洋菓子店ラ・パニエ お菓子日記

ラ・パニエの仕事、新作ケーキ ケーキ屋の裏話など・・。

これからも背負っていく物

4号機プールで冷却装置停止=ポンプ2台に異常か、福島第1―東電

原発の再稼働が決まって、着々と準備がされているようで、
経済中心の日本は これから 次々と原発を動かし行くのでしょうが
福島の原発事故は 東電の背負っていく物ではなく 
今生きている日本人全員 どころか 日本人という国籍で これから生まれてくる人たち
日本国籍というものが付いた瞬間から 背負わされる 
重い、重い荷物。

今日本を動かしている人たちの論理は、
こういう物を背負って行くには 「お金」 
これを何十年もお守りをしながら、将来廃炉にしていくためには金が必要なのだから
とにかく経済を大きくして 稼いで行かなくてはならない。
と言うのでしょう。

でも そういう論理って 多分子供にも解る 簡単で単純な論理。
本当に 他の選択肢ってないのだろうか??

そんな中、

【放射能漏れ】141人の尿からセシウム 福島の乳幼児2千人測定 「影響ない」と専門家 - MSN産経ニュース

と言うニュースもある。
そんな事を言われて 若いお母さん達は どう思っているのだろう。
悲しくて、悔しくて、自分の子供の対しての 申し訳なさでいっぱいではないだろうか。

そして、菅さんも野田さんも その他の政治家達も、東電の偉い人たちも
言っている廃炉になるまでの30年 40年後には 自分もだけど
誰もいない。

すべて まだ 陰も 形もない日本人達が 生まれた瞬間から背負わされて その後始末をさせられる。

何か ちょっと違う気がするなー

当店は近くに中学校があり、1km弱の所に小学校があります。
ですから 前の道は通学路になっています。
朝、夕 と大勢の小学生、中学生が店の前を通っていきます。
それで、一応店は「こども110番の店」になっています。

それでなのか、時々小学生がトイレを借りに来たり、水を飲ませてと寄っていきます
特に、入学したばかりの小学1年の子達がトイレをよく借りに来ます。
まあ、自分の子供も出た小、中学ですし、トイレくらい貸すのはかまわないですし、
そういうときはしょうがないですから・・。

それでも「のどが渇いたから水を飲ませて・・」と言う 小、中学生は 違う気がします。
自分達の子供時代 店に入っていって
店の人に水を飲ませろと言うのはちょっと考えられませんでした、
もっと言えば トイレだって なかなか言えません。
言える子、言えない子は当然いるでしょうが、
今の子達は少し、感覚が違うのかな?とその子達を見ていて思います。

そんなことがある中、一昨日転んでケガをしたという小学2〜3年の女の子が入ってきました。
見るとスカートで 両足をすりむいています。
ケガした子の友達が 「ケガしたので手当をしてあげてください」と言うのです。
そうかと思って、店の席に座らせて 傷口をウエットティッシュで拭いてやって
絆創膏を貼ってあげたら 一応「ありがとうございました」といって帰って行きましたが
聞くと その子達の家は もうすぐです。ケガと言ってもそれ程の物ではありません。
自分達の時代なら「ツバ付けておけば治る」と言われてしまう程度の物でした。
でもまあ 「手当してやって・・」と言って入ってきた子供を 「そんな程度・・」とも言えず
手当てしたのですが、もちろん知らない、見たこともない子です。
そういうとき そうやって入ってくることに少し驚き、
でも大体 トイレも、水を飲ませても、そういうときに入ってくるのも女の子です。
ウチがケーキ屋だから 入りやすいと思うのか、今の子は店に入りなれているのか?
ちょっと不思議です。

それでもっと違うと思うのは、別に礼を言ってもらいたいわけではないです。
普通のことだと思っています。
それでも店に入れて、絆創膏まで貼ってあげてたのに、
その親から 何もないというのが これまた不思議です。
親なら見れば 怪我をして絆創膏が貼ってあれば
誰にやってもらった?と思うでしょうし、それが関係のない店の人にやってもらって
と聞けば 一言 言ってきてもいい気がします。

今までも 「助けた」と言うほど大げさなことはありませんでしたが
下校中吐いてしまった子を助けたり、ケンカをして学校を飛び出してきてしまった子を助けたり
他にもいろいろありました。
それなりに 「子供110番の店」の役割は果たしていますが、
それに対して その親たちから礼を言われた記憶が 思い返すとありませんでした。
まあ礼を言われるほどの事もないと言えば無いですが
それはやっぱり「自分の子供が世話になった・・」と思えばの気持ちの問題なんですが。
自分達とはちょっと そういう感覚も違うのかなーと思って書きました。

facebook

最近 全くこのブログはご無沙汰になりました。
 今流行の facebook をやっていまして、
そちらでいろいろやっています。

今流行ですし、世間でいろいろ言われ始めまして、
気が付けば 大企業でも facebookはやっていますし、
そういうところは 上手に使っているようですし、

そういうことなら 自分には何が出来るか??

結局 ブログとそれ程代わり映えはしませんし、
商売につなげられるか?と思ってやってみましたが
現実は厳しく。

しかし、自分の知り合い、友達、その人達の友達、知り合いの人たちと
知り合えたことは facebookの力なのかと思っています。

岩手で被災した友達のいとこさんと仲間になれたりとかして、
そういうところがすごいですね、

こんなほったらかしにしてある ブログにでも 一日数人は来てくれるみたいで
時々 お一人の人が 過去の物を読んでくださるみたいで
更新していないのが 申し訳ない気もしますが

もしよろしかったら 自分のfacebookをのぞいてみてください。
そして、気が向いたら 仲間になってください。

http://www.facebook.com/lapanier

卑怯者

もし 他人から「お前は卑怯者だ」と言われたら
「バカだアホだおまえなんか死んでしまえ」と言われるより、グサリと来る言葉
子供の頃に 親や学校の先生に「卑怯者になるな」と言われた気がするし、
中学くらいの頃 よくやっていた青春物のドラマでもよく「卑怯」というテーマで
物語が作られていた気がする。

あと「いさぎがいい」「いわぎが悪い」と言う言い方がありますが、
時代劇などを見ていると 
侍は腹を切って 「いさぎよく死ぬ」という場面がありますし、
大抵 時代劇に出てくる悪党は「いわぎが悪い」ですね。
それで 大立ち回りになって 主人公の大スター役者に斬り殺される
と言うのがパターンと言えばパターンなんですけど、
結局 悪(卑怯者)は 正義の前にやっつけられると言う

物語ではそうなんですけど、
現実は 卑怯者でいさぎの悪いやつの方が 大金持ちで
人に大迷惑をかけているのに 平気な顔をして
相変わらず 酒池肉林かどうかは知りませんけど
良いところに住み、美味しものを食べている。

それに 自分が一番気に入らないのは
こう言う人たちはいつも 自分は良い場所に置いておいて
「それをヤッタのは 決して私利私欲のためではなくて
もし、自分がこれをしなければ 一般の人たちに迷惑がかかる
困らせることになるからやったんだ」みたいなことを言うこと。
こう言うのを 「卑怯者」「いさぎが悪い」と言うほか何というか!?

