…調査委が報告書 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

昨日のニュースで 東電は賠償金を作るために 
いろんな資産やら何やら手放させられる それに人員削減やら、
それでも全然足りないみたいで、過去の事まで掘り返されて
さらなるリストラや合理かなどを求められて

確かに内容を聞くと 「電気」と言う 現代社会において無くてはならない物を
作って売っているとは言え、悪徳商売に等しいくらいの話ではないかと思えるくらいだし
使う我々お客側からしたら、
他の商品、物のように代用が利かないし、店(電気会社)を選ぶわけにはいかないし、
それを良い事に やりたい放題の経営が見えていかに我々が
高い電気を買わされていたかと言う事が 今回の事で思いがけなく解ってしまって、

それにしても、いくら地震による津波でこうなったとは言え、
なんかそこのところの原因で 「俺たちは悪くない」みたいな感じがする
比べるのはおかしいと言われるかも知れないし、規模が違いすぎるけど、
ちょっと前に起きた焼き肉屋の食中毒事件などと内容としては同じだと思うんだけど
じゃああの焼き肉屋の社長にしてみれば
「食中毒が出たのは俺たちのせいじゃない、俺たちは通常の手順で料理をした、
食中毒になったのは肉に細菌が付いていたから悪いんだ」と言えてしまえるような
東電の人たち。

まあそんな事を言っても仕方がないけど。
それにしても、日本の各電力会社がいくつの原発を持っているのか知らないけど、
一つこうなると とんでもないお金を支払わされるし、
もちろん国民にも迷惑がかかるし、国その物の存亡すら危うくさせるような原発事故
商売的に言えば あまりにもリスクの高い商法。
書いた焼き肉やと同じで 何もなければ大儲かり、
でもいったん何かがあれば、多額の賠償金と自分自身の人生も終わってしまうと言う、
それが怖いから 普通の焼き肉屋さん(すべての食べ物屋さん)はああ言う仕事はしないわけで
食べ物屋さんだけではない。すべての職業は何かあったら命取りと言う事が解っているから
しっかりした仕事をしようとする、
仕事を継続させていきたいと思ったら 正直にやるしか方法は無いわけで

これから東電がどうなっていくのか解らないけど
他の電力会社が東電を見ていて、あまりの事に「これからは原子力発電は割に合わない
正常に動いているときは これほど儲かる商品はないけど、それにはあまりにもリスクが
高すぎる」と思い始めるか??
国民も 確かに今のところは 原子力発電以上に効率の良い方法は無いけど、
廃棄物の処理方法の問題などを考え合わせると あまりにリスクが高いという事

そういった事から すぐにはもちろん無理にしても
何年 何十年とかけて 少しずつ原発を無くして、違う方法の発電方法が考え出されていく
と思う、思いたい。

もっと根本的に思うのは 今のような暮らし方のありようを
国民自身が考え直す、
そういう事を言うと すぐに経済が・・と言う人がいるけど
もうイイじゃないかと思う。生きていく上で 必要な物を必要なだけ使って
今までのような 湯水のように使うような 物の消費は無理がある、

もっと言うのなら その無理の部分が 今の日本人を不幸にしている気がする。
その無理の部分を必死に支えようと頑張って生きているという事と
本質的な 自分らしい 人間らしい 生き方 人生を 引き替えるには
割にあってない気がする。




正念場

9月の始めに夏休みで東京に行ってきて、
友達と一緒に 自分達が出た菓子学校に行ってきたんですが、
自分を可愛がってくれた先生が今もいて
その先生の授業を少し見させて頂いたんですけど、
受けている生徒達が 丁度自分の子供と同い年だと思うと
なんか 関係のない若者達とは思えなかったし、
自分自身が 彼らと同じように30年前 この先生の授業を受けていたと思うと
不思議な気持ちで見ていました。

