洋菓子店ラ・パニエ お菓子日記

ラ・パニエの仕事、新作ケーキ ケーキ屋の裏話など・・。

どら焼きを頂いた。

この前の定休日の日に 商工会の日帰り旅行がありまして、
バスの中で 会長さんからどら焼きを頂きました。

そのどら焼き、 前日に中日新聞の地方版の所で
隣町の3代にわたりやっている和菓子屋さんの物で、
その3代目の人が 岐阜市の和菓子屋さんで修行されているとき
その和菓子屋さんでやっていたどら焼きを ご自分なりにアレンジして、
バターを生地の方に塗って、あんこに栗を入れたんだそうで、

それまで1日20個程度の販売数が、1日500個になったんだそうです。
ネット販売もされているとかで、その500個がお店とネットでどういう割合で
売れるのか解りませんけど、ちなみに1個120円。

新聞の記事として そうやって創意工夫をしたことによって
すごく売れるようになったんだと書いてありました。
そう書いてあるのだからそうなんでしょうし、それに対してとやかく言う事ではないんですが、

1日20個がせいぜいだった物が いくら創意工夫をしたとはいえ
それを どうやってお客さんに知らしめるのか?
確かに 食べ物は美味しければ「お客がお客を呼び」と言う事はあるんでしょうが、
確かに食べて美味しいです。
「でも・・」と言ってはいけないですが、
「こんなどら焼き食べた事がない・・」と言うほどの物ではないです。
知らなければ、「アッ そ〜う」と言うもので、
ケチを付けるつもりはないんです、美味しいどら焼きです。

それを どうやって20個から500個にしたか?

そういう事って 今の世の中沢山あります。
何らかの運に恵まれるのか?
戦略として、宣伝広告をやって 上手くお客さんに関心を持ってもらうのか?

「口コミ」と言うのがありますけど、そんなに上手く 他人が自分の店なり商品を
宣伝してくれて、大売れすると言うのは 自分としては考えられない。

でも、世の中には そういう事が天才的に上手い人がいるんでしょうね。

少なくとも 自分には 全くそういう物はありません。、

就活

子供の大学の4年の先輩は就活真っただ中、
しかし既に諦めて「フリーターのなる」と言っている人がいるとか・・。
「おいおい待てよ、親は子供をフリーターにさせるために 
高いお金を出して大学に行かせているわけじゃないぞ」と言いたいところ。

今朝のNHKの番組の中で、日本での就職を諦めて 
シンガポールで就活をしているという春に大学を卒業した青年のことをやっていたけど、
これまた親は複雑、本人が行くと言えば親は何もいないけど、行ってしまったらもう帰って来れない、
労働条件も決して良い物ではないらしい。

自分たちの時代は 自分がそうだったからほかの人もそうだとは言えないけど、
結構いい加減で「なんとかなるさ」でなんとかなっていけたものでしたけど、
今は真面目に真面目にやってもむつかしいようだ、

今ウォール街発で世界中でデモが行われているというニュースを見るけど、
自分たちも紛れも無く99%の中の人間、その99%の中でも、
自分が何パーセント目にいるのかが大切で、
今はまだ何もない若者たちは下の方に位置にいる、
そこからいかに自分の力で上の方に上がっていけるか?
もともとお金持ちの子か、よっぽどの何らかの才能に恵まれて 強運に恵まれるか。

我が子を見ていると、非常にむつかしい、
冗談抜きで4年後は 親と一緒に 「いらっしゃいませ」をしているような気がする、
うちは大学出は雇えないんだけど・・。
いつまで子供のめんどうを見ないといけないのか??
子供も大変だけど、親も大変。

想像出来た??

とうとう 東京でも放射能が検出された。
それって 想像できたこと?出来なかった事?
多分、専門家にとっては想像できたことなんでしょう。
それで、これからどうなるの??


言い方が難しいけど、
人間の時間の物差しは、オギャーと生まれて死ぬまでの約70年から80年 長い人でも100年、
それでも、おじいさん、おばあさんに子供時代の話が聞けたら、自分の経験、記憶ではないけど
60,70年前まで話としてはさかのぼれて、自分の人生時間をたせば、120年ちょっとくらいの話が出来るかもしれない、

もっと言えるなら 自分は1960年生まれで、自分のおじいさん おばあさんはとっくに亡くなっているけど、
生きていたときに、おじいさんのおじいさんの話が聞けたとして、
そうすると江戸時代の本当に終わりくらいの話が聞けたかもしれない。
それで、これから自分がいつ死ぬか解らないけど、今の日本人の平均寿命まで生きたとして、
あと約30年くらい?だとしても、せいぜい150年くらいの話としては
おじいさん、おばあさんの記憶をたせば、出来なくはない。(乱暴な考え方だけど・・)

しかし、この原発事故の話は そんな時間より多分長い。
つまり、あの3月11日にオギャーと生まれた赤ん坊の孫の孫の時代になっても
多分消えない、ずっと引きずるっている話、
自分が生まれた1960年の100年前は 「桜田門外の変」があったとか。
100年後の3月11日に生まれた人が 
「自分が生まれた100年前に東北に大地震が起きて、その時の原発事故が
いまだに放射能の影響で大変なんだよ」という話をしているかもしれない。
その時は当然、今生きている人たちは全員いない。
そういうツケを残したんだという事を
今 生きている人たちがどれくらい感じているだろうか??
一般国民は 知らないうちに原発は作られていたし、
「こう言う事もあり得る」と言う事も 教えられないで
政治が政府がやる事を信じてやらせていた結果がこう言う事になった。


さあ、これから日本人、どう考える?
これから100年、150年、200年 もっと先の日本人達に対して
何を残し、何をしてあげる?
教科書で習った 「桜田門外の変」は江戸時代の大昔の話のように感じて習ったけど、
自分が生まれた たった100年前の出来事であり、
自分のひいじいさんくらいの出来事。
100年後は 自分はすでに大昔に死んだ人になっているけど、
自分の孫の孫は 何となく想像が出来ると思いませんか?
そういう自分の血を分けた 可愛い子孫達が 今の自分達のやった事で苦しむって?
本当に申し訳ない事であり、
100年、150年後の日本は、世界はどうなっているんだろう????と思う。

やらずぶったくり

2011/10/12 06:47:12
年金開始「68〜70歳」念頭に厚労省3案提示 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://t.co/LzatSteF via @yomiuri_online
昨日のニュースでこれは非常に大きな話、
丁度自分達世代がサンプルとして 説明されていたけど、
1960年生まれ前後の方々、あと18年 元気で健康で仕事出来ますか?
それもそうだし 60を過ぎても仕事ありますか?

サラリーマンなら定年はあるし、自分達自営業者は定年は無いけど
60を過ぎたジジイとババアがやっているようなケーキ屋に
若い人がケーキを買いに来るのか??
今でももちろんその世代の人でやっているところはありますけど、
自分の場合はどうなんだろう?と思うし、

別に仕事を辞めたいわけではない、
昨日も書いたように この仕事は好きだし、
出来ればずっとやれたら幸せだとは思うけど、
70近くになってもまだ、生活のため、借金のためなどの理由で
仕事に追われるような、お金に追われるような仕事はしたくないと思いませんか?!