昔見た薬害エイズの教授さんの受け答えもそうだったし、
オリンパスの社長達もそうだし、
AIJの社長もそう。
他にも沢山いる。
「自分は悪くない、皆さんをウソをついて騙すつもりも、迷惑をかけるつもりも
悪意も何もなかった。ましてや私欲を増やそうなどとは思っていなかった」
「やったのは 逆に皆さんに良い思いをしてもらおう。迷惑をかけないようにしようと思って・・」
と続いていく。
この言い方はみんな同じ。言葉は違うけど聞いていると同じ事を言っている
とにかく「自分は悪くない」である。

自分は幸い 薬害問題も、AIJも オリンパスがどうなろうと関係ない
でも この人達 あまりの卑怯者、いわぎの悪さに、見苦しさに
関係なくても とにかくぶん殴らせろと言いたくなる。
AIJで 自分達の年金が吹っ飛んでしまった人たちなど
多分 もうお金は戻ってこないだろうから、だったらとにかく一人一発ずつでも
「殴らせろ」と言いたいだろうと思う。

青春ドラマのエンディングは 主人公が その卑怯者である人を殴って
殴られたことによって目が覚めて、と言うか改心して「良い人」になっていく
と言うのもパターンなんだけど、
現実は そう言う卑怯者はこれからも現れるだろうし、こう言う人たちは
刑務所に入ることになっても 決して改心などしない。
と言うのも 現実のパターン。

久々に書きます。

去年の東北大震災が起こって、菓子学校時代の友人も何人か被災してしまって、
仲のいい友達のお父さんが津波で亡くなったり、
岐阜の方に住んでいると 関係ないわけではないけど、直接的ではないし
もし自分に岩手の友達がいなければそれ程思わなかったかもしれない。

しかしテレビで見る震災の報道は あまりにも悲惨 あまりの惨状に
同じ日本人ならなんとか非力ながらも力になりたいと思った人は沢山いたと思うし
実際、ボランティアで現地に行ってがれきの片づけなどをした方も沢山みえた事も
報道などで知った。
そんな中で、自分は現地に行きたい気持ちはあるけど現実は行くことが出来ず
それでも何か出来ないかと思って
丁度1年前から始めた、120円のマドレーヌを100円で販売して
それを義援金にと言う「チャリティーマドレーヌ」の総額が
前回までで18万を超えた。

小さなケーキ屋がコツコツ買ってもらって 総額が18万を超えたといえば
「すごいね」と言ってくださるお客さんもいるけど、

変なことを書きます。
もし、これを読んでくださっている人で18万あって 自由に使っていいと言われれば
何に使いますか?
「じゃあ 18万 震災義援金に寄付します」と言う人は何人いるでしょう??
自分は今パソコンと新しく出たIpadがほしいんですけど、
丁度両方買える金額です。
こんな物を買ってしまえば すぐに消えてしまう金額。
震災が起こったばかりの時 ソフトバンクの社長とかスポーツ選手、有名人、
どこかのお金持ちの人たちが普通の人では考えられない金額を寄付して
新聞などに報道されていました。

例えば1000万円を寄付した人がいて、
自分達がせっせと1万、2万とその都度寄付して総額18万
1000万と18万。
1000万あれば人によって何が出来る?
小さなお店なら出来る金額、家だって買える。車ならかなりの高級車が買える金額、
孫社長は1億でしたっけ?
そんな金額があれば 細々とならもう働かないで暮らしていけるかもしれない金額。

何が言いたいかというと、
あの震災からしたら18万だろうと、1000万、1億だろうと
焼け石に水とは言わないけど、18万と1000万とでは全然違いますけど、
それでも全然足りないお金、
それ程の事なんだと 今回の震災は感じますね。
1億寄付しても何も変わらない、何も出来ない現実。

だからといって 自分達がやっていることが無意味だから止めてしまおうとは思っていません。
これからも、たとえお客さんから「まだやっているの」と言われても
多分、店を閉めるまでやっていこうと思っています。
最初は赤十字に寄付していましたが、前々回からは震災で親を亡くした子供達へ
足長育英会に送っています。
1回でたかが2万そこそこ、たった一人の一ヶ月の授業料にもならない金額ですが
それで誰かに褒めてもらおうとか、何か良いことをいってもらおうとは思っていません。
結局 自分達がやりたいからやっているだけで
それで自分達の気持ちが、「悲惨な目にあった子供達の力に少しでもなっているんだ」と
思いたいからやっている。
残された子供達は寂しくて、悲しくて 不安でしょうがないでしょうし、
残していった親の人たちも無念で辛くて
そんな気持ちを想像するだけで 涙が出てきます。

こんなのはあり?