話が少し変わりますが、店に出入りしている業者の若者が職を変わると言って
9月いっぱいで辞めるそうで、
自分から見たら、今の職場が悪いとは思わないし、頑張ってやっていけば
楽ではないとは思うけど、ちゃんと家族を養っていけるだろうし、
それなりにやっていけると思うし、
保証もあるし、休みもあるし、間違ってもつぶれるような事はないし、
自営業者からしたらその話を聞いて、「今の決断が君の人生において、良い決断になるようガンバレ。
間違っても 今の決断が間違っていて、あとで後悔する事のないように」
と思う。
本人はどう思っているのか解らないけど、もし今の職場、職業がイヤで辞めるのなら、
そして、自分自身がやりたい事とか、目標があるのなら違うかも知れないけど、
その人が思う以上に頑張らないと 必死にならないと 難しい気がする。
菓子学校で見た生徒さん達、彼らは専門学校生。
一応「お菓子」という職業を選んで 学校に来ている。
自分達の時でも、みんながみんな菓子屋になったわけではないけど、
菓子屋という職業で身を立て行こうと思うのなら 卒業してからまず5年が正念場だと思う。
いやいや、どんな生き方をしようと、まず25〜6歳までがとりあえずの正念場だと思う。
そこをいい加減に 目標もなくただ何もなく時間を浪費して過ごししてまうと 
そのあと 何らかの形を作っていくのは難しくなる気がする

なかなかねー 人というのは 自分の事はわからないもので
他人から見て、ましてや50の自分から20くらいの人を見ると
自分が過ぎてきた道だから、「もっとこうすればいいのに、ああすればいいのに・・・」
と思うんだけど、それを若い人に「ああだ、こうだ」と言っても
若い人からしたらうるさい話に聞こえたり、聞いているつもりでも本質的な事は
解っていなかったり、結局経験がない分、言われている事の分析力がないから
自分が歳を取って 振り返ると 「アーあのおじさんが言っていた事とはこう言う事だったのか」
と思う人は思うかも知れない。
結局、人はいつもいつも正念場、どの道を選ぶのか??
どう事柄に対して 頑張り抜けるのか?
どんな道であれ その頑張り抜いた人が まあまあ良い感じになれるのかも知れない。
それとて、いつも自分が思うのは
巡り合わせの「運」とか 何らかの後から考えると奇跡的な「運」が大きく作用する気もする。

でも、20から25までが正念場と書いたけど、
本当は 子供の頃かずっとそうなのかも知れない。
子供の頃なら勉強。
この誰もが受ける事が出来る 学校での勉強を一生懸命 頑張れた子と頑張らなかった子。
良いところの子なら 幼稚園からお受験があるけど
一応一般的には高校受験で、ここで自分が受けたいと思う高校を受かるかどうか?
大学に行くなら大学受験も正念場。
それぞれの人がそれぞれの人生で、折に触れて正念場がある
ここを上手く乗り切るか乗り切れないかで 大きく人生が変わってくる。
ある程度の大人になってもそうで、
自分だって 「もしあの時・・・こうしていれば」とか「こう考えていれば」という事はある。

でも、高校受験、大学受験の様に 明らかな正念場なら解りやすいけど、
何気ない日々の中で、実はその人にとって大きな正念場だったとしても
本人も周りも 気が付かない時がある。
人によっては そういう正念場を逃げてしまう人がいる、避けてしまう人がいる
また本人にしてみれば 考えて行動した決断がそれ程でも無かったり
考えが足りなかったり、
いろんな所で 実はターニングポイントというのはあって
その都度 頑張れた人、頑張れなかった人 様々で

しかし、それでも頑張ろうが頑張らまいが、時は過ぎていく
世の中も、その人がどうなろうが何も変わらずあり続けるし、
自分の頭の上を 人も時間も物も すべて過ぎていく。
むなしいくらいに 自分に関係なく過ぎていく。
今こうしている時間だって、自分にとっては普通の朝だし、多分普通の一日になるはず、
だけど、人によっては今日という日が重大な日になっているのかも知れないし、
生死を分ける日になるかも知れない、でも世の中は一見何も変わらず
あり続けている、
そういう物だから、だからこそ自分がどれだけそれを思って
頑張り抜けるか、誰も言ってくれない分 難しい、