お客さんで定年退職されて、引退生活をしておられるお客さんが何人かこらますが、
そういう人たちが羨ましいと正直思いますけど、
それは経済的な裏付けがある人たち、
好きな本を読んだり、映画を観たり、たまには旅行に行ったり、
そういう人たちを見ていて、
そういう人たちが本当はどう考え、感じておられるのか解りませんけど、
端から見て、やっぱり羨ましいじゃないですか。
それでなおかつ ちょっとした仕事があって、お金も少しは入ってくる、
別に毎日遊んで暮らしたいわけではない、
現実に追われる生活、そういう老後をおくるのがイヤだと思うわけで、

自分の父親は68で亡くなりました、ガンだったんですけど、
父親の世代の人は60で年金をもらえました、
でも65まで先延ばしにする事も出来て、そうすると60でもらうより
65まで年金を払い続けると、少し多めにもらえるようになっていました。
だけど、父親は自分の身体の様子を見て 60でもらうようにしました
それとて 国民年金ですから、数万円の話です。

その数万円ですら 自分が父親の歳で死んだら、もらえずじまいで
二十からコツコツ払ってきて、今も真面目に払っている国民年金すら
もらえないで、
これを「やらずぶったくり」と言わず、何という!!!

今の若い人達に どう考えるかのアドバイスみたいな話がありますが
時間がないのでまた。

3連休

自分達が子供の頃と違って 今は3連休というのが多くなりました。
法律が変わって 祝日が日曜日にかかると月曜日に休みが移ると言う
休みとは無縁の自分達からしたら羨ましいですが、

それでも外国 とりわけヨーロッパからしたら休みが少ないらしいですけど、
外国の休みの事はよく知れません。
自分が定休日以外休みではないので言うわけではないですが、

自分はケーキ屋という仕事をしていて、ケーキ屋の仕事は毎日毎日
積み上げていく仕事です、一日で店の全商品を揃えるわけではなく
一種類をある程度多めというか 量を作ってそれをストックしながら
ローテーションで作って、売れてしまった物から順に作っていきます。
ものすごく売れている店で 全種類が毎日売り切れるのなら
大人数で みんなで寄ってたかって作っていくんでしょうが、
それでも、今は冷蔵、冷凍庫 保存方法がよくなったから
それらを上手に作ってやっていると思います。

そうやってやっている菓子屋からしたら、
休みはほしいし、休みたいんだけど、休むと毎日の仕事の段取りの継続が切れるから
いろんな意味でやりにくい場合があります。
フルーツなどの生の物は 悪くなっていくし、
材料の賞味期限の問題もありますしね。

それは菓子屋だけではなく 食べ物屋さん全体に言える事でしょう。
特に魚やお肉のような生ものなら、「今日は売れても明日は売れない」という物があるでしょうから
簡単に休む事は出来ないでしょうし、
商売的に言っても、我々は日銭商売だから、一日休むと売り上げ分が減収です。
うちに来る業者もそうですけど、「来週は休みですから2週間分でお願いします」
と言われますけど、そういう職種の人は休めますね。

図らずも そういう職業に就いてしまった事を、今さらとやかく言っても仕方がありませんけど、
でも今の時代 いろんな給料体型があるようで
一応社員だけど、給料は日給月給という人、もちろんパートアルバイトの立場で働いている人は
会社が休みになってしまうと、それだけ給料が減るわけで
休みだからと言ってうれしい人ばかりではないでしょうね。
休んだ分だけ生活が苦しくなる。

そう言う人もそうだけど、本当は日本という国は休んではいけない気がする
そんな事を言うと怒る人がたくさんいるでしょうけど、
元々 資源も何もない国
大昔から日本がどうして 今の様な繁栄があるかと言えば
日本人の勤勉さと 骨身を惜しまず働いた事だと・・・。
国民その物が資源、逆に言うとそれしかない国なのに

まあ そんな事を言っても仕方がない、
今は皆さん 普通に休んで普通に連休をとりますから
休みがあるなしで 職業を選ぶ人だっているようですから

ダメなんですよ、こうやってずっとやっている自分は
変に妙に休むと なんか罪悪感じゃないけど「休んでいて良いのか??」と
自分の心が言い始めてしまうし、体調もおかしくなってしまう、
それに付き合う奥さんはかわいそうだなとは思うけど・・・。
ケーキ屋という仕事が好きなんでしょうね、自分が。
一人でやっているから 他人に気を遣う事もないし、
気軽にやっているから 休みが無くてもそれ程イヤだと思わない。

多分店をやっている人たちは そういう感覚だからやっていられるでしょうし、
もちろん たくさん売れて たくさんお金が入ってくればうれしいし、
たくさんお金が入ってくるなら 休んでいるなんてもったいない
と言う感覚でしょう。
商売とはそういう物だし、
働こうが働かまいが 同じ給料なら 休みが多い方がいいですね。
でも、仕事だからやらなくてはいけない事はやらなくてはいけないのだから
休んだ事によって その仕事があとになって廻って来るというのも大変で
だったら休みなんか無くていいと思っている人もいるでしょうか??
休みだと、お金も使うでしょうから、
お金があって 仕事の事もそれ程考えなくて 休める人は楽しいでしょうが
今、今朝起きて 「さあ出勤」という人たちは
気が重い人もたくさんいるでしょうね。
まあ 何がよくて 何が悪いか解らないけど
仕事は どんな人でも 大変ですね、
お金をかせぐことですから。。。

決算書

商売をしていれば 
どんなビジネス、商売であろうと大きかろうが、小さかろうが
決算書というのは付きの物です。

で、経営者として 決算書の見方が解りますか??
(経営者なら解らないでどうする!と言う声が聞こえてきそうですが、
お恥ずかしながら、若いときはそれ程決算書というのは気にしていませんでした、
それなりに売れて、それなりにやっていられるんだから
「それで良いじゃん」とおもっていました、
だから人を入れるのも、何かをするにしても
感覚でやっていたところが多かった気がします。
ところが 今のように景気が悪くなり、入ってくるお金が昔ほど 
苦労しないで入ってこなくなり、なかなか前年より売り上げが上がらない場合、
当然、何が一番経費がかかっているのか?を考えるようになり、
たとえ前年比が悪くなっても、その中でも利益を出す事が経営者の仕事だという事に気が付き始めました。)

経営者として その内容の中で 何を重点に見ますか??


今はまだ人に雇われている立場の人であっても
将来 自分が経営者になった場合、何を考えながら経営していかなければ行けないか??

そういう事を考えながら、今働いているところはどういう経営なのか
考えて、観る事は大切だと思います。
もっと言うなら 「どうして自分は雇われているのか??雇ってもらえているのか?」
仕事があるから・・と言うのは当然なんですが、その店の売り上げに対して
働いている人たちの給料、その他の経費をザッとで考えてみるのは
ただ 「作れるようになりました、」
「出来なかった事が出来るようになりました」だけではなく、

ある意味 経営者になるならその事以上に大切な事のような気がします。

イヤ、今雇われている人であっても そういう事を考えられる人は
その職にいられるけど、そういう事も考えられない人は 
いられなくなるかもしれない時代 

なのかもしれません。

怪獣ケーキ

イチゴ味の怪獣ケーキ

米粉ロール

米粉ロールケーキ

今まで生きてきて「驚きの出来事ベスト10」

これを読んだ人たち お一人お一人にとって
今まで生きてきて「驚きの出来事ベスト10」はなんですか?
と言う話なんですけど

自分は 思い出してみるとやっぱり大人になってから
特に 店を始めたここ20年くらいに
驚くべき事の連続です。

一番 心底驚いたというのは 言わずもがなの
「東北の地震、津波」
それに付随して「原発事故」
今は付随と言うより、それが一番になってきました。

21の時 名古屋のケーキ屋を辞めて
修行をし直そうと思って東京の店に入れてもらって
初めての出勤の日の朝 テレビを付けたら
順番を忘れましたけど、我々の世代なら覚えているでしょうが
「逆噴射」で飛行機が羽田沖の海に落ちた事
翌日 ホテルニュージャパンの火災