昨日ある業者さんが来て話していたんだけど、

その人が行くあるケーキ屋さんは 以前は随分評判の店で
人も随分雇っていて 良い仕事をしていたそうで、
そう言うところの人は大体厳しい。
自分自身も一生懸命やっていたそうだけど、
従業員に対しても厳しかったそうで、
その厳しさがどういうものだったのかは解らないけど
薄給でありながら 求める物が厳しくて 労働時間も長いとか
暴力的だったのかもしれないし、
言葉でののしるように怒っていたのかもしれない。
それはわからないけど、
そう言う話は 自分達の業界は時折聞くし 自分の店の隣町の有名店でも
同じような事は聞いて、蹴られるという話は聞いた事がある
だから 自分達の業界は非常に人の入れ替わりが激しい。

それで、本当の理由は外部からはわからないけど、
ある年のクリスマスの数日前に 従業員数人が結託して辞めてしまったそうで
材料も大量に頼んである、予約注文も随分入っているところでやられたから
その店、材料をキャンセル。予約もキャンセルして
それからは信用が無くなったのか、また従業員も入ってこなくなって
今では全く勢いのなくなってしまった店になってしまったとか。


またあるケーキ屋さんはまだ若い店主さんで
強気の「行け 行け」の店だったとかで、
数店舗まで増えたそうだけど、この前行ったら2店舗になっていて
2店舗でも大変だから本店だけに戻そうかと話していたそうで、
なぜかと言えば
とどのつまり人員不足、従業員の能力不足。
それは非常に解る。
パティシエになりたい人は ブームだから沢山いるみたいだし
そう言う店なら働きに来る若い人も多いのかもしれない
ところが、だからといってすぐに戦力になるわけではない。
たかがショートケーキを本当の意味で商品に出来るまで作れるようになるまでには 数年かかる。
それも地道に一所懸命やった人でないと そこまでになかなか行き着けない。
最初に書いた店の従業員さん達がいまどうしているのか 
やっているのか 業界その物からも辞めてしまったのか?それは解らないけど、
昔から従業員の総上がりというのはちょくちょく聞くけど、
でもそう言う事をすると、結局自分にそれが跳ね返ってくる気がする。
また店側も、そう言う事をされた店はいろんな意味で問題があると思う。


解らないけど、子供の教育と同じで 怒るにしても怒り方というのはあるだろうし、
その人のためと思って怒るのか、ただ自分の感情で怒るのか、
自分達の時代はまだ いくら怒られても「我慢」と言うのがあった気がするけど、
今の若い人はよく怒られ慣れていないから難しいと言うのは聞く。
怒られて当然の事をしても、怒り方を間違えると恨まれるかもしれないし、
その人が鬱にでもなられたら大変。
人を雇って やってもらうのは本当に大変だと思う。


今なんか、「新型鬱病」というのがあるらしい。
普段 プライベートの時はなんでもない 普通に生活しているけど、
会社に行ったり、仕事をし始めたり、特定の人の前になると鬱になると言う。
「気分が悪いから帰ります」と言って帰ったら
帰ればもう普通だから 遊びに行ってしまう。
また そう言う人は 自分に原因があったとしても
それを自分が悪いとは認識しないようで 
「すべて会社が悪い。あの人が悪い」になるらしい。

そんな事もある時代。
だから 随分経営者側が従業員に対して 気を遣っているという話もしていた。

そう言う中で、会社、店を大きくしていって、沢山の人を雇い
レベルの高い商品、仕事をして行っている人は本当に頭が下がる。
どうやってやっているのか 不思議でならない。
それに、今は最低賃金というのが決められているし、
人を雇うのなら 社会保険、厚生年金をやらなくてはいけない。
修行だから、見習いだから・・・と言って
数万というわけにはいかない、
掃除も、洗い物も、挨拶もろくに出来ない人にも
十数万出さないといけない、そう言う中で複数人雇い
やっている店って 日にどのくらい売るんだろう??とこれまた
不思議でならない。
入れた人にある程度の仕事が出来るようになるまで育てながら
経営として保てるように 仕事を確保しながら
自分達の生活も当然 成り立たせていくというのは
本当に大変だなと思う。

自分はそれ程の売り上げもないし、
もう、若い人を雇ってやりたいとは思わなくなった。
全く出来ない人が ある程度の仕事が出来るまでになるには
こっちも気を長くして教えていかないと行けないし、
若い人も 本当に腰を据えて「やれるようになるんだ!」と強い意志を持って
取り組まないとなれない。
うちのはそう言う人は来ないし、生半可な気持ちで来られては非常に経営に響く。
こう言うのも現実にある。

尊敬する人

若い頃 「この人はすごい、素晴らしい」とか「こんな人になりたい」とか
「尊敬出来る人」とか 
そう言う思いで ある人を見ていたら、

それから何十年たって再会して、話をしたら
「なんだ、こんなつまらない人で小さい人だったのか、」とか
「なんで あの時 自分はこの人を尊敬して、あこがれたんだろう?」
と思った事ってないですか?

若い頃というのは 割と一方向しか見えてないし、
その頃に たまたまそれまでに出会った人(親、先生など)とは違うタイプだったり
自分が目指す路の 遠い先(距離)にいる人だったり
ましてや、その人の個性が ある程度強烈だと
ついつい引き込まれたりするし、
ある意味 洗脳されやすい

ところがそれから自分だって、何十年とその道を歩き
それなりに人生経験をして、いろんな人と出会う事により
物事に対する見方、見え方、感じ方はそれなりに養われているから
昔尊敬した人が、薄く見えるのかもしれない。

後もう一つ、今この歳になって思い出して考えみれば
歳が10才以上離れていれば、22,3の自分からしたら
ものすごい大人に見えるし、大先輩になるし、
自分が経験していない事を 次々にやったり、話し始めれば
大した事でも、話でもなくても、すごい話になるし
ましてや 自分がその人の事をあこがれていたり、尊敬していればなおさら
何もかも 受け入れてしまう。
しかし、今思い出すと それ程すごい話をしていたわけではなかった気がしてくる

そう書きながら じゃあ 自分はどうだろう??
つまらなくて、小さい人間になっていないか?

元々それ程の人間ではないし 人の上に立っているわけでもないから
そう思う事はないけれど、

でも 「つまらない人間」にはなりたくないな。

巷で噂の・・・

「口コミで徐々に広がり・・・」という話はテレビなどでよく聞くけど、
以前から「本当かな??」と思っていた。
もちろん全くない
わけではないし、
自分の店でも「人から聞いてきた」と言う人がい
ないわけではないから、
でもその良いとされる商品なり店なり何なりの情
報を 
いくら友達でも必要としているか否かは解らないし、
何かの
ついでにそういう話になったとき 
その情報は伝わるかも知れない
けれど、
なんでもないときにわざわざ相手にそのときに不必要な情
報を言うだろうか?と・・・。
それにそれはあくまでも偶然的なも
ので、
それが爆発的に売れるようになるとは到底思えない、

そこに
はやはり一般の人にはわからない何らかの仕込があるような気がする、
そのほんの一部が、
問題になった食ログの「やらせ」のような気がする。
趣味でやっている人もいるかもしれないけど、
そんな親切に行った
先々の店をわざわざ通信費もかかるのに
褒めてくるとは思えないん
だけど、
やっている人と自分とは感覚が違うのだろうか??