やれる人はやれるけど、やれない人はやれない
ちょっとした違いなんだけど、それが大きな違い
タダそれだけの違いが 全然違う人生。

こう書いている自分だって これからどうやっていくか
正念場は続く。
「頑張る」と簡単に言うけど
どう頑張るかが難しい。

くじを引ける権利

「くじを引ける権利」という言い方は ちょっと変かも知れないですけど、

くじの種類も あみだクジなのかガラガラと回して 白なのか色つきなのかタマが出てくる
福引きなどに使うくじなのか
とにかく、自分が選ぶか回すかして 出てきた結果で良い物が当たるのか
粗品になるのかなんですけど、
でも、そのくじを引く権利は 誰でも持っているわけではない
商店街なら そこで金額相当の物を買って、お店でくじ引き券をもらうとか
あみだくじなら、選ぶ立場にならないと 選ばせてもらえない。

ちょっと前に 日本の総理大臣が代わりました。
子供の頃は 「末は博士か大臣か?」と言う言葉もあったように
大臣になるくらいの人は それはそれは頭もよくて、行動力も統率力も
人の上に立つための すべての能力が高く備わっている人だと思っていた。
いわゆる 「特別な人」とでも言うのか、

ところが 自分が大人になって 少しずつ政治に興味を持ち始めて
いろんな政治家を見てきて、
ましてやここ15年くらいの政治家を見ていて
2世議員、3世議員も増えてきたり、元タレントとか何かで有名人とか・・・

政治家になろうと思う人が、どういう道をたどれば政治家になれるのか
自分はよく解らないというか知らないけど、
中学、高校生くらいから「自分は政治家になろう」と思う人は今でもいるんだろうけど、
今の大阪府知事さんのように 元々は弁護士で どういう経緯か?
たまたまテレビのバラエティーに呼んでもらって そこから人気(?)が出て
今は府知事と言う 経緯をたどって政治家をやっている人が結構多い気がする
あとは、親が政治家で でも本当は自分は 政治家になるつもりが無かったんだけど
その親が亡くなったり、引退したり、でその基盤を譲り受けてなってしまう人。

その人達の 政治家としての能力は個々だから 一概には言えないけど、
本当にあるのか 無いのか?
国民として見ていると 本当はそんな能力が無いと思われれても、
選挙で受かってしまえば あっちの物で、有権者でなければ何も言えない

今は民主党政権だから、総理大臣になれる人はまず 民主党所属の
政治家でなければならない。言うまでもない事ですけど
その中で、どういう理由で 大臣や総理大臣になれる道筋があるのか
国民にはよく解らないけど、なんかよく解らないけど今は野田さんがなっている。
正直自分は野田さんという政治家が民主党にいたことは知らなかったし、
自民党から民主党に政権が移って、まさか野田さんという政治家が総理大臣になると
予想した人は 多分政治評論家でもいなかったと思う。
解らないけど、多分野田さん自身でもまさか自分が総理大臣になるとは
思っても見なかったのではないかと思う、
ただ 鳩山さんがこけて、菅さんがああいう形で ほとんどクビのような形で辞めて
誰が どういう力を働かせたのか?
野田さんも総裁選に立候補して、他の候補者の顔ぶれがああいう人たちで
その中で、野田さんが決まった。

この構図ってまさしく、最初に書いた福引きの「ガラガラポン」なのか
あみだくじで「俺はココが良い」と言って選んだところが
たどって至ったら、「総理大臣」と書いてあったという

だから、すぐに失言で辞める事になった大臣さんも
その前の復興大臣が 東北の知事さん達に失礼をしてクビになった事だって
彼らは 本当のその仕事のスペシャリストで、政治家としての先見性
人をまとめて、仕事をさせていく 統率力 ある意味でのカリスマ性
があるわけではなくて、
どういう道をたどれば、努力をすれば、くじを引ける権利 、立場になれるのか
一般国民には解らないけど、とにかくまずくじを引く権利を得る事に必死に全力を使い
その権利を得て、くじを引いたら出てきた当たりくじが 「総理大臣」「○○大臣」
だから、当たったのだから本人さんは「うれしくて、うれしくて」
うれしさのあまりに、当たったくじ(仕事)の意味も忘れて、
浮かれて、偉そうな態度や、アホなジョークを言ってしまう。

