洋菓子店ラ・パニエ お菓子日記

ラ・パニエの仕事、新作ケーキ ケーキ屋の裏話など・・。

続き

昨日の話の続きじゃないけど、
うちは地元にある信用金庫ととなり
町にある信用金庫と農協と郵便局が取引のある金融機関ですけど、
郵便局は用事のあるときだけ行くって感じなので横に置いておくって感じですけど、
毎週決まった曜日に来てもらうのが地元の信用金
庫と農協。
最近は農協で業者の支払いを行なっていますし、両替な
ども農協でやってもらいます。
ですから小さい売り上げながらも農
協と地元の信用金庫で振り分けながらお金の出し入れをしています
となり町の信用金庫は月に一度 ショーケースを買った時 
ここ
から借りたのでその返済と個人の貯金のために集金のために来ています。
感じるのは三者三様 
ショーケースを買うための借入も 来
る担当が結構熱心に毎月のように言うから 
「ショーケースを買お
う」と思った時、そこから借りました。
つまりメインの地元信用金
庫は毎週来るし、開店からずっとの付き合いのなのに 
そうめった
に借入などしないうち...のチャンスを逃したことになる。
銀行って預けてもらうのも大切で
しょうが、やっぱり借金してもらわないと儲からないはずですけど
メインの銀行でありながら 昔からそういうところは熱心ではな
い。
もちろん金利の問題もありますが、
結局担当の人が こちらが
お金が必要なときに話しやすいか話しにくいか。
もっと言うとその
担当の人にそういう話をしたいと思うか思わないか?で、
あまり付
き合いの少ないとなり町の信用金庫の担当が熱心に言うから「じゃ〜」ということになって、
結局ウチがショーケースを買う話はメイ
ンの信用金庫には一言も言いませんでした。
地元の信用金庫は本当
に昔っから こちらがお金を借りようかなと思う時でも熱心ではなくて 
「借りたい」と言っても ものすごく面倒な書類をたくさん
持ってきて 
細かく書かせようとして、ところが同じ話を違うとこ
ろに持って行くと 
「あ〜そうですか ありがとうございます」っ
て感じで貸してくれます。
その違いってなんだろうといつも思いますが、
うちの街は住宅地で
サラリーマン世帯が多くて聞くと結構預金高も他の支店に比べても高いらしく、
それに住宅ローンも随分あるらしく、結局ウチくらい
の小さなケーキ屋のお金の出し入れや 
一千万二千万借りてくれて
 担保もしっかりあるところなら飛びつくかもしれませんが、
10
0万200万くらいの借金など面倒なだけみたいですし、
金利から
してもオイシイお客にはなれないようです。
今の銀行にとって商売
屋に あまり借金をしてもらって何かをしてもらおうとは思っていないようで、
それより個人でクレジットカードでカードローンを使ってくれる人のほうが、金利も高いですから
 
金額は小さくてもそちらのほうがいいようです。
でもそれも銀行の経営方針で随分違うようですけど。

ウチが冷凍冷蔵庫を買う時の話を 女性店長が聞いたらどう思うでしょう??
話はしませんけど。

新年会で・・・。」

今日の新年会に地元信用金庫の支店長さんと次長さんも参加していた。
その支店長さんは女性で 20年前くらいにうちの店に担当と
して 
集金業務などで来ていた女性が、約20年ぶりくらいに戻っ
てきたら 支店長。
その信用金庫の中でも初の女性支店長。
当時か
ら頑張り屋さんだとは感じていたが まさか支店長までなるとは思わなかった。
少し話が変わるけど、今の担当は入社2.3年目の若い女の子。
の銀行は支店長が外回りの頃は女性も回っていたんだけど、
いつの
間にか男性ばかりになっていって、ここで支店長の意向でまた女性が回るようになったとか。
若い女性だと何かと危ない部分もあるか
もしれないけど、
うちの街は住宅地だから 昼間に家にいるのはご
婦人が多いだろうから
受け入れやすいのかもしれない。
その女の子の前は孫もいるようなおじさん。
ベテランだから仕事は
早いけど そう話すことはない。
年齢的に支店長、次長の方が随分
年下。
聞くと 支店長が21の時に同じ支店で働いた先輩、後輩。
仕事を教えてもらったほうが今は 先輩の上司になって先輩が使われているというのも 
サラリーマンの世界も厳しい。
ちらりと話していたのは 各家を回っていると 
男の人だとなかな
か家にも入れてもらえないところがあるそうで、
その点可愛い女の
子だと 警戒心もなく 世間話をしながら家にも入れてくれるらしい、
その点も支店長の狙い目だったんだろうけど。
仕事の出来る人
 出来ない人・・・・それでもそういう人たちを束ねて 
使ってい
かなくてはいけないという管理職も 
自分が雇用主ではないだけに
 難しいだろうと想像する。