両方とも ワイドショーで見て 驚いたし
火事の映像で 火を避けるために浴衣姿の男の人が
窓の外の壁づたいに逃げようとしている映像も忘れられません。

それから、御巣鷹山に日航機が墜落したのも・・・
あの頃 フォーカスという写真雑誌の出始めで
自分は見なかったんですけど、墜落現場の惨状の写真を
みんなが興味本位?で見ていたのも 忘れられません。

それから、天安門事件にも驚きました、
戦車の前に旗を持った人が 立ちふさがった映像は印象的

ベルリンの壁が崩壊した 
みんなが壁の上で ハンマーのような物で 壁を打ち砕いている映像も・・
そして 東ドイツが無くなった事も・・
自分達の子供の頃には考えられない

ソ連が無くなった事も驚きました。
自分達の世代なら、世界の大国同士の冷戦というのは
ずっと習ってきた事で その相手のソ連が無くなるとは
思っても見ませんでした。

チェルノブイリの事故にも驚きましたけど
今は福島の方が大問題です。

あとはオウム事件 サリンという毒ガス
昔、森村誠一の「悪魔の飽食」と言う本を読んで
その中に確かサリンというのは出てきましたから
毒ガス兵器だというのは知っていましたけど
そんなのを実際作って ましてや町中でまくと言うのは考えられない事でした。
そのあとの 数々のオウム事件 
弁護士家族の拉致殺害とか そのサリンを作るためのプラントとか
マイクロ波で人を殺して 肉も骨も焼き尽くすという話も・・

話がとっちゃらかるけど、
高学歴の若者達が、麻原彰晃と言うよく解らない人に
ああも簡単に騙されて 心底信じたというのも理解出来ないし、
サリンは作るは、実際まき散らすは、
と言う事をやってしまったと言う事にも驚きです。


神戸の大震災も これも朝起きてテレビを付けたら
町中火の海で 高速道路や建物が倒れている映像。
そのあとの 神戸の人たちに苦労は今も続いているようです、

第一次湾岸戦争にも驚きました、
まるで映画かドラマかテレビゲームを見ているような映像
「オーこれから世界は、日本はどうなってしまうんだろう??」と
不安になりました、
それから数年後の 旅客機がビルに2機も突っ込んで
そのあとビルが崩壊していく映像 いわゆる「9.11」
正直 これで世界戦争が始まるのかと思いました。
それからの自爆テロのニュース
実際ブッシュジュニアがやった第2次湾岸戦争。
あれはいったい何だったんだー??という話です、
ただ、親子2代で イラクという国がフセインが個人的に嫌いなだけだったの?と言う印象。

結局あれをやったばっかりに アメリカ自身の衰退と
今 ニューヨーク発のデモが 全米に広がりつつあるという
ニュースをやっていますけど、イラクがどうした
中東がどうしたという話より、自国民がそれで苦しんでいるという
アホな結末。
まだ終わっていないですね、これからアメリカはどうなるか
アメリカと付き合っている日本はどうなるか??ですね。

それに、「戦争ってこうやって行われていくんだ」と言う事と
周りに思惑を持ったいろんな人がいて
いろんな事を言ったんだろうというのは想像付くけど
しかしアメリカ大統領とは言え一人の人間が、
自国民の命とお金を使ってでも 「戦争をやる」と決断するって言うのが
目の当たりに出来たという感じですね。
やるか、やらないか 政治家にとっては政治的決断と言うやつでしょうが
でも 一人の人間が 人の命を代償にしても戦争をやる言う決断
そのあと 自分の決断で多くの自国民、若者が死んだという現実と
今も戦争に行った事によって 心を病んだ人たちが大勢いると言う現実
その上に、やった事によって今アメリカ自身の力が弱まりつつあるという
現実を あのブッシュ親子はどう思っているんでそうか??
やはり あの決断は正しかったと思っているんでしょうね。
普通の人間には理解出来ない感覚。罪悪感なんてみじんも無いんでしょうね。

最近では中国の高速列車事故のも驚きましたね。
列車事故は 日本でも「JR福知山線脱線事故」というのがありましたから
(あの映像もビックリしまた、列車がマンションの中に突っ込んでいる映像、一見してはどうなっているか理解出来ないような映像)
あれを見ているから 列車事故としては見た事はあるけれど
そのあとの中国政府の対応、列車は埋めてしまうし、
責められれば 掘り返してどっかに持って行ってしまったし、
そのあとは もう何も無かったかのように
何も聞かなくなりました。
そのあとにすぐ 地下鉄事故。
恐るべし中国。


近場で言えば 東海豪雨
この前の台風の時もそうだったんでけど、実家が庄内川の近くですから
実家は大丈夫か??と心配でした。
それに去年の可児の豪雨。あの日の夜は出かける用事があったので
帰りの運転で あんなに真剣に運転した事がないくらい
怖かったですよ。そしたらやはり 流されて亡くなった方が数人いたという話、

書いた数は10個無いけど、その一つ一つに付随しての
事件、事故は驚くべき事ばかりで
天地がひっくり返る と言う話ばかり。

これから自分がいつまで生きているのか解らないけど
これから先も 表現が出来ないくらいの出来事が起こるのでしょうね。

他に 「これも驚きの出来事」というのがありましたら
教えてください。
今は頭に浮かんだ事だけを 書いてみました。
それでも これだけの大事件があって
それによって どれだけの人が亡くなって、泣いているのか??

その中に 自分がいつはいるのか??
他人事ではないですね。
何事もない人生が 一番幸せだと言う事に感謝しましょう。

割に合っていない

<福島第1原発>東電賠償額4.5兆円以上…調査委が報告書 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

昨日のニュースで 東電は賠償金を作るために 
いろんな資産やら何やら手放させられる それに人員削減やら、
それでも全然足りないみたいで、過去の事まで掘り返されて
さらなるリストラや合理かなどを求められて

確かに内容を聞くと 「電気」と言う 現代社会において無くてはならない物を
作って売っているとは言え、悪徳商売に等しいくらいの話ではないかと思えるくらいだし
使う我々お客側からしたら、
他の商品、物のように代用が利かないし、店(電気会社)を選ぶわけにはいかないし、
それを良い事に やりたい放題の経営が見えていかに我々が
高い電気を買わされていたかと言う事が 今回の事で思いがけなく解ってしまって、

それにしても、いくら地震による津波でこうなったとは言え、
なんかそこのところの原因で 「俺たちは悪くない」みたいな感じがする
比べるのはおかしいと言われるかも知れないし、規模が違いすぎるけど、
ちょっと前に起きた焼き肉屋の食中毒事件などと内容としては同じだと思うんだけど
じゃああの焼き肉屋の社長にしてみれば
「食中毒が出たのは俺たちのせいじゃない、俺たちは通常の手順で料理をした、
食中毒になったのは肉に細菌が付いていたから悪いんだ」と言えてしまえるような
東電の人たち。