自分は菓子屋のせがれに生まれたから、生まれながらに「菓子屋になれる」という
当選券(?)みたいな物を持っていた、
それを行使するかしないかは自分なんだけど、自分は行使して菓子屋になった。
最近芸能人でも、2世が芸能界入りして話題になっている、
スポーツ界でも、時々その息子、娘という人たちが活躍している
確かに、芸能界なら親が芸能人なら いくらでもその道を造ってやる事は出来るだろうし
芸能界も「誰々の息子、娘」と言うだけで、話題になるから芸能人になれるのかも知れないけど
でも、結局あとは自分自身。
成功するのか ダメになっていくのか??
自分も店を親に作ってもらった、でも やり続けているのは自分、自分の努力。
スポーツ選手なら なお 厳しい、成績、結果が悪ければ その世界にはいられない。

世の中というか、人生は不公平で
生まれながらに良い結果の当たり券、懸賞が付いているくじを引ける権利を持っている人がいる、
どういう結果が出てきても、その当たり券には「○○になって幸福になる」と言うふうに書いてある。
逆に 生まれながらに カス、くずの様な、そのくじの中で最高の当たりくじを引いても
たかが知れている物しか当てられない人もいる。
それはそれで仕方がない事だと思うし、いくらカスの当たり券でも
それはそれだと思って、その中から幸せを感じられれば、それに自分が努力すれば
カスの当たり券でも 輝く当たり券に出来るかも知れない。

しかし、生まれながらに「幸福」の当たり券を引ける権利を持った人たちは
その当たり券を引ける権利がいかに 自分にとってラッキーなのかが解らない人もいる。
自分の努力でもなんでもなく、たまたまそういううちの子に生まれたというラッキーさだけで
そのラッキーさが解らない。
人間、結局自分の事しか見えないし、人の不幸は話としては解るかも知れないけど
結局 他人事だから。

日本は裕福になって、ましてや公に出てくるような人は 昔のように
「不幸のどん底からはい上がってきました。」みたいなサクセスストーリーでなく
ある程度の裕福で 好環境の中で生まれ育った人たちばかり。
自分だって お金持ちのうちの子ではないけど、それなりに可愛がって大切に育ててもらいました。
そういう事を当たり前だと思わないで、
特に政治家は そのクジを引く権利を取得する事だけに 一生懸命にならないで
出てきたクジの結果は 重大責任だと思ってもらいたいし、引かせるのは日本国民

商店街の福引きでも お店の福引きでも、
やっぱり、一等賞は その商店街 お店でよく買ってくれる人、お得意さんに当ててもらいたい。
そう思うのは当然。
本当は 隣町のショッピングセンターでいつも買い物をする人が
決して、常連客でない人が たまたま1回引いたら 一等賞って言うのは
本人は良いでしょうが、クジの主催者は いかんともしがたい。 
「そんな良い物を当てさせてあげたんだから、ショッピングセンターなんかで買わないで
今度からはココにあるお店で買ってください。」と言いたい気持ちです。
そういう気持ちが今の日本国民。
本当は一番 日本の事、国民の事を考えてくれる人になってもらいたいでも
よく解らないうちに 知らない人がなるのが日本の政治システム。
「大臣にしてあげたんだから、必死に仕事しろよ」
「タダ 大臣になれた、なれたと言って喜んでいるんじゃねーぞ!
商店街の福引きと違って、当たったからと言ってそれで終わりじゃねーぞ!」と言いたい。 

昨日のつづき

それで簡単に書くと、この一部始終をテレビや新聞に取り上げてもらえないだろうか?
と言う話なんです。
「何をバカな事を言っているんだ」と怒られるかも知れませんが、
結構 本気で思っていて、