権威

いい話を見つけたので聞いてもらうとありがたいです。

ニコニコ動画です。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7390809

落語。

人情話で面白いんですけど、
最後のオチの所の 駄作がなぜ売れるのかをよく聞いて考えもらいたいんです。

前に書いた「物の価値」で書いた

「モノの価値は誰かが 声高らかに上げた瞬間に決まる

たとえそれが石ころであろうと 落書きであろうとゴミのようなものであろうと

その声を上げる者に権威があれば

庶民は一斉に振り向く。」

と言う証明のような話です。

先輩が亡くなった

前々回かいた 命にかかわる病気と書いていた先輩が亡くなった、
先週の火曜日連絡があって 金曜日に横浜までお通夜に行ってきた。
まだ56才。
去年の2月に友達から話を聞いてショックと受けて
でも、病気が病気なだけに 自分としては何も出来ず
それからすぐ大震災が起こって、菓子学校時代の友達が被災して
そんな事もあり、棚上げのような形になっていて
ところが8月の終わりに先輩から電話があり、
9月から 店を再オープンさせるという事で
丁度 自分の夏休みと重なったのでお邪魔して会ってきたのが
結局最後になってしまった。
その時ですら随分辛そうだったので、大丈夫か心配していたら
話を聞くと 2週間しか出来なかったと奥さんが言っていた。

先輩とは自分が修行させてもらった東京のお店の時の先輩で
随分、仕事を教えてもらった。
焼き菓子はほとんど その先輩から教えてもらった。
後楽園に野球を連れて行ってもらったり、
呑ませてもくれた。
いろんな話をして、曽野綾子とか遠藤周作とかの本も教えてもらった。
その頃から、先輩は宗教的な、何かを探していたみたいで、
それからすぐ、「幸福の科学」に行き着いたようで
その頃はまだ 多分幸福の科学とは言っていなかったとも思う、
大川隆法の本を何冊か読んでいて、「この人は素晴らしい」とよくいっていた、

幸福の科学や大川隆法の話はさておき、
先輩にとってのこの宗教は 今考えると本当によかったのかも知れない。
8月の終わりに 電話をくださったときも
「こうやって退院出来たのも、信仰のおかげだよ」と言っていたし
いろんな不安や病気になって 身体の苦しみも含めて 心のよりどころがあった事は良かったのかも知れない、
多分、信仰というのはそう言う物なんだろうと思う。
お葬式は当然、幸福の科学の教会でやったんだけど
同じ信者、仲間の人も随分 参列されていたようで、
そう言った人との繋がりが出来た事も 先輩にとっては良かった事だったのかも知れない。

そう書いておきながら、なんで先輩は56才という若さで病気になどになって死ななくてはならなかったのか??
「運命」「その人の寿命」 宗教的に言われると「生まれる前から決められていた事」とか言うけど、
なんか そんな言葉では納得がいかない感じがある。
ここ数日 疑問にもならない疑問が頭の中を 堂々巡りしている。
病気になった事も、それで亡くなった事も 誰の性でもない。
確かに運命という言葉以外は思い当たらない、
でも・・・・でも・・・と考えてしまう。

人が生きてきた道程を思い返して、「もし・・・あの時」とか思っても仕方がないし、
そこにもどってやり直す事など出来ないし、その時はその時でそれがベストだと思ってやっているわけで、
それを何十年もたってから後悔してもどうしようもない事だけど、
もし先輩が 自分が修行した店で働かず、その店の社長とも出会わなかったら
全く違う人生になっていた、当然 自分とも奥さんとも知り合わなかったけど
ひょっとしたら、宗教に走る事も無かったかもしれない。
病気と働いた店や社長や宗教は無関係なんだろうけど、
どんな路を選択していても、事故とか何かではなく 病気なのだから56才で亡くならなくては
いけなかった事は変えられない事なのかもしれないけど、
もし・・・もし・・・・・
そう言った道のりの中の出来事が 病気の一因になるとしたら・・・

どうだったんだろう???と考えてしまう。
自分だって、先輩は56まで生きたけど、こう書いている自分が56まで生きている保証はない。
ひょっとしたら、来年の今頃はいないかもしれない。

物の価値

ある物語の中のセリフです。

「モノの価値は誰かが 声高らかに上げた瞬間に決まる

たとえそれが石ころであろうと 落書きであろうとゴミのようなものであろうと

その声を上げる者に権威があれば

庶民は一斉に振り向く。

今まで見向きもしなかった物に値段が付いただけなのに

しかし そこから価値はついていく

庶民はあたかも前からその価値を知っていたかのように

どうせ物の価値を見定められる者などいないのだから

価値のわからないものは 誰かが何かを言い出すのを待っている」

権威のある者って 今のよの中だとなんでしょう?
普通に テレビ。
みのもんた。
人気タレント。

かな!?

それで 日本の世の中が回っている。

義父

暮れの30日に義父が亡くなりまして、うちの奥さん埼玉で
ガンだったんですけど、もうずいぶん前から分かっていて
がんセンターに自分で通っていて、どういう治療をしていたのか解らないのですが
自分の父もガンだったんですが、父の時とは随分病気の感じが違ったから、
同じガンでも、ガンになった部分が違うと進行とか様態?様子が違うのかな?と思ったり、。
10年の違いがあるから その間の医療の進歩で違うのかな?と思ったり
ガンと言われば、あと余命どれだけ?と思ってしまうけど、
随分長く普通に生活しているように見えたんですけど、
自分が義父に会うのは年に1回だから、ここ数年は会うたびに痩せていったので、
ずいぶん悪くなっているのかな?と心配していましたら、
12月に入ったら急に悪くなって、入院したので
中旬に嫁が帰って会ってきて、結局その時がお父さんと話せた最後になってしまったんですけど、
それで、年末27日に一度家に帰ってくることになったので、慌てて帰ってたら
もうその時は 意識もはっきりしていなくて、話をできる状態ではなく
翌日にはまた病院に再入院で、ほとんど秒読み状態で
それでも医者は10日くらいは大丈夫だろとはじめは言っていたのが
翌日には「今日、明日」と言われて 30日の朝亡くなりました。