まあそんな事を言っても仕方がないけど。
それにしても、日本の各電力会社がいくつの原発を持っているのか知らないけど、
一つこうなると とんでもないお金を支払わされるし、
もちろん国民にも迷惑がかかるし、国その物の存亡すら危うくさせるような原発事故
商売的に言えば あまりにもリスクの高い商法。
書いた焼き肉やと同じで 何もなければ大儲かり、
でもいったん何かがあれば、多額の賠償金と自分自身の人生も終わってしまうと言う、
それが怖いから 普通の焼き肉屋さん(すべての食べ物屋さん)はああ言う仕事はしないわけで
食べ物屋さんだけではない。すべての職業は何かあったら命取りと言う事が解っているから
しっかりした仕事をしようとする、
仕事を継続させていきたいと思ったら 正直にやるしか方法は無いわけで

これから東電がどうなっていくのか解らないけど
他の電力会社が東電を見ていて、あまりの事に「これからは原子力発電は割に合わない
正常に動いているときは これほど儲かる商品はないけど、それにはあまりにもリスクが
高すぎる」と思い始めるか??
国民も 確かに今のところは 原子力発電以上に効率の良い方法は無いけど、
廃棄物の処理方法の問題などを考え合わせると あまりにリスクが高いという事

そういった事から すぐにはもちろん無理にしても
何年 何十年とかけて 少しずつ原発を無くして、違う方法の発電方法が考え出されていく
と思う、思いたい。

もっと根本的に思うのは 今のような暮らし方のありようを
国民自身が考え直す、
そういう事を言うと すぐに経済が・・と言う人がいるけど
もうイイじゃないかと思う。生きていく上で 必要な物を必要なだけ使って
今までのような 湯水のように使うような 物の消費は無理がある、

もっと言うのなら その無理の部分が 今の日本人を不幸にしている気がする。
その無理の部分を必死に支えようと頑張って生きているという事と
本質的な 自分らしい 人間らしい 生き方 人生を 引き替えるには
割にあってない気がする。




正念場

9月の始めに夏休みで東京に行ってきて、
友達と一緒に 自分達が出た菓子学校に行ってきたんですが、
自分を可愛がってくれた先生が今もいて
その先生の授業を少し見させて頂いたんですけど、
受けている生徒達が 丁度自分の子供と同い年だと思うと
なんか 関係のない若者達とは思えなかったし、
自分自身が 彼らと同じように30年前 この先生の授業を受けていたと思うと
不思議な気持ちで見ていました。

話が少し変わりますが、店に出入りしている業者の若者が職を変わると言って
9月いっぱいで辞めるそうで、
自分から見たら、今の職場が悪いとは思わないし、頑張ってやっていけば
楽ではないとは思うけど、ちゃんと家族を養っていけるだろうし、
それなりにやっていけると思うし、
保証もあるし、休みもあるし、間違ってもつぶれるような事はないし、
自営業者からしたらその話を聞いて、「今の決断が君の人生において、良い決断になるようガンバレ。
間違っても 今の決断が間違っていて、あとで後悔する事のないように」
と思う。
本人はどう思っているのか解らないけど、もし今の職場、職業がイヤで辞めるのなら、
そして、自分自身がやりたい事とか、目標があるのなら違うかも知れないけど、
その人が思う以上に頑張らないと 必死にならないと 難しい気がする。
菓子学校で見た生徒さん達、彼らは専門学校生。
一応「お菓子」という職業を選んで 学校に来ている。
自分達の時でも、みんながみんな菓子屋になったわけではないけど、
菓子屋という職業で身を立て行こうと思うのなら 卒業してからまず5年が正念場だと思う。
いやいや、どんな生き方をしようと、まず25〜6歳までがとりあえずの正念場だと思う。
そこをいい加減に 目標もなくただ何もなく時間を浪費して過ごししてまうと 
そのあと 何らかの形を作っていくのは難しくなる気がする

なかなかねー 人というのは 自分の事はわからないもので
他人から見て、ましてや50の自分から20くらいの人を見ると
自分が過ぎてきた道だから、「もっとこうすればいいのに、ああすればいいのに・・・」
と思うんだけど、それを若い人に「ああだ、こうだ」と言っても
若い人からしたらうるさい話に聞こえたり、聞いているつもりでも本質的な事は
解っていなかったり、結局経験がない分、言われている事の分析力がないから
自分が歳を取って 振り返ると 「アーあのおじさんが言っていた事とはこう言う事だったのか」
と思う人は思うかも知れない。
結局、人はいつもいつも正念場、どの道を選ぶのか??
どう事柄に対して 頑張り抜けるのか?
どんな道であれ その頑張り抜いた人が まあまあ良い感じになれるのかも知れない。
それとて、いつも自分が思うのは
巡り合わせの「運」とか 何らかの後から考えると奇跡的な「運」が大きく作用する気もする。

でも、20から25までが正念場と書いたけど、
本当は 子供の頃かずっとそうなのかも知れない。
子供の頃なら勉強。
この誰もが受ける事が出来る 学校での勉強を一生懸命 頑張れた子と頑張らなかった子。
良いところの子なら 幼稚園からお受験があるけど
一応一般的には高校受験で、ここで自分が受けたいと思う高校を受かるかどうか?
大学に行くなら大学受験も正念場。
それぞれの人がそれぞれの人生で、折に触れて正念場がある
ここを上手く乗り切るか乗り切れないかで 大きく人生が変わってくる。
ある程度の大人になってもそうで、
自分だって 「もしあの時・・・こうしていれば」とか「こう考えていれば」という事はある。

でも、高校受験、大学受験の様に 明らかな正念場なら解りやすいけど、
何気ない日々の中で、実はその人にとって大きな正念場だったとしても
本人も周りも 気が付かない時がある。
人によっては そういう正念場を逃げてしまう人がいる、避けてしまう人がいる
また本人にしてみれば 考えて行動した決断がそれ程でも無かったり
考えが足りなかったり、
いろんな所で 実はターニングポイントというのはあって
その都度 頑張れた人、頑張れなかった人 様々で

しかし、それでも頑張ろうが頑張らまいが、時は過ぎていく
世の中も、その人がどうなろうが何も変わらずあり続けるし、
自分の頭の上を 人も時間も物も すべて過ぎていく。
むなしいくらいに 自分に関係なく過ぎていく。
今こうしている時間だって、自分にとっては普通の朝だし、多分普通の一日になるはず、
だけど、人によっては今日という日が重大な日になっているのかも知れないし、
生死を分ける日になるかも知れない、でも世の中は一見何も変わらず
あり続けている、
そういう物だから、だからこそ自分がどれだけそれを思って
頑張り抜けるか、誰も言ってくれない分 難しい、

やれる人はやれるけど、やれない人はやれない
ちょっとした違いなんだけど、それが大きな違い
タダそれだけの違いが 全然違う人生。

こう書いている自分だって これからどうやっていくか
正念場は続く。
「頑張る」と簡単に言うけど
どう頑張るかが難しい。

くじを引ける権利

「くじを引ける権利」という言い方は ちょっと変かも知れないですけど、

くじの種類も あみだクジなのかガラガラと回して 白なのか色つきなのかタマが出てくる
福引きなどに使うくじなのか
とにかく、自分が選ぶか回すかして 出てきた結果で良い物が当たるのか
粗品になるのかなんですけど、
でも、そのくじを引く権利は 誰でも持っているわけではない
商店街なら そこで金額相当の物を買って、お店でくじ引き券をもらうとか
あみだくじなら、選ぶ立場にならないと 選ばせてもらえない。

ちょっと前に 日本の総理大臣が代わりました。
子供の頃は 「末は博士か大臣か?」と言う言葉もあったように
大臣になるくらいの人は それはそれは頭もよくて、行動力も統率力も
人の上に立つための すべての能力が高く備わっている人だと思っていた。
いわゆる 「特別な人」とでも言うのか、