友達のように お店屋さんが津波ですべてを無くしたと言う人たちが、
少しずつ再開しているという話をテレビなどで見て、
人それぞれ いろんなケースがあるのでしょうし、
再開しやすい業種と しにくい業種があると思うんですけど、
ケーキ屋というのは、機材の種類も多いし、お金がかかる分
しにくい業種に入るのではないかと思うのす、
こう言うのを比べても仕方がないんですけど、
それが、全くの友情で すべてを譲ってもいいという友達の思い、
それを、「申し訳ない、ありがとう」と思いながら受け取る岩手の友達、
それを見守る、自分達。
現実、東京から岩手まで ケーキ屋の機材を運ぶとなれば
大がかりな仕事です。
それを 仮設店舗とはいえ そこに設置して店をオープンさせるというのは
もうすごい事だと思うのです。
昨日も書きましたが、自分は直に見てはいませんが
本当に基礎だけを残して 跡形もなくなった店。
そういう状態から 1年もたたないで再開させたとなれば
多分、奇跡に近い話だと思うのです。

それに、自分の考えとしては ただ友達が奇跡のように再開させたという事だけではなくて、
大槌町は1000人以上は亡くなっています、書いたように町長も流されて亡くなっている街です。
この夏に実際見てきた友達たちは、「あそこで菓子屋をやっても無理じゃないか」と言うし、
「ああいう状態、状況にあって誰がケーキなんか買ってくれるんだ?」と言います。
でも、自分はそうは思わないんです。
「そういう状態、状況だからこそ 菓子屋って必要だ」と思うんですね。
確かに贅沢品です、日々からしたら食べても食べなくてもいい物です。
でも、人間 甘い物は必要です。
うれしいとき、哀しいときだって、スランプの時だって
甘い物、ケーキを見て「ワー 美味しそう」と思って食べれば 
少しは力がわいてくる物だと思うんです。

この前、NHKの特集で 大槌町の子供たちの事をやっていました。
残念ながら 半分くらいまで番組が進んだところで 
北海道の震度5強の地震の情報に 番組が変わって最後まで見られませんでしたが
あそこに出てきた、大槌小学校の子供たちに
誰が、あの子達 一人一人の誕生日ケーキを作り、この冬のクリスマスケーキを作れるのか?
商売だけで言っているのではありません。
「商売屋」「お店」 って言うのはそう言う 使命というと大げさですけど
そういう事柄も含まれていると思うのです。
だからこそ、自分は絶対 友達には再開してもらいたいのです。

「お店って何?」と言う事を考えると、
商店、お店、商売屋というのは その街の活力だと思うんです、
売る人がいて、買う人がいて、買ったものを使って、生活する。
当たり前の事なんですけど、
今その当たり前の事が、津波でやられてしまった 多くの街々は壊れてしまっている。
「これが(あれが)無くなった。以前だったらあのお店の あの人から買っていたのに」と
それが今はその店も、売っていた人もいない。
それでは、やっぱりその街の再生は無いと思うんです。
少しずつでも、いくら小さな店であっても、品揃えが悪くても、
そこに店があれば、次来たときは 自分のほしい商品があるかも知れない。
頼んでおけば 仕入れてくれるかも知れない。
やる人がいて、店があるから成立する話、

もし本当に友達のケーキ屋が再開されれば、
それが、大槌町の良いサンプルケースになる気もするんです。
もっと言うなら、すべての被災したお店を再開させたいと思っている人たちの
良いサンプルになると思うんです。
東京のそういう友達がいたというラッキーはありましたけど、
それはたまたま友達だったと言うだけで、
業種にも寄る事は解っていますけど、日本国中を考えれば
そういう使われなくなった機械、機材はたくさんあると思うし、捨てたいんだけど捨てられない
と思っている人もたくさんいる気がします。
それを 上手く間に入る人、行政でもいいと思うし
インターネットがあるから そういう事を登録してもらって
あげてもいいと思う人と 是非使いたいと思う人を上手く仲立ちしてあげれば
お金が無くて あきらめた人が 少しは明かりが見えるかも知れない。

いろいろ 思いつくままに書きまししたが、
友達のためだけではなくて、東北の人達が、本当に哀しくて悲しくて
辛くて、辛くて 苦しくて、苦しくて泣いている人たちが
少しでも 立ち直れる切っ掛けが もし友達のケースがサンプル、ヒントになれば
良いと思うんですけど、
どうでしょう??