よう わからん。

今、大阪の桜宮高校の自殺問題が大きなニュースになっていますが

素朴な疑問なんですけど、
自分は工業高校の機械科を出ました、
出た高校には他に建築家、インテイリア科、デザイン科、土木科、印刷科がありました。
卒業すれば 大抵の人は出た科に照らしたように、
そのような会社からの求人で就職して行きました。
多分普通科に行った人でも 機械科の名前を聞いて 
例えばトヨタとか日産とかNECに就職しました。
と聞けば想像ができると思うんですけど、
実際 自分の友達はそういう会社に就職した人は多いです。
高校で体育科とかスポーツ健康科学科と聞いて、
卒業したらどこに行くのかよくわかりません。
例えばバスケット部で大活躍して、大学とかに推薦で入るというのは想像がつきますが、
では推薦をもらえなかった人はどうなるんでしょう??
それから勉強して大学に入り将来は体育の先生になる・・。というのもあるでしょうが、
それも普通科からそのような大学に行く人と比べれば随分学力的に遅れを取ると思うんですけど。
高校でこういう科があるというのはに驚きました。
自分の認識不足なんでしょうか??

自殺した子の話を聞いていると、なんでこの子は自殺したのか?
自分に言わせれば そんなに嫌だったら 辞めればすむことだったし、
キャプテンでレギュラーメンバーに入っているのに やめることできなかったとしたら
やっぱりそこは親が辞めさせるこべきだった気がします。
亡くなってから 大騒ぎをして 刑事告発をしたって遅い。

それでも この学校、クラブに所属していると 先生からの暴力的な指導が普通というか
当たり前で、それをすべて受け入れてのクラブ活動なら それは大間違いだし
それを受け入れている生徒、その親達も 間違った マインドコントロールをかけられているんだと思います。

そんな 自分の子供が顔を腫らして帰ってきて、先生に殴られた それも20発も30発も・・・
と言われたら 自分なら大騒ぎです、大抗議だし すぐ警察沙汰です。
と普通は思うと思うんですけど
それができない親。多分それをやると他のメンバー生徒達に迷惑がかかる。
クラブがなくなるかもしれない、・・・など。
それに それをやることで 自分たちが仲間はずれというか 裏切り者になる
という考えがあったかもしれません
それが 間違った考え方、マインドコントロールだと思うのです。
現に 橋下市長が科を無くす方向で動いたら 
殴られていた生徒たち自身が反対して、卒業生も出てきて肯定的なことを言っていました
橋下市長の方法が良いか悪いかはよくわかりませんが
人が、生徒が自殺したというのに、ただ顧問がいなくなり 先生が変わればそれで
一件落着というのはやっぱりおかしい、
確かにそこをこの時期で そこを目指していた生徒にとっては大問題でしょうし、
人生がくるうくらいの事は思うでしょう。
そこのところを考えると 橋下市長の方法が良かったか悪かったか??

でもやっぱり 人間なんだから。大昔のサーカスの動物か何かとは違うのだから
暴力で教えてもらうことは無い。
言葉で言えばわかるし、殴ることで教える方法しか無いのなら やっぱりその先生は
いくら全国的に強いチームを作ったとしても 指導者としては能力が無いのだと思うし、
それに思うに、その先生が生徒を叩く、殴るときの心情、心のなかはどうなのか??
自分の要求したプレイが出来ない生徒に対しても心情は??
それは、愛情とか指導とかではなくて 
できない生徒への「怒り」でしか無い気がします。
自分の要求に答えられない生徒への怒り。