ところが 自分が大人になって 少しずつ政治に興味を持ち始めて
いろんな政治家を見てきて、
ましてやここ15年くらいの政治家を見ていて
2世議員、3世議員も増えてきたり、元タレントとか何かで有名人とか・・・

政治家になろうと思う人が、どういう道をたどれば政治家になれるのか
自分はよく解らないというか知らないけど、
中学、高校生くらいから「自分は政治家になろう」と思う人は今でもいるんだろうけど、
今の大阪府知事さんのように 元々は弁護士で どういう経緯か?
たまたまテレビのバラエティーに呼んでもらって そこから人気(?)が出て
今は府知事と言う 経緯をたどって政治家をやっている人が結構多い気がする
あとは、親が政治家で でも本当は自分は 政治家になるつもりが無かったんだけど
その親が亡くなったり、引退したり、でその基盤を譲り受けてなってしまう人。

その人達の 政治家としての能力は個々だから 一概には言えないけど、
本当にあるのか 無いのか?
国民として見ていると 本当はそんな能力が無いと思われれても、
選挙で受かってしまえば あっちの物で、有権者でなければ何も言えない

今は民主党政権だから、総理大臣になれる人はまず 民主党所属の
政治家でなければならない。言うまでもない事ですけど
その中で、どういう理由で 大臣や総理大臣になれる道筋があるのか
国民にはよく解らないけど、なんかよく解らないけど今は野田さんがなっている。
正直自分は野田さんという政治家が民主党にいたことは知らなかったし、
自民党から民主党に政権が移って、まさか野田さんという政治家が総理大臣になると
予想した人は 多分政治評論家でもいなかったと思う。
解らないけど、多分野田さん自身でもまさか自分が総理大臣になるとは
思っても見なかったのではないかと思う、
ただ 鳩山さんがこけて、菅さんがああいう形で ほとんどクビのような形で辞めて
誰が どういう力を働かせたのか?
野田さんも総裁選に立候補して、他の候補者の顔ぶれがああいう人たちで
その中で、野田さんが決まった。

この構図ってまさしく、最初に書いた福引きの「ガラガラポン」なのか
あみだくじで「俺はココが良い」と言って選んだところが
たどって至ったら、「総理大臣」と書いてあったという

だから、すぐに失言で辞める事になった大臣さんも
その前の復興大臣が 東北の知事さん達に失礼をしてクビになった事だって
彼らは 本当のその仕事のスペシャリストで、政治家としての先見性
人をまとめて、仕事をさせていく 統率力 ある意味でのカリスマ性
があるわけではなくて、
どういう道をたどれば、努力をすれば、くじを引ける権利 、立場になれるのか
一般国民には解らないけど、とにかくまずくじを引く権利を得る事に必死に全力を使い
その権利を得て、くじを引いたら出てきた当たりくじが 「総理大臣」「○○大臣」
だから、当たったのだから本人さんは「うれしくて、うれしくて」
うれしさのあまりに、当たったくじ(仕事)の意味も忘れて、
浮かれて、偉そうな態度や、アホなジョークを言ってしまう。

自分は菓子屋のせがれに生まれたから、生まれながらに「菓子屋になれる」という
当選券(?)みたいな物を持っていた、
それを行使するかしないかは自分なんだけど、自分は行使して菓子屋になった。
最近芸能人でも、2世が芸能界入りして話題になっている、
スポーツ界でも、時々その息子、娘という人たちが活躍している
確かに、芸能界なら親が芸能人なら いくらでもその道を造ってやる事は出来るだろうし
芸能界も「誰々の息子、娘」と言うだけで、話題になるから芸能人になれるのかも知れないけど
でも、結局あとは自分自身。
成功するのか ダメになっていくのか??
自分も店を親に作ってもらった、でも やり続けているのは自分、自分の努力。
スポーツ選手なら なお 厳しい、成績、結果が悪ければ その世界にはいられない。

世の中というか、人生は不公平で
生まれながらに良い結果の当たり券、懸賞が付いているくじを引ける権利を持っている人がいる、
どういう結果が出てきても、その当たり券には「○○になって幸福になる」と言うふうに書いてある。
逆に 生まれながらに カス、くずの様な、そのくじの中で最高の当たりくじを引いても
たかが知れている物しか当てられない人もいる。
それはそれで仕方がない事だと思うし、いくらカスの当たり券でも
それはそれだと思って、その中から幸せを感じられれば、それに自分が努力すれば
カスの当たり券でも 輝く当たり券に出来るかも知れない。

しかし、生まれながらに「幸福」の当たり券を引ける権利を持った人たちは
その当たり券を引ける権利がいかに 自分にとってラッキーなのかが解らない人もいる。
自分の努力でもなんでもなく、たまたまそういううちの子に生まれたというラッキーさだけで
そのラッキーさが解らない。
人間、結局自分の事しか見えないし、人の不幸は話としては解るかも知れないけど
結局 他人事だから。

日本は裕福になって、ましてや公に出てくるような人は 昔のように
「不幸のどん底からはい上がってきました。」みたいなサクセスストーリーでなく
ある程度の裕福で 好環境の中で生まれ育った人たちばかり。
自分だって お金持ちのうちの子ではないけど、それなりに可愛がって大切に育ててもらいました。
そういう事を当たり前だと思わないで、
特に政治家は そのクジを引く権利を取得する事だけに 一生懸命にならないで
出てきたクジの結果は 重大責任だと思ってもらいたいし、引かせるのは日本国民

商店街の福引きでも お店の福引きでも、
やっぱり、一等賞は その商店街 お店でよく買ってくれる人、お得意さんに当ててもらいたい。
そう思うのは当然。
本当は 隣町のショッピングセンターでいつも買い物をする人が
決して、常連客でない人が たまたま1回引いたら 一等賞って言うのは
本人は良いでしょうが、クジの主催者は いかんともしがたい。 
「そんな良い物を当てさせてあげたんだから、ショッピングセンターなんかで買わないで
今度からはココにあるお店で買ってください。」と言いたい気持ちです。
そういう気持ちが今の日本国民。
本当は一番 日本の事、国民の事を考えてくれる人になってもらいたいでも
よく解らないうちに 知らない人がなるのが日本の政治システム。
「大臣にしてあげたんだから、必死に仕事しろよ」
「タダ 大臣になれた、なれたと言って喜んでいるんじゃねーぞ!
商店街の福引きと違って、当たったからと言ってそれで終わりじゃねーぞ!」と言いたい。 

昨日のつづき

それで簡単に書くと、この一部始終をテレビや新聞に取り上げてもらえないだろうか?
と言う話なんです。
「何をバカな事を言っているんだ」と怒られるかも知れませんが、
結構 本気で思っていて、

友達のように お店屋さんが津波ですべてを無くしたと言う人たちが、
少しずつ再開しているという話をテレビなどで見て、
人それぞれ いろんなケースがあるのでしょうし、
再開しやすい業種と しにくい業種があると思うんですけど、
ケーキ屋というのは、機材の種類も多いし、お金がかかる分
しにくい業種に入るのではないかと思うのす、
こう言うのを比べても仕方がないんですけど、
それが、全くの友情で すべてを譲ってもいいという友達の思い、
それを、「申し訳ない、ありがとう」と思いながら受け取る岩手の友達、
それを見守る、自分達。
現実、東京から岩手まで ケーキ屋の機材を運ぶとなれば
大がかりな仕事です。
それを 仮設店舗とはいえ そこに設置して店をオープンさせるというのは
もうすごい事だと思うのです。
昨日も書きましたが、自分は直に見てはいませんが
本当に基礎だけを残して 跡形もなくなった店。
そういう状態から 1年もたたないで再開させたとなれば
多分、奇跡に近い話だと思うのです。