甘いでしょかね?それはお前が思っている事で 現実はそんなんじゃないと言われてしまいますかね?

でも やらないよりはやった方が良いと思うのは 自分だけでしょうかね??

だからこれを読んだ人で、もしテレビ 新聞関係の人だったり、お知り合いにいたら
是非 言ってもらえないかと思って書きました。
残念ながら 自分にはそういった関係の人は 知りません。

何とかならないかな??

このブログを読んで 読んでくださった方に「何とかなりませんかね?」という話なんですけど。

自分の思いつきで、本人にはまだ言っていないし、言って「いいよ」と言ってくれるか解らないんですけど、
だから、先走りの話なのかも知れませんけど。

今回の大震災が起こってから、自分の菓子学校時代の友達も数人 被災したという事を書いてきましたが、
その中で一番仲の良い友達が、何かと新聞、テレビ、ネットニュースで見かける
岩手県大槌町で 先日は町長も津波によって亡くなった事で町長選挙が行われ、
新しい町長が決まったと言う話とか、
昨日のネットニュースに 合同慰霊祭をやったというのがありましたけど、

そこで 多分おじいさんの代から菓子屋をやっていて
友達の代から洋菓子もやり始めて、子供も3人恵まれて 
小さいながらも しっかり 立派にやっていたんですけど、
今回の震災でお父さんを亡くし、当然家も店も何もかもなくしてしまって、
少し前まで 避難所ではなく 親戚の家は大丈夫だったとかで
そこで、一緒に生活をしていたんですけど、
最近、仮設住宅も決まって 家族だけの生活になり 少しは落ち着いたようで、
仕事は 町の臨時雇用(?)で、救援物資の仕分け作用などをする仕事をもらって
今もやっているようですが、それも多分10月で無くなるといっていました。
こう言う感じが 今の彼の状況なんですけど、

どうもお母さんは菓子屋の再開はあきらめろと言われたみたいですけど、
彼にしてみれば、まだ50で これから新しい仕事を探し(見つかるかどうかも解らない)、
たとえ見つかったとしても、それをやり続けるという気持ちにはなれない。
菓子屋をあきらめる、捨てると言う決心が付かないのは 自分にも充分理解出来ます。
それで、高台の空いている土地を不動産屋に探してもらったり、
仮設の店舗に申し込んだりして、この前の話だと 仮設店舗が当たったそうで、

仮設店舗が決まる前に話をしていて、菓子屋の機材をどうするかと言う話で
菓子屋の機材は まともの新品を買えば最低約500万以上はかかります。
中古で揃えても 半分としても結構かかりますし、上手く手にはいるかどうかは難しい話。

それが、前回書いた 先週東京に行って友達と呑んだという事を書きましたが
仕事で来られなかった友達で、ケーキ屋をやっていたんだけどダメで
今は大手の菓子メーカーに働きに行っているという話を少し書きましたけど、
その友達の店の機材は今も残っているので それをそのまますべて
岩手県に持って行くという話が出て、岩手の友達がその止めてしまった友達の所へ
一昨日 実際東京に見に来たそうで、
現実 本当にすべてを持って行かれて その仮設店舗に設置出来たら
明日からでもオープン出来るという
止めてしまった友達も、寂しいけど また再開するという事は難しいし、
このまま 機材を持っていても仕方がないし、
今となっては邪魔と言えば邪魔だし、業者に引き取ってもらうのだって
売れる物は売ったとしても、多分いくらにもならないだろうし、
だったら、岩手の友達にくれてやって、自分の機材が役に立つのなら惜しくはないという話になって、
仮設店舗が11月頃引き渡しになると言っていたので
それまでに、運んで設置してくれる業者を探してやってもらえたら
何もかも無くしたときには 再開など夢のまた夢だった話が
ここへ来て 6〜7割方 それ以上に現実味が出てきました。
この話は すべて友達としての繋がりが 友情が やつを助けてやりたい、
どうにかしてやりたいと言う気持ちが 店の再開に繋がろうとしていると言う話なんです。