正直 そういう時っていろんな事を というか、自分の都合を考えます。
ケーキ屋としては年末年始。クリスマスが終わって もうひと頑張り、もうひと稼ぎというところで
いろいろ準備をしているところですから、年明けそうそうお葬式となれば それらがパーになってしまうので
非常に困る状態です。予約も入っていますし・・。
結局、火葬場等がやっていないので4日がお通夜で5日がお葬式となって、
とりあえず、2日 3日と商売が出来たのですが、多分迷惑をかけたお客さんがいたのだと思います。

それでも、店としてはクリスマス 年末 正月と商売をさせてもらえたからありがたかったと思っています。
今度は2月、バレンタインが終わってから 四十九日で 行かなくてはならないし
お盆 お彼岸 命日と・・・それに今年は 自分の父の十三回忌もあるので
いろいろ そう言った用事の多い年です。

だんだん、嬉しいこととか、お祝い事とかよりも、悲しいことが多くなってきます。
しょうがないことなんですけど、
いろんなことを考えさせられる年末年始でした。

すっかりご無沙汰

最近 mixiとfacebookをやり始めて、そちらの方ばかりになっていて
こちらのblogは ご無沙汰になっています。

この1年は 本当にいろんな事がありました。
個人的には 子供が高校を卒業して大学生になったとか
後は ここに来て 嫁のお父さんが 病気で非常にまずい状態になってしまっている
もう来月の今頃はいないかもしれないという・・。

周りの話では 修行時代の先輩が 命にかかわる病気になってしまって、
一度退院してきたんだけど、また入院してしまったという話もショックでした

なんと言っても大震災で 友達の事を心の底から心配して
生きていたと言う事が解ったときの、「良かった」という気持ち
しかし、何もかも無くしてしまった彼がこれからどうするか?どうなるか?
非常に心配したんですけど、
本当に友は友を助けるです。友達って言うのは 本当に人生の宝です。
みんながやつの事を助けたいと思って、実際 ケーキ屋の機械から道具をすべて
くれる友達がいて 今月17日から仮設店舗ではありますが
再オープンする事が出来ました。
奇跡のような話です。

後はちょっとショックだったのが、毎週行く近くの魚屋さんが年明け早々に店じまいだそうです。
年齢的にはもう少し出来そうなんですけど、
近くに 安売りスーパーが名古屋から進出してきて、ただでさえ 厳しい経営が
それでとどめを刺されたみたいです。
多分若いときなら 「あーそうか。」と思って、止めてしまう店があっても
そのこと自体をそれ程深く考えなかったと言うか、それ程の知恵がなかったから
ただ「アーそうか」と思うだけだったのが
今は 知っている魚屋さんだから・・・と言うだけではなくて、
「店をやる」と言うのは 当然皆さんいろんな思いがあってやるわけで、
店をやる、やり続けるというのは 想像以上に大変だし、
長くやればやるほど、店に対する「思い」と言うのは深くなっていく物で、
それをいくら「歳だから・・・身体が付いていかない」とか 例えば先輩のように「病気だから・・」という理由は
確かに大きいけれど、それでも店を止めるというのは 本当に辛くて悲しい事。
ましてや、近くにそう言った安売りの店が出来て、根こそぎお客さんを取られてしまっては
確かに資本主義の中で商売をしているのだから、負けてしまえば店じまいは仕方がないとは言え
なんか違う気がする。
何屋にしても 個人のお店をやり続けるのは今に時代 よっぽど何らかの魅力、特徴が無いと
負けてしまうのは仕方がないけど、
それに 今の時代「安い」と言うのは それに勝る魅力はない事も解っているんだけど、
ある日突然、資本に物を言わせて 違うところから侵略して来る。そして
小さいところを殺してしまう。と言うやり方
もっと言うのなら、「勝ち組」「負け組」と言う 言い方があるけど
勝ち組に入っている人は 今のところは良いけれど
そこが来た事によって、負け組になってしまった所に属している人(従業員さんとか)たち
その人達だって 当然家族がいて子供だっているだろうから
悪くすると 働いていたところが潰れてしまったら、その人達だって 非常に困るわけで、
「競争、競争」で「勝つか負けるか」 
進出してきたところにだって、生き残れるか死んでしまうかがかかっているんだろうけど、

なにを甘っちょろい事を言っているんだと思う人もいるでしょう。
あの震災を見ていて、東北の人たちがいろんな形で、テレビなどに出てきて
お話をされたり、生活ぶりを見せてもらうと、
「人間の生きる」「人間の生活」とはなんぞや?と考えてしまう。
片方で高級車を乗り回し、おいしい物をたらふく食べる人もいる。
片方で何もかも無くして途方に暮れながら、寒い寒い仮設住宅で暮らし、
将来を思うと寝られないような思いをしながら暮らしている人もいる。

別に自分は社会主義者でも共産主義者でもない、
自分だって商売をしているんだから 資本主義が人間の本能として悪くないと思う。
でも そこには「思いやり」がないと あまりにも悲しい。

だったらどういう世の中、どう言うやり方をすれば 
すべての人が幸せになれるか?
今日本は 景気が悪い、震災が起こった、放射能の問題はどうなる、
若者の就職が難しい、
高齢化社会などいろんな難しい問題があって
それをすべて解決するには 結局「お金」
金がなければなんにも出来ない。
だから 世界に飛び出して 金儲けをしてこなくてはならない。
でもその金儲けで 非常に辛い思いを沢山している人たちが多くなる
と言うのは 
結局 堂々巡り

解らないけど、そう言う事を 若い人が特に
みんなで これからの人間の生き方を考えるべき時が来た気がする。


ベイスターズフャンじゃなきけど


DeNA監督に中畑氏が浮上!工藤氏破談


ラジオで中畑君が解説だと他の局に変えるし
テレビだと仕方がないから 声を小さくするか副音声にする。

彼の解説って 解説になっていないし
今のフャンって 結構 深いところまで見ている言うか
「投げた、打った、ヤッター!!」みたいな
ただ 野球を見ているだけじゃないと思うんだけど。

見方としては 
逆に どんな野球をするのか?