それに、自分の考えとしては ただ友達が奇跡のように再開させたという事だけではなくて、
大槌町は1000人以上は亡くなっています、書いたように町長も流されて亡くなっている街です。
この夏に実際見てきた友達たちは、「あそこで菓子屋をやっても無理じゃないか」と言うし、
「ああいう状態、状況にあって誰がケーキなんか買ってくれるんだ?」と言います。
でも、自分はそうは思わないんです。
「そういう状態、状況だからこそ 菓子屋って必要だ」と思うんですね。
確かに贅沢品です、日々からしたら食べても食べなくてもいい物です。
でも、人間 甘い物は必要です。
うれしいとき、哀しいときだって、スランプの時だって
甘い物、ケーキを見て「ワー 美味しそう」と思って食べれば 
少しは力がわいてくる物だと思うんです。

この前、NHKの特集で 大槌町の子供たちの事をやっていました。
残念ながら 半分くらいまで番組が進んだところで 
北海道の震度5強の地震の情報に 番組が変わって最後まで見られませんでしたが
あそこに出てきた、大槌小学校の子供たちに
誰が、あの子達 一人一人の誕生日ケーキを作り、この冬のクリスマスケーキを作れるのか?
商売だけで言っているのではありません。
「商売屋」「お店」 って言うのはそう言う 使命というと大げさですけど
そういう事柄も含まれていると思うのです。
だからこそ、自分は絶対 友達には再開してもらいたいのです。

「お店って何?」と言う事を考えると、
商店、お店、商売屋というのは その街の活力だと思うんです、
売る人がいて、買う人がいて、買ったものを使って、生活する。
当たり前の事なんですけど、
今その当たり前の事が、津波でやられてしまった 多くの街々は壊れてしまっている。
「これが(あれが)無くなった。以前だったらあのお店の あの人から買っていたのに」と
それが今はその店も、売っていた人もいない。
それでは、やっぱりその街の再生は無いと思うんです。
少しずつでも、いくら小さな店であっても、品揃えが悪くても、
そこに店があれば、次来たときは 自分のほしい商品があるかも知れない。
頼んでおけば 仕入れてくれるかも知れない。
やる人がいて、店があるから成立する話、

もし本当に友達のケーキ屋が再開されれば、
それが、大槌町の良いサンプルケースになる気もするんです。
もっと言うなら、すべての被災したお店を再開させたいと思っている人たちの
良いサンプルになると思うんです。
東京のそういう友達がいたというラッキーはありましたけど、
それはたまたま友達だったと言うだけで、
業種にも寄る事は解っていますけど、日本国中を考えれば
そういう使われなくなった機械、機材はたくさんあると思うし、捨てたいんだけど捨てられない
と思っている人もたくさんいる気がします。
それを 上手く間に入る人、行政でもいいと思うし
インターネットがあるから そういう事を登録してもらって
あげてもいいと思う人と 是非使いたいと思う人を上手く仲立ちしてあげれば
お金が無くて あきらめた人が 少しは明かりが見えるかも知れない。

いろいろ 思いつくままに書きまししたが、
友達のためだけではなくて、東北の人達が、本当に哀しくて悲しくて
辛くて、辛くて 苦しくて、苦しくて泣いている人たちが
少しでも 立ち直れる切っ掛けが もし友達のケースがサンプル、ヒントになれば
良いと思うんですけど、
どうでしょう??

甘いでしょかね?それはお前が思っている事で 現実はそんなんじゃないと言われてしまいますかね?

でも やらないよりはやった方が良いと思うのは 自分だけでしょうかね??

だからこれを読んだ人で、もしテレビ 新聞関係の人だったり、お知り合いにいたら
是非 言ってもらえないかと思って書きました。
残念ながら 自分にはそういった関係の人は 知りません。

何とかならないかな??

このブログを読んで 読んでくださった方に「何とかなりませんかね?」という話なんですけど。

自分の思いつきで、本人にはまだ言っていないし、言って「いいよ」と言ってくれるか解らないんですけど、
だから、先走りの話なのかも知れませんけど。

今回の大震災が起こってから、自分の菓子学校時代の友達も数人 被災したという事を書いてきましたが、
その中で一番仲の良い友達が、何かと新聞、テレビ、ネットニュースで見かける
岩手県大槌町で 先日は町長も津波によって亡くなった事で町長選挙が行われ、
新しい町長が決まったと言う話とか、
昨日のネットニュースに 合同慰霊祭をやったというのがありましたけど、

そこで 多分おじいさんの代から菓子屋をやっていて
友達の代から洋菓子もやり始めて、子供も3人恵まれて 
小さいながらも しっかり 立派にやっていたんですけど、
今回の震災でお父さんを亡くし、当然家も店も何もかもなくしてしまって、
少し前まで 避難所ではなく 親戚の家は大丈夫だったとかで
そこで、一緒に生活をしていたんですけど、
最近、仮設住宅も決まって 家族だけの生活になり 少しは落ち着いたようで、
仕事は 町の臨時雇用(?)で、救援物資の仕分け作用などをする仕事をもらって
今もやっているようですが、それも多分10月で無くなるといっていました。
こう言う感じが 今の彼の状況なんですけど、

どうもお母さんは菓子屋の再開はあきらめろと言われたみたいですけど、
彼にしてみれば、まだ50で これから新しい仕事を探し(見つかるかどうかも解らない)、
たとえ見つかったとしても、それをやり続けるという気持ちにはなれない。
菓子屋をあきらめる、捨てると言う決心が付かないのは 自分にも充分理解出来ます。
それで、高台の空いている土地を不動産屋に探してもらったり、
仮設の店舗に申し込んだりして、この前の話だと 仮設店舗が当たったそうで、

仮設店舗が決まる前に話をしていて、菓子屋の機材をどうするかと言う話で
菓子屋の機材は まともの新品を買えば最低約500万以上はかかります。
中古で揃えても 半分としても結構かかりますし、上手く手にはいるかどうかは難しい話。

それが、前回書いた 先週東京に行って友達と呑んだという事を書きましたが
仕事で来られなかった友達で、ケーキ屋をやっていたんだけどダメで
今は大手の菓子メーカーに働きに行っているという話を少し書きましたけど、
その友達の店の機材は今も残っているので それをそのまますべて
岩手県に持って行くという話が出て、岩手の友達がその止めてしまった友達の所へ
一昨日 実際東京に見に来たそうで、
現実 本当にすべてを持って行かれて その仮設店舗に設置出来たら
明日からでもオープン出来るという
止めてしまった友達も、寂しいけど また再開するという事は難しいし、
このまま 機材を持っていても仕方がないし、
今となっては邪魔と言えば邪魔だし、業者に引き取ってもらうのだって
売れる物は売ったとしても、多分いくらにもならないだろうし、
だったら、岩手の友達にくれてやって、自分の機材が役に立つのなら惜しくはないという話になって、
仮設店舗が11月頃引き渡しになると言っていたので
それまでに、運んで設置してくれる業者を探してやってもらえたら
何もかも無くしたときには 再開など夢のまた夢だった話が
ここへ来て 6〜7割方 それ以上に現実味が出てきました。
この話は すべて友達としての繋がりが 友情が やつを助けてやりたい、
どうにかしてやりたいと言う気持ちが 店の再開に繋がろうとしていると言う話なんです。