そうでなけりゃ そう簡単に人など殴れません。
そういうことを橋下市長は「問題だ」といっているような気がします。
どう考えても 人を殴って良いというのは絶対ありえないし、
それを「ありがたい」と思う方もおかしい。
人間には そのために「言葉」というものがあるのだから。

豆乳生チョコ

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先日書いた。
昨年夏からやっている、地元可児産の農産物加工研究会でバレンタイン向け商品で
生チョコを作りました。
上から、生姜、バニラ、ナス、緑茶、彩りでスイカ。
生チョコの生クリームを豆乳に置き換えて作ってありまして、
豆乳の大豆、生姜、ナス、緑茶が地元農産物です。
販売は店でも売ろうと思っていますが、
農協内と市役所内で、農協と市役所の職員の人達に向かって、予約販売で
限定100箱。
これも初めての試みでどういう売れ方をするか楽しみです、
こういうことを少しずつやっていき
自分たちがやっているこの 「農産物加工研究会」を認知してもらって
それが大きな動きになって、農家の人達や商売をしている人達など
そして、可児市に住んでいる人達に可児市の農産物をもっとP,Rできて
多くの人達に何か良い影響があれば良いと思っているのですが
それには まだまだ力不足のところがありますが
もっと仲間が増えていけばいいと思うっているのですが

そこのところは難しいところです。

仕様書

朝方 面白い夢を見た。

なぜか自分は 楽天社長 三木谷氏の講演会を泊まりがけで聞きに行って
泊りがけだから 結構 氏と話すことができて
自分なりに いろいろ 仕事のこと商売のことを話したんだと思う。

そしたら、氏が仲間の人に向かって言ったのは
「この人の考え方、取り組み方は非常に良い。だから多分商品もクオリティの高いものを
作っているんだと思う。」
「だけど、彼に一番抜けているのは 仕様書が読めないことだ」
と言った。

なんで ここで「仕様書」なんて言葉が出てきたのかさっぱりわからないし
自分自身 最近「仕様書」という言葉を使ったことがない
最近はマニュアルとか 日本語なら説明書とか言うところなのに
それを「仕様書」と言ったことが面白い。

でもなんか解る気がする。
自分だけのことではなくて、今不景気で物がなかなか売れない時代で
それでもみなさん一生懸命やっている、だから多分 景気の良い時よりも
商品やサービスのクオリティは非常に高くなっているんだと思う。
でも 売れない。
売れないというより 商品、物が反乱しすぎて またエンドユーザーも
なにが良くて、悪いのか、
また なにが自分にとってベストなのかがわからなくなっているんだと思う。
そういう時に決める基準はなにかといえば
今ならネットの口コミとか、テレビなどのマスコミからの情報が決め手となるのだと思う。
そうは言っても なかなか自分の商品が ネットで話題になったり、マスコミに取り上げられることは
非常に難しい。

でも 商品自体は非常に良い物だし、お客さんにわかってもらえれば 絶対売れる商品だと
自分では思うのだけど
そこのところが 売り方の「仕様書が読めない」と言われたのかな〜と思って。

結局 楽天という会社自体は 楽天の中で売られている様々なものを作ってはいない。
作っているのは出店している 多種多様な店だったり、会社だったりが作って
出品している商品。
だけど楽天は 商品を作ることは出来ないけど、その商品たちの「売り方の仕様書」を知っているんだと思う。

別に楽天を褒めているのではない、どちらかと言えば自分は楽天という会社は好きではない
それでも 作ることは知っていても 売り方を知らない自分からしたら
図星を言われたような 面白い夢でした。

これから もう少し そこのところを考えたら 売れるようになるでしょうか?
でもやっぱり 具体的な方法がわからない。

続き

15日の話し合いで バレンタイン、ホワイトデーなどのこれからの活動を話し合い
それらが終わってから
自分が、ホワイトデーが終わりすぐにやがて1年になるけど
今は初めての試みで いろいろお菓子を作りやってきたけど
じゃあ2年目はどうするか??
もちろん同じようなことでも 継続して同じ事をやっていくことは大切だし
今までやったことが 大成功で大盛況だったわけではない
まだまだ我々がやっていることは 一部の人しか知らないし、
知っていても 年末年始で活動を休んでいると もう「あの活動は終わったのか」と
思われた人もいるくらいだから、まだまだ認知もなにもされていないから
そういう意味では 同じ事でもやり続けることは大切だと思う。