でもベイスターズって ピッチャーさえ良ければ
結構良いところまで行く気がするんだけど、

それにどうして、多村だ内川だ 今回の村田もそうだけど
ドラゴンズの谷繁
首位打者取るような、名選手が結構出てくるんだけど
みんな出て行っちゃうね。

弱いから・・と言うだけじゃなくって、
何かあるんだろうか?
悲しいかな、 みんな外で大活躍。

もし彼らが 今もいたら それこそ優勝もねらえる位置にいるんじゃないかと・・。

それにしてもピッチャーは何とかしないと・・。

そういうチームカラーの中で 中畑氏がどんな野球をするのか見物、
「やっぱり中畑君か」となるのか
「へー誤解していました ゴメンナサイ」と感心するのか

工藤の監督も見たみたい気がしたけど、

来年のセリーグは ジャイアンツがお家騒動
ドラゴンズは 仲良し 名古屋ダギャ〜野球
タイガースも あんまり。監督が交代したけど代わり映えはしない
広島は 楽しみな若い選手が出てきて結構良い感じだけどまだ力不足
ベイスターズは ちょっと論外。一生懸命若い選手を出そうとしているけど
彼らがどんな成長をするかだけが見所かな。

その中で ヤクルトがまとまっているけど青木が抜けるし
宮本が そこそこ活躍するか??

来年は低次元の攻防戦になりそう。
パリーグは ソフトバンクが戦力ダウンをどう補うか?
やっぱ 西武とソフトバンクの戦いか?

プロ野球も不景気の影響が 多分に影響しているんだろね。
なんか 「勝つ」と言う事より
いかに客を集めるか。
もっと言うなら いかに親会社に利益をもたらすか。
そこばかり。

巨人のお家騒動を見ていて その構図がハッキリ見ちゃいました。

もらった


この前、名古屋に行った時に歩いていたら、道で写真のコーヒーを配っていたので貰った。

この日は友達と飲みに行ったんですが、その中の友達の奥さんが
違う場所で同じように、この缶コーヒーを配る仕事をしていて
友達はすでに飲んでいたんですが、その話をしていたら配られていて もらったので
そのタイミングの良さに驚いたんですけど、

フッと思うのは、ではこの日名古屋の何カ所で配っていたんだろう?とか
これを名古屋だけというのはないだろうから 東京とか大阪 その他の都市でもやったのだろうか?
そして合計何本配ったんだろう?とか
その経費ってどのくらいかけているんだろう?とも思ったんですけど、

今はまだ見た事がないのですが、これでテレビCM とか雑誌などにも載せるのでしょうか?
そうなると、宣伝広告費だけで何千万?となるのでしょうか?
それでも、全国で販売して何本売れば利益が出てくるのでしょうか?
小さい商売しか知らない自分には想像も付かない数字なんですけど、

この前コンビニケーキでティラミスが5日で(確か)100万個売れたと言うのを見ましたが
単純に聞くと100万という数字は確かにすごいとは思うけど、
でもこう言う数字の内容はどうなの?と考えるようになった、
ただ100万という数字だけで驚かない。大体売っているコンビニは当然どの街にもあるし
同じ街の中にも何軒もあったりすれば たとえ1軒で数個だったとしても
日本国じゅうの店舗数でかければ すぐ100万個くらいいく気もするし、
大体、人気タレントを使ってテレビで大々的にやれば 一度は食べてみようと思うだろうし、
だから100万という数字が多いのか少ないのかは 会社の人にしか本当のところは解らない。
それに、それだけの宣伝広告費を使ってどのくらいの個数を売れば利益が出てくるのか?
戦略として それだけやっても利益がでるんでしょうね。

それにしても、両方とも自分が思う「商売」というのではなく
バクチに近い感じですね、売れれば大儲かり、ダメだと大損害。
(自分はそういうのがイヤで 田舎で小さな菓子屋をやっているような気がする)

話が飛ぶのだけど、世の中にはいろんな数字が飛び出してくる。
今の放射能の測定数字だって、よく解らない単位を付けて発表されるし、
株価とか円高ドル安とかいって お金の値段を言うし、
国の借金が 何兆円になったとか
この公共工事に何億円 何十、何百 何千億円かかったとか
そういう 自分の生活とかけ離れて数字が 新聞で書かれ、テレビでアナウンサーの人が
さらりと、「この数字の意味がわかるでしょ?」という 普通の顔をして原稿を読んでいるけど
本当にこれらの数字の意味をわかって聞いている人って 国民の中でどのくらいいるんだろう?

解っていないのは自分だけ?

自分の財布の中身なら解るし、ああやってこうやって使っていけば このくらいで足りるとか足りないとか
解るけど、
大体発表される数字って、当然自分では確認出来ない、
偉い人が 頭のいい人が出してくる数字を 自分達は聞いて「アーそうなんだ」と思うだけ。
ウソをつかれても 確認する術はない。
そこのところが、非常に国民は騙されているような気がする。

言わんとするところ 解りますか?

肩書きの偉いと思われる人、頭の良さそうな人が出てきて、聞いても解らないような説明をして
数字を並べだしたら、「ウソ」と思うようにしませんか。

経営者

昨日ラジオを聴いてたら、「あいうえお」の経営だそうで、
あ・・「明るく」社長が暗い顔していたんではダメで辛くても大変でも明るい顔をしていないといけない

い・・「意志を強く」だそうで、こうと決めたら 絶対にあきらめない気持ちだそうです。
(なでしこジャパンのようにだそうです)

う・・「運」だそうで、成功している人は「自分は運が良い」と言うそうですが、その運は気持ち次第で
 悪い事があっても「この程度ですんだから運が良い」と思う ポジティブな心だそうです。

え・・「縁を大切に」結局一人で出来る事は限りがあるから、縁があっていろんな人と付き合っていて、
いろんな事が出来ていくんだから、縁を大切に。
また人が困っていたら助けてあげる、それが巡って自分にもいつかは返ってくる。
自分が恩を受けたならそれを返していく、「お互い様」というか「情けは人のためならず」と言う事。それが縁

お・・は「大きな目標」だそうで、やはり経営者として3年後、5年後はこうなりたい、
こうなっていたい、と言う目標を持つ事が大切だそうです。
(自分には 大きな目標というのが無い。3年後、5年後も「現状維持」が目標だもんな。
後は子供を社会人にすると言う目標、これは経営とは関係ない・・。)