今までの話は 「友情物語」みたいな事ですけど、
自分が本当に言いたいのは その事ではなく、これから書く事なんです。


ちょっと時間が無くなったので つづきはまたあとで書きます。

久しぶりに・・

結局8月に1回しか このブログを書きませんでした。
taroさん コメントありがとうございます。

書きたいと思う事は沢山あるんですけど、
最近、その思った事が 本当に正しいのかどうか
解らなかったり、言い切る事に迷ったりして
だから まとまらないから書けなかったり、

夏場ですから、店、仕事自体は 決して忙しくはないんですけど、

今週、月曜日から昨日(木曜)まで 夏休みにして
毎年の事で、奥さんの実家の埼玉に行ってきました。
今回は思わず盛りだくさんになって なかなか有意義な休みでした。

と言っても、「遊ぶ」というのではなかったですね。
どっちかというと「仕事」の事、
月曜は向こうに着いて終わったけど、
翌日は 昼に二子玉川で 友達と待ち合わせて
そのまま自分が出た菓子学校に行って、お世話になった先生に挨拶して
同級生が先生をしているので 少し話をして、
学校見学して、そのあと横浜の方でケーキ屋をやっている先輩の所へ顔を出してきまして、
その先輩 今年の2月に書きましたけど、命にかかわる大病をして
ひょっとしたらもう お店は無理かと思っていたら、
昨日から再オープンだとかで、前日だったので一生懸命作っていました。
でも、身体に力が入りきらないようだし、辛そうでした。
これからどうなるのか??
すごく心配ですけど、どうにもならないので見ているだけです。
夜は また二子玉で友達と2人で2時頃まで呑んでましたけど、
本当はもう1人友達が来るはずだったんですけど、
仕事の都合が付かず来れなくて残念でした。
そいつの話を書くとまた長くなります。
以前は店をやっていたんですけど、簡単に書くと経営不振で
今は止めて大手のケーキ工場で働いてるとの話です。
 
帰りにタクシーに乗ったんですけど、
その運転手さんと少し話したんですけど、
その人、以前は大田区の町工場で50年働いていたそうですけど、
中国に仕事を取られて 今は運転手さん。
今の時代、そういう人が多いらしいですね。

二子玉川は世田谷区で元々お金持ちの多い街ではありましたけど、
自分達がいた頃はまだ 遊園地があったり、映画館があったり、
ちっとはずれると普通の昔からの家もあったり
と言う街だったんですけど、久しぶりに行った二子玉は再開発で
ブルジョアの街に変わっていて、街を歩いている人たちも
走っている車も 「何をしたらこんなに・・・??」という人たちがたくさんにて、
その反面、運転手さんのような人も 二子玉にはいるというそのギャップ
お金持ちには楽しい街でも、普通くらいの収入くらいでは辛くなる街、
東京はそういうところが多い。
それが、段々 地方都市にも広がっていて、
本当に「勝ち組」「負け組」に別れていくような、
でも、よーく見ると 「勝ち組もどき」って言う人も多い気がする。
一見、良い車にも乗っているし、身なりもお金をかけている、
暮らし向きが良さそうに見えて、実は・・・と言う人も多い気がする。
本当のところは解らないけど、
感覚的には、普通の勤め人やちょっとくらいの商売、会社ではああはなれないと思うから、

そう思うと、本当に不思議な街 東京。

皆さん 都民の人たちは どう思って毎日暮らしているんだろう??
それが当たり前だから 当たり前なんでしょう。

資本主義だからしょうがないし、じゃあ共産主義が良いというわけではないけれど
こう言う ギャップ、違いが世の中を悪くしているような気がする。
二子玉に出来た新しいマンションは 最低が5000万くらいからで最高は2億以上ですって
それが買える人って??

人の話

店をやっていると いろんな人がいろんな話をしてくれる、
ケーキ屋ですら こうなんだから 昔ながらの飲み屋さん、
バーやスナックとなれば ただ酒飲んで、つまみを食べて
カラオケして・・・ということばかりではなくて、
たぶん、お客さんはそのお店の人に いろんな話をしていくのだろう、

一番多いのは愚痴だろうか?
上司とか部下や自分の奥さんとかの人や会社の愚痴や悪口、
自分がいかに大変な思いをして 日々を過ごしているか

悩み
家族の悩み、子供の進路などの悩み、
嫁 姑の悩み(愚痴)

自慢話、
いかに大変な仕事をしていて(苦労話)
自分がどれほど大きな仕事をして、すごい手柄を立てたかとか
なかなか普通の人では行けないようなところに行って
会えないような人に会ってきたとか
こんな珍しいものを食べてきたとか、見てきたとか

往々にして、店をやっている人間は 下に見られがちで
「あなたのように こんな小さな店をやっている人にはわからないだろうが・・」
「あなたは知らないだろうが・・・」
「あなたは行ったことがないだろうが・・」
などの 前台詞が聞こえてきそうな、

まあ、ほかのお店の人は知らないけど、
自分はほとんど店から外には出ないから
あながち、この前台詞は否定できないのは確かなのですが

たまに そんなに馬鹿にしなくても・・と思う失礼な人もいる、

でも 店を長年やっていると そういうのにも慣れたし、
ときどき 「イヤ 自分はそれを選択したんです」と
言いたい時もありますが
強く否定できるほどのものがないから
黙って聞いている。

だけど、本当にいろんな人がいる。
一つ言えることは、ケーキ屋の店先で話をしていく人は
さびしい人、ちょっとスランプな人 のような気がする。

自分が調子がいい時は 店の人間など目に入らない、
ただ買っていくだけ、それ以上のことはない。
それが 話していくのだから その内容はいい話ではないし、
たとえそれが自慢話でも、
人に自慢がしたいという気持ちは 逆に言えば淋しいからで、
自己顕示がしたいのだろうし、とにかく話がしたいからなのだろう。

そういう話を聞いて
自分たちにあてはめる、
何が幸せで、何が不幸せか、
何を大切にしなしくてはいけなくて、
何が不必要なのか。

まあ 良く聞くところの どんな人の人生も最後はトントン
プラスマイナス0(ゼロ)ということだろうか?
得るものが大きければ 犠牲にするものも大きいし・・・・。

でも それとて人それぞれの定義による。
たとえば「あの人はすごい」と思ったり、言ったりするけど
その「すごい」とするところの定義も人それぞれだし、
同じ人を見て「あの人は素晴らしい」という人もいれば
「あの人は最悪だ」という人もいるかもしれない。

またその定義は 年月、年齢 環境によって変わっていく。

結局 その時 その人が 何に対しておもむきを置いているかで
見え方 感じ方がずいぶん変わるということで、

自分自身 何を善しとするか 
人さまの話を聞きながら
「不惑の40歳?50歳?」といわれるけど、
いくつになっても 人は迷っているし
自分自身も心の中は 大いに迷っている 今日この頃です。

題が思いつかない

昨日、NHKでチェルノブイリの事をやっていて 
あまりの暗さに 途中途中を抜かして見ていたんですけど、
25年たっても 全然 放射線というのは無くならないんですね。
それどころか、確実にそこで採れた物を食べると内部被爆するんですね。

そんな(番組の)見方で見ていたし、自分が数字などを並べて 文章で説明するのは
難しいので書けませんけど、

チェルノブイリと照らし合わせると、
福島第一原発の周囲何十キロの範囲では もう食物は採れないと言う事になるのでしょうか??
それが東北3県のどこまでに影響すのか 自分には全く想像も出来ませんが