自分のこと 自分の店のことだけを考えれば、月に一度集まってイベントを企画してもらって
手数料もなくロイヤリティもなく 材料の野菜もほとんど無料で提供してもらって
農協の人たちが売ってくれる 、
金額的にはそれほど大きくはないが、それでも 儲けになっている
それだけで満足してしまうと それだけで終わってしまう。
その次のステップとして、
どうこの会を大きくして 大勢の人たちを巻き込んで関わってもらえるようになるか
そこが問題なような気がする
このことをやることで イベントなどで少しだけお菓子を売ってもらって
ケーキ屋3店舗が少しだけ儲かった だけで終わってしまっては全く意味が無い。

最近 いろんなんところで似たような活動をしているのを見かけるけど
最初は 花火を打ち上げるようにワァ〜と盛り上がって
宣伝方法にお金をかければ それなりにお客さんは集まり
それなりに盛況にはなるだろうけど、それだけで終わっているところが多いと思う。

自分はそういうのではつまらない、
もっと根本的なところ もっと大勢の人たちが
こういう活動から 恩恵というかいい方向に向かえるような
そういう活動にしたい。

そのためには 自分のことだけ 自分の儲けだけを追いかけていたんではダメで
人の儲けも考えてあげながら、人それぞれの立場も考えながら
活動していけば 多分それが大きな活動に変わっていく気がする

そして その流れの中で 自分の店に帰ってくる気がする
そうなれば 単発的な売れた、売れないではなくて
自分の店そのものが もっと大勢に人たちに認知してもらえる気がする。

農産物加工研究会

去年の夏から 農協主催で「農産物加工研究会」というのをやっていて
地元野菜を使ってスイーツを作ろうというのをやっている。
最近 いろんな所で似たような活動をしているのをニュース等で見ることがある。

去年の夏に ちょっと知り合いのケーキ屋さんの紹介で農協の中の
「可茂農業サポートセンター」の人が来て、地元野菜を使ってお菓子を作って欲しいという依頼で、
自分はだいぶ前から そういうことがしてみたかったので
渡りに船のような話ですぐ乗ったのですが、
どうせやるなら 紹介してくれたケーキ屋さんともう一軒 地元のケーキ屋さんと
とりあえず3店舗で 研究会を立ち上げてはどうだという提案をしたら
後日 その話がまとまり、月に一度 集まって色々話し合って
ナス、トマト、里芋、大豆、緑茶などを使ったお菓子(ケーキ)を作ってきた
作ったものは 農協の農業祭などで売ってもらって それなりと言うか
作った分 売上になっている。
合わせて 農協の広報に載せてもらったり、岐阜新聞、中日新聞の地元版に載せてもらったり
活動と合わせて 店の紹介も載せてもらってありがたかったし、
活動をやっている意味があって良かった。
年を開けて、15日にその集まりがあり、
今度はバレンタインに向かって、野菜を使ったバレンタイン商品の提案で
去年からの宿題だったので 
当店は「なす、生姜、緑茶、豆乳(大豆)」を使った生チョコを作り、
いま 農協の方々が 農協の職員に対して予約をとってもらっている。
どのくらいの予約が入ってくるかは謎だけど、とりあえず100箱が目標でとってもらっている。
それと並行して コープでケーキを売ってもらえたり
市主催のイベントで売ってもらえるという話も来ている
それほど大きな話ではないが 店としてはPRしてもらえたり、
こういう活動をしているんだという事をしらしめるいい機会になるだろうと思う。
そんなことで 今のところは自分の店のバレンタインもあるので
今の時期はいろいろ 忙しい。