その他に、玄関などで履き物はちょんと揃えて、他人の靴があって乱れていたら人の靴も揃える。とか
トイレはいつもきれいにとか、

一番大切なのは、社長夫婦の仲が良い事。
自分のように 夫婦2人でやっているような 小さな商売は 夫婦仲が悪くては何ともなりません。

修行

自分は18で菓子学校に入って、名古屋、東京のお店で働いて
ケーキ屋の技術を身につけて、28の時店をオープンさせました。
だから 修行というなら 10年
この10年が長いのか短いのかは解りませんけど、
店をやるというのは タイミングが大きく左右するので
自分のタイミングは28の時だった気がします。
人によっては もっと早い人もいれば 40,50を過ぎて
店を出す人も 当然いると思います。
それに この修行時間が2〜3年では短い気がしますけど、
20年やったからと言って、大成功するとは限りませんし、
結局商売だから売れるか売れないかだけで
1年で始めた店が大繁盛する人もいるだろうし、
10年以上修行したのにダメな人もいるでしょう。

この前チェーン店の焼鳥屋に食べに行ったんですけど
働いているのは ザッと見た感じで皆さん若い、
せいぜい30前後 後はアルバイトの人たち、
昔、焼鳥屋さんでも 「串打ち何年 焼き何年」みたいな事を
聞いた気がするし、食べ物屋さんなら同じような表現はあると思うのです。
ケーキ屋でも店の掃除、洗い物、先輩の下働き・・・みたいな
実際ケーキを作らせてもらえるようになるには2年とか3年とかかかった物ですが
今は そんな悠長な事は言ってられないかもしれませんから、
今入った人でも 器用 不器用はあってもやらせてしまう時代になっています。
だから 菓子学校を出た人は 使う側は ある意味楽ですね。
道具の名前から教えなくていいですし、

この前 テレビを見ていたら お寿司屋さんの話ではじめは
老舗の若い見習の人が 何人もいるようなお店で
そこの親方が言うんですけど、本当にすしを握れるようになるまでには最低10年。
やはり最初は店の掃除、洗い物、魚をさわらせてもらうには 先は長そうな感じで
それでも、10人いて 一人前になれるのは2〜3人だと 親方は言っていました。
本当に厳しい修行。
自分も ケーキ屋をみていると、そうだと思う、実際店を出せるのは一握り、
(腕の問題もありますけど、お金の問題の方が大きいかもしれませんけど・・)
テレビ的に、いかにすし職人が大変で厳しい世界かを 視聴者に見せておいて
今、すし職人の専門学校があって、1年で大体 お寿司が握れるようになるんですね。
いろいろコースが別れているみたいで、半年コース、1年コース みたに。
そこで 朝から晩まで握りの練習、後は魚のさばき方や市場に行って魚の目利きとか・・・

習いに来ている人の中で 30過ぎの男の人で その学校に来る前は
遺跡の発掘調査をするところにいたと言う人がいて、驚きましたけど
食べて行くにはそういう事なんでしょう。

それで「なるほど・・」と思ったのが、今って世界中で和食、お寿司ブーム
だから、決して日本でお店を開こうなどと思っていないんですね。
海外の日本料理屋、お寿司屋で雇ってもらおうという。
授業の中で当然、英語や中国語などの勉強もあるとか。
日本をみても、今はチェーン店のお寿司屋が乱立していますから、
たまにいっても、若い女の人が握っているお店もありますから
そういうところで働こうとすれば、
すしネタは 本部からお寿司に良いようにさばかれて 送られてくるのかもしれませんから
とにかくお寿司を握れれば良いわけで
食べるお客さんは、その人がどういう人かなんか考えないですから
かえって 怖い顔したおじさんより、お兄さん、お姉さんの方が頼みやすいから良いのかもしれません。
(何となく若い人の方が 清潔感がある気がしますし)

だから 先に書いた 厳しい修行とか、「お寿司屋はこうあらねばならぬ。」とか
「お寿司とはこうあらねばならぬ、」みたいな哲学などいらない。
この前の ミシュランガイドで三ツ星をもらった銀座だかの 老舗お寿司屋さんが
話題になっていましたが、黙って座って3万円とか5万円とか・・と言う世界。
そういうお寿司屋もあるけど、魚もろくにさばけないすし職人が、握る事しかできないすし職人が
「すし職人」として名乗っている、と言う 
まあ時代と言えば時代だし、職業は職業だし、別にとやかく言う事はないし、
実際うちのご近所さんの息子さんは、上海でそういった日本料理屋さんを開いて
大成功しているみたいですし、商売と言うより 全くのビジネス。
職人の腕とはなんぞや???と考えてしまうような、
何が本当で 何がにせ物か 
両方共が 本物なんですよ。後は 
やる人の 仕事、人生に対する哲学の問題。

自分が心配しても仕方がないけど、そういうふうに仕事をしていった人が
その 仕事をいつまでやれるのか?いつまでやらせてもらえるのか?
遺跡の発掘調査をしていた人が、40になっても、50になってもすし職人として
お寿司を握っているのか?その業界にいるのか?
そういった 先を見る 事ってしているのか?
聞いてみたい気がする。 

100億あったら 何をする?

大王製紙の話なんですけど・・

人って言うのは外見では解らない。
あの若い元会長さんがどんな人で、どういう能力を持っているのか知らない。
でも あの人の外見とか、もちろん身なりも良いし、
お育ちがおよろしいから品もありそうだし。
 もし ああ言う人が自分の前に来たら
関係ないのに緊張というか、そういう目で見ると思うし、
名刺でももらえたら、肩書きを見ただけで
「こんな偉い人か・・・」と思って 「ハハーー」みたいな

ところが ただの 「バカ」 でした。

詳しい事は まだ解らないようだけど、結局バカ殿様のお遊びが過ぎた話だったようです。

でも、あらためて 世の中にはああ言う人がいるんだと・・・
生まれながらのお金持ち。生まれながらの苦労知らず。
今回刑事告発されて、最終的にどうなるか解らないけど、
じゃあ それであの人が 無一文になって路頭に迷うかと言えば
そうはならない。
たとえ刑務所に入って 出てきても やっぱり 超セレブの生活。
一生お金に困る事が無いようです。