今までの話は 「友情物語」みたいな事ですけど、
自分が本当に言いたいのは その事ではなく、これから書く事なんです。


ちょっと時間が無くなったので つづきはまたあとで書きます。

久しぶりに・・

結局8月に1回しか このブログを書きませんでした。
taroさん コメントありがとうございます。

書きたいと思う事は沢山あるんですけど、
最近、その思った事が 本当に正しいのかどうか
解らなかったり、言い切る事に迷ったりして
だから まとまらないから書けなかったり、

夏場ですから、店、仕事自体は 決して忙しくはないんですけど、

今週、月曜日から昨日(木曜)まで 夏休みにして
毎年の事で、奥さんの実家の埼玉に行ってきました。
今回は思わず盛りだくさんになって なかなか有意義な休みでした。

と言っても、「遊ぶ」というのではなかったですね。
どっちかというと「仕事」の事、
月曜は向こうに着いて終わったけど、
翌日は 昼に二子玉川で 友達と待ち合わせて
そのまま自分が出た菓子学校に行って、お世話になった先生に挨拶して
同級生が先生をしているので 少し話をして、
学校見学して、そのあと横浜の方でケーキ屋をやっている先輩の所へ顔を出してきまして、
その先輩 今年の2月に書きましたけど、命にかかわる大病をして
ひょっとしたらもう お店は無理かと思っていたら、
昨日から再オープンだとかで、前日だったので一生懸命作っていました。
でも、身体に力が入りきらないようだし、辛そうでした。
これからどうなるのか??
すごく心配ですけど、どうにもならないので見ているだけです。
夜は また二子玉で友達と2人で2時頃まで呑んでましたけど、
本当はもう1人友達が来るはずだったんですけど、
仕事の都合が付かず来れなくて残念でした。
そいつの話を書くとまた長くなります。
以前は店をやっていたんですけど、簡単に書くと経営不振で
今は止めて大手のケーキ工場で働いてるとの話です。
 
帰りにタクシーに乗ったんですけど、
その運転手さんと少し話したんですけど、
その人、以前は大田区の町工場で50年働いていたそうですけど、
中国に仕事を取られて 今は運転手さん。
今の時代、そういう人が多いらしいですね。

二子玉川は世田谷区で元々お金持ちの多い街ではありましたけど、
自分達がいた頃はまだ 遊園地があったり、映画館があったり、
ちっとはずれると普通の昔からの家もあったり
と言う街だったんですけど、久しぶりに行った二子玉は再開発で
ブルジョアの街に変わっていて、街を歩いている人たちも
走っている車も 「何をしたらこんなに・・・??」という人たちがたくさんにて、
その反面、運転手さんのような人も 二子玉にはいるというそのギャップ
お金持ちには楽しい街でも、普通くらいの収入くらいでは辛くなる街、
東京はそういうところが多い。
それが、段々 地方都市にも広がっていて、
本当に「勝ち組」「負け組」に別れていくような、
でも、よーく見ると 「勝ち組もどき」って言う人も多い気がする。
一見、良い車にも乗っているし、身なりもお金をかけている、
暮らし向きが良さそうに見えて、実は・・・と言う人も多い気がする。
本当のところは解らないけど、
感覚的には、普通の勤め人やちょっとくらいの商売、会社ではああはなれないと思うから、

そう思うと、本当に不思議な街 東京。

皆さん 都民の人たちは どう思って毎日暮らしているんだろう??
それが当たり前だから 当たり前なんでしょう。

資本主義だからしょうがないし、じゃあ共産主義が良いというわけではないけれど
こう言う ギャップ、違いが世の中を悪くしているような気がする。
二子玉に出来た新しいマンションは 最低が5000万くらいからで最高は2億以上ですって
それが買える人って??
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