今日は今こういう活動をしているんだということを書きました。
次は その続きの話を書きます。

成人式

自分の子供が成人式を迎えた。
親としてはめでたいことである。
まだ 学生をしているので、もう少し責任はあるけど
一応 親の責任はほとんど終わりの所まで来た。

さあ これからどんな事が 人生が待っているか。
成人式を迎えた若者たちに 幸多かれと思うばかりである、

子供にも式の帰りに言ったんだけど、この成人式を迎えたくても迎えられない
参加したくても参加できない人がいるんだと言う事。
いろんな事情があるだろうけど、晴れ着を着て写真を撮り この日ばかりは主役だった
彼らだけど、経済的に晴れ着を着れない人もいるだろうし、
病気で参加できな人もいただろうし、
なんといっても その前に亡くなってしまった人たちは 気の毒。
昨日の中日新聞の一面の写真にも 東北の震災で18の若さで死ななくてはならなかった人たち。
それを考えると心が痛い。
特に親の気持ちが手に取るように解るだけに 気の毒だし かける言葉も無い、
子供の同級生にも 通学途中 交通事故でなくなった人がいる。
生きていれば 晴れ着を着て ピカピカして 家族全員 幸せな時を過ごしただろうと思う。
「生きていれば・・生きていれば・・・」と思っているだろう。

今年成人した人の数は 団塊世代からすれば半分らしい。
彼らの将来は 決して夢が広がる 前途洋々な未来では多分ない
自分たちの時より 非常に厳しい現実が待っているだろう。

でも 自分は彼らに期待したい。
世の中的には決して 良い世の中 夢あふれる世の中ではなかった
生まれた時から 右肩下がりの世の中に産まれ育った彼らだからこそ
自分たちの世代とは全く感覚 価値観が違う彼ら。
そういう感覚、価値観で 今我々が「善し」とする形、物の見方を
根本的に変えて 新しい価値観の中で 新しい世の中、社会を作って貰いたい。

毎年クリスマスの苺の仕入れは悩ましい。
他のケーキ屋さんはクリスマスの仕事、儲けをどう考えているかわかりませんけど、
クリスマスの苺は 利益に直結していると思うので
1パック1000円も超えて1500円とかなると 本当になにをやっているのかわからなくなる。

昨日名古屋のフルーツの業者さんと話していたんだけど、
聞くと 去年のクリスマスは本当に苺がなくて Mサイズ Lサイズは1500円以上していたそうで
だから 少し大きめの2L 3Lを飾りに使っていたそうで、それでも800円以上していたそうで、

ケーキ屋さんにとってのクリスマス。
もう「クリスマスで儲けよう、儲かるぞ」という考え方ではなくて
「クリスマスは一年間の お客さんへの感謝のサービス」と言う考え方。
あとは「もう数量限定で それ以上は作りません」という シビアな考え方。
あと 自分からすると究極の選択で「クリスマスは もうやりません」と言って休んでしまう。
 
個人事業だから 人それぞれの考え方と経営方針(方法)でやればいいし
それでやっていけるのなら 別になにもいうことはない。

自分たちからしたら、やっぱり なんだかんだと言いながら 一年で一番お金が入ってくる
イベントだし、その入ってきたお金で 年末のもろもろの税金を払わなくてはいけないから
ウチにとっては やっぱりやらなくてはいけないイベント。
それ故に 苺をいかに安く仕入れるか? 大問題である。

ウチは なぜか開店以来からクリスマスは弱い。
23日か24日に毎年 新聞にクリスマスケーキを作っているどこかのケーキ屋の写真とコメントが載るけど
そういうケーキ屋の作る台数は2500台とか3000台とか書いてある。
ウチからしたら 天文学的数字なんだけど、
さっきの話に戻れば 3000台のケーキにつける苺代は総額いくら払うのかな??と計算してしまう。

今は材料すべての値段が上がっているし、お客さんの買い方を見ていても やはり不景気を
ひしひしと感じるし、
 今のウチの銀行の担当の人は 独身の若い人なんだけど
この前「クリスマスに彼氏(彼女)と何かおいしいものでも食べに行った?」と聞いたら
今の若い人たちは 本当にお金を使わない。食べに行ったといっても
昔のように フランス料理屋さんにでも行って 二人で1万以上払うというのは
考えにくいようで 
そういう 金銭感覚の若い人たちからしたら、
3000円以上のクリスマスケーキは非常に高く感じるだろうし、