最近 ウォール街のデモの事はニュースでも見なくなりましたけど、
今どうなっているんでしょう??
「1%の富裕層のために 99%の人たちが生活に苦しんでいる だから何とかしろ」というのが
あのデモの趣旨らしいですが、じゃあ具体的にどうするのか?と言う話は出てきていないみたいで、
人によっては「何が言いたくて、何をしたいのか解らない」と言っている人もいるようです。
確かに、社会システムが 山のように頂上があって その裾野で 自分がどの位置にいるのか?
と言う話で、下の方にいればいるほど 生活が苦しいという
だったら、いかに自分が山の上の方に行くか?と言う事を考えて 努力するか
だったんでしょうが、今のようにほとんど固定されてしまっている以上、
努力しようが、何をしようが 上に上がれない
そこに 多くの人が不満を持つ所なんでしょう。

自分も言うまでもなく、99%の中の人間です。
これを読んでくれている人も 99%の中の人でしょう。
この構図は今に始まった事ではなくて 人間が社会を作ったときからある事で、
大昔のもう無くなって 伝説のような文明が発見されて そういうのを発掘しても、
立派な棺でしっかり埋葬されている人と、犬か猫と同じような感じで埋葬されている人と
明らかに位が違うわけで、そんな大昔の文明の中でもどうして
そういう位が出来るのか?過酷な環境の中で多くの人が固まって暮らすには
リーダーになる人が必要なのは解るけど、そういうリーダーになる人が
いつの間にか 権力を独り占めというか、王族のような物を作っていく
気が付けば、自分達のような一族は大昔から99%の中の人間。
そういうのが 構図として何千年も続いているんでしょうね。
だから、1%の中の人たちにしてみれば、あのデモでやっている事は
多分何にも感じていないでしょうね。
自分達には関係のない事。

最初の話で もし自分に100億あったら何をするか?
100億あったら もう働く必要が無くなりますね。
多分、今のような普通の暮らしをする分には ひ孫の代まで
それ以上かもしれない、お金に困らない生活が出来るでしょうね。
しっかり計算したわけではないので解りませんけど、
100億って そういうお金ですよね。
それをカジノですってしまうとは・・・・。
本当にバカと言うしかありませんけど、

もし 本当に自分が100億あったら、被災した友達に店を作ってやって
夜も寝ないで働いている友達の借金を払ってやって、
少しだけ 奥さんと子供に孝行してやって、
後は 親がいなくて、また経済的理由で 学校に行けない子供達に 学校に行かせてやりたい
自分に使うお金は もうちょっと良いパソコンを買ってもらえたら イイや。
自分はこのしょぼいケーキ屋をやっていられたら、それだけでいいや。

と今は思っているけど、人間だからそんなお金を前にすると
180度言っている事が変わるかもしれませんね。
本当にイヤなやつになるかもしれません。
それが「お金」という物かもしれません。

どら焼きを頂いた。

この前の定休日の日に 商工会の日帰り旅行がありまして、
バスの中で 会長さんからどら焼きを頂きました。

そのどら焼き、 前日に中日新聞の地方版の所で
隣町の3代にわたりやっている和菓子屋さんの物で、
その3代目の人が 岐阜市の和菓子屋さんで修行されているとき
その和菓子屋さんでやっていたどら焼きを ご自分なりにアレンジして、
バターを生地の方に塗って、あんこに栗を入れたんだそうで、

それまで1日20個程度の販売数が、1日500個になったんだそうです。
ネット販売もされているとかで、その500個がお店とネットでどういう割合で
売れるのか解りませんけど、ちなみに1個120円。

新聞の記事として そうやって創意工夫をしたことによって
すごく売れるようになったんだと書いてありました。
そう書いてあるのだからそうなんでしょうし、それに対してとやかく言う事ではないんですが、

1日20個がせいぜいだった物が いくら創意工夫をしたとはいえ
それを どうやってお客さんに知らしめるのか?
確かに 食べ物は美味しければ「お客がお客を呼び」と言う事はあるんでしょうが、
確かに食べて美味しいです。
「でも・・」と言ってはいけないですが、
「こんなどら焼き食べた事がない・・」と言うほどの物ではないです。
知らなければ、「アッ そ〜う」と言うもので、
ケチを付けるつもりはないんです、美味しいどら焼きです。

それを どうやって20個から500個にしたか?

そういう事って 今の世の中沢山あります。
何らかの運に恵まれるのか?
戦略として、宣伝広告をやって 上手くお客さんに関心を持ってもらうのか?

「口コミ」と言うのがありますけど、そんなに上手く 他人が自分の店なり商品を
宣伝してくれて、大売れすると言うのは 自分としては考えられない。

でも、世の中には そういう事が天才的に上手い人がいるんでしょうね。

少なくとも 自分には 全くそういう物はありません。、

就活

子供の大学の4年の先輩は就活真っただ中、
しかし既に諦めて「フリーターのなる」と言っている人がいるとか・・。
「おいおい待てよ、親は子供をフリーターにさせるために 
高いお金を出して大学に行かせているわけじゃないぞ」と言いたいところ。

今朝のNHKの番組の中で、日本での就職を諦めて 
シンガポールで就活をしているという春に大学を卒業した青年のことをやっていたけど、
これまた親は複雑、本人が行くと言えば親は何もいないけど、行ってしまったらもう帰って来れない、
労働条件も決して良い物ではないらしい。

自分たちの時代は 自分がそうだったからほかの人もそうだとは言えないけど、
結構いい加減で「なんとかなるさ」でなんとかなっていけたものでしたけど、
今は真面目に真面目にやってもむつかしいようだ、

今ウォール街発で世界中でデモが行われているというニュースを見るけど、
自分たちも紛れも無く99%の中の人間、その99%の中でも、
自分が何パーセント目にいるのかが大切で、
今はまだ何もない若者たちは下の方に位置にいる、
そこからいかに自分の力で上の方に上がっていけるか?
もともとお金持ちの子か、よっぽどの何らかの才能に恵まれて 強運に恵まれるか。

我が子を見ていると、非常にむつかしい、
冗談抜きで4年後は 親と一緒に 「いらっしゃいませ」をしているような気がする、
うちは大学出は雇えないんだけど・・。
いつまで子供のめんどうを見ないといけないのか??
子供も大変だけど、親も大変。
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