今は 100km以上離れたワラからセシウムが検出されて、
牛を全頭 国が買い取るとか言って ニュースでやっていますけど
それは農家の方々にとっては 大変な事だし
「買い取ってくれたから良かった」の話ではないし、
じゃあ、この先酪農をやっていかれるのかとか
消費者としては 本当にそこで育てられた肉や農作物は大丈夫なのかとか
考えただけでも、これから日本はどうなるのか???
ものすごい 重たい荷物を 日本国民は背負いました。

自分のような たかがケーキ屋のおじさんですらそう思うのに
先日の 東海テレビの「セシウムさん」事件は
あまりのひどさに、呆れる、怒れる、バカ、アホ・・・・・いろんな罵倒する又は、批判の言葉はありますが
そんな 感情的な言葉だけで 東海テレビを批判しても批判しきれないほど
ひどい話で、
東海地方だから、東北の放射能汚染は関係ないという話では全然無くて
国の中で時差があるような大国と違って、国土その物が小さい日本にとって、
どこの どんなに離れている場所でも 日本国民にとっては大切な国土なのに
「東北の事は俺には関係ないぜ」的な発想でテレビ番組を作っているセンス、
自分には全く理解出来ませんけど、
例えばそのテロップを作った人が
「俺は高給取りだから、東北の物など買わなくても、安全なところから取り寄せるから良いんだ」
と思ったとしても、
今の汚染されたワラの話でも解るように、原発から100km以上離れたところで作られた
ワラですら汚染されていて、離れているから大丈夫だと思って牛に与えていたら
それがダメだった。
また そのワラって いろんな地域に出されているんですね。
福島のワラが 違う県に売られていて そこで牛に与えたれている。

日本って こう言う問題もそうですが、車の部品や薬とか 
いろんな物が消費者には思いも寄らないところで、実は作られていて
自分が毎日食べているものや使っている物が、どこから来ているのか?
製造会社だけを見て どこそこの製品と思っていても、
確かにそれはどこそこ会社の製品なんだけど、元をたどると実は思いも寄らない所で採れた物だったり、
作られていたり、

多治見は陶器の街なんですけど、自分が遠い旅先で陶器の土産を買ってきたら
実はそれは 隣町の多治見の陶器屋さんの製品だったとか、
以前、付き合いのあった養鶏場の鶏は、確かにそこでその人たちが育てて
卵を生産しているんだけど、与えているエサは 外国産のトウモロコシなどを与えている
これを純国産卵と本当に言えるのか?とか

別にこう言うのに文句を言うとか、問題にするとかは全く思っていません。
それはそう言う物だと思うし、自分だってケーキを作っていて
材料が本当は どこでどういうふうに作れているのかなんか知りません。

ただ、物というのはそうやって作られて売られているんだと、
店に行って、自分の必要な物、気に入った物とかを買って来るんですが
今の日本人は、ある事が当たり前で、お金を出せばなんでも買えます。
自分の仕事として何かを作ると言うのはあっても「生活に必用な物を自分で作る」という事を
しなくなった日本人。
自分の仕事の事はよく知っているけど、それ以外の事は全く知らない
自分の仕事の苦労は苦労だけど、他人の苦労は苦労と思わないというか想像しない。

東北の人はすべての人が泣いているし、原発の事でもこの先どうなるのか
想像すら出来ない状況の中で 不安に思い、泣いているのに、
自分は遠いところで 仕事にも生活にも困っていないから
「他人事、他人事」と思っていると、全く違う。

すべての事が自分の事だと思わないと、「セシウムさん」なんて平気で書くような
大きな勘違いは 命取りになる気がします。

実際 これを作った人が会社の中でどうなるのか?東海テレビの社長や
東海テレビ自体がどうなるのか解りませんけど、
レベルの低い勘違いが 会社自体のあり方、信用、存在自体が
命取りになりかねないというのも 他人事ではなくて自分事に思わないといけないかも知れません。

現実が・・

岩手の友達が やっと仮設住宅が決まって、
今まで 親戚の家で 避難生活をしていたのが
やっと、家族だけの生活になって とりあえず落ち着いたという事だけど、

これからは、自分達で生活をやっていかないといけない、
来月で 自衛隊も引き上げるらしいし、
救援物資も いつまでもあるわけではないようだし、

これからが大変、

どうやって 本当の生活を立て直していくか、稼いでいくか、
将来につなげていくか。
非常に厳しい現実が 待ち受けていうるような気がする。

なんとか 上手く やっていけたらいいけど・・・

自分は たまに何か送ってあげる事くらいしか出来ないから、

あとは 見守って、励ますくらい・・。

そういっている自分だって、
これから先 どうなっていくのかなんか解らないし、

日本人 全国民、 総不安。

名言だなと思った。

この前 テレビドラマを 珍しく見ていたら
その中のセリフで名言だなと思って、

「人間は最後は必ず 負けるように出来ているんだよ」

人と比べても仕方がない。

  勝った、負けたを言っても仕方がない。

結局 上には上がいるという事で、

例えばスポーツ選手が 世界記録を作っても
必ずいつかは破られるだろうし、

「自分が勝った」と言っても

「目くそ 鼻くそを笑う」ような話。

この「目くそ、鼻くそを笑う」って言う言い方
汚い表現だけど 結構自分は好き。

脱原発



原発推進、脱原発

確かに、今の福島第一原発の状況や
このニュースのような事があったり、
想像するに、今は肉牛で大騒ぎになっているけど
じゃあ 豚や鶏は?他の農産物は?と思うとまだまだ 
いろんな問題が現れてくるだろうし、
福島の人たちの健康被害はどうなるんだろうと思うし、
それは 何年、何十年先でないと解らない話。
それらを考えれば
脱原発というのは 自分もそうだけど ほとんどの国民がそう思っているでしょう、

そうしたら、原発に変わるエネルギーをどうするのか??
と言う問題が出てきて
「あっちを立てればこちらがたたず・・・」の話になっていくんだけど、

そうなんですけど、

全く素朴な疑問、「アホか・・」と言われるかも知れないけど
原発で出た 核廃棄物って どうするんだろう??

「だから、再処理施設があって、もんじゅがあって プルサーマル計画をやっている」という人がいるかも知れないけど
上手くいっていないですし、
結局 今は地下に埋めるしか手がないんですよね??

つまり このまま原発エネルギーを使い続けるというのは
廃棄物を作り続けるという事だから
その廃棄物を ずっとずっと後の人にまで そのゴミを押しつける事になるんですよね
そんなお荷物をこれからの人、自分達が死んでいなくなったあとの人たちに残す事、

今の科学技術では無理だけど、後の科学技術で処理していく・・・って
今の医療では治せない病気の人を 冷凍冬眠させておいて・・・見たいな
そんな事に期待をかけて、今使い続けるって 良いのかな??

その技術が本当に出来るのかどうかも不確かなのに
ゴミだけは増え続けていく。

よく「今が楽しければいいじゃない」って言うけど
そういう感じ、
「自分達が死んだあとの事なんか 金輪際知るもんか」って感じ、

100年後には 今生きている人たちは 数えるほどしか生きていないわけで、
100年後の人たちが 生き残っている人たちに向かって
「お前らが残したゴミで 自分達はこんなに困っている」と怒られるでしょうね、
でも、その生き残っている人たちだって
今は生まれたばかりの赤ん坊ですもんね。

自分は当然、 (予定では)70年以上も前に死んだ人になっています

Categories
Archives
livedoor×FLO:Q パック