お金を持っているはずの世代も 非常にシビアになっているし
若い人たちは お金を使わない。
ウチのことを考えると もう「大きく売れる。儲かって儲かって・・」というのは考えにくい
ではどうするか?
それでも全く売れないわけではないし、お客さんもいなくなったわけではないから
入ってくるお金の中で 地道に正直にやっていくしかない。
これしか 自分のやり方、方法論は思いつかない。
大変は大変だけど、その中で面白がろう、楽しがろうと思うようになった。
やれることは小さいけど 色々やってみて
この手はどう?あの手をやってみたんだけどどう?
こういうふうにしてみたんだけどどうですか?
みたいに 自分の思いついたやり方をお客さんにぶつけて試して楽しもうと思う。
そのくらいでないと 正直 悔しくてやっていられない。

昨日 PVのカウントが410にもなっていて驚いた、
多分お一人の方が 過去の書いた文章をずっと読んで下さったのだろうと思うけど
もし ケーキ屋さん お菓子屋さんなら ぜひ連絡して欲しい。
自分の書く文章は 決して楽しいことを書いているわけではない
どちらかと言うと 暗いし、ボヤキのような 大変だということばかり書いている
そんな内容を 過去にさかのぼって読む人は それなりに共感してくれたからだろうと思うから
何か いい話ができるかもしれないと考えます。



今年をどんな年にするか

去年が始まるとき「今年は非常に悪いだろうな」と思った。
お客さんの買い方を見ていても 世の中の情勢というか話を聞いていても
「売れるぞ」と思える要因が全く感じられなかった。
結局 終わってみれば 予想は当たった。
全くの低調で、業者に聞いても ちょっと知り合いのケーキ屋さんに聞いても
いい話は全く聞かなかった。
大体日本全体が悪いのだから 自分だけ売れるというのは考えられない。

政治が変わって 最大の問題は 原発問題や東北復興の話は二の次、三の次で
デフレ脱却と景気対策が課題となっている。
自分だけを見ていると 「売れない、売れない」と自暴自棄になりがちだけど
根本的な問題はそこにあるのだから、自分だけの努力ではどうしようもないところがある。

しかし、そんな中でもやっていかなくてはいけないし 生き残っていかなくてはならない。
じゃあどうするか??

はっきり言って そんな具体的な方法があるわけではない。
(あれば苦労はしないし、誰もがやるだろう)

この一年 どうやって儲けるか?

常々思うことは 商売は釣りと同じ。
魚がウヨウヨいれば 素人だって釣れる
難しい仕掛けや餌を工夫したりする必要はない
ただ 餌の付いた竿をおろせば釣れるだろう。
ところが今はそんな時代ではない。
お客さんを魚に例えては申し訳ないけど
魚であるお客さんは非常に敏感で賢くなり知識もあり、それに警戒している。
そういう魚を釣り上げるにはどうしたら良いか??
色々感じながらいろんな工夫をするしかない。
その方法論は人によって様々だろうが 自分の方法論を編み出すしかない。

逆に考えれば面白い、そういう難しさを”面白い”と思うしかない。
入れ食い状態の釣りは面白くないし 飽きてくる。
釣れない魚をいかに釣るかが 釣りの醍醐味であるように
売れない商売をいかに売るか。
その創意工夫が面白と思うしかない。

だからなんでもやってみるさ。

新年

今年も始まりました、
さあどんな年になるか???
今年は 随分ほったらかしていたこのブログを真面目に書こうかと思っています。
ほったらかしにしているので 毎日アクセスカウントは5にも満たないんですけど
月に2日くらい どこのどなたか??面白がって読んでくださるようで
見に来てくださる人の数は少なくても PVがやたら高い時があります。

うちの奥さんも最近 違うところでの自分のブログをやり始めて
そこから新しい友だちが出来たり 昔の友だちとつながったりと
珍しく 随分はまっています。

奥さんの書く内容は 日常のさりげない内容で 
言っては悪いですが 内容があるような無いような 
軽い文章です。だからか 読者数も増えて カウントも高いようです。
ところが自分の書く文章は 自分が思ったこと 「そうすべきだ!!」みたいなことを書いているから
それに文章が長い、だから読者数も増えないし
ましてや コメントなど返ってこない。
まあそれでいいんですし、 自分の思ったことを憂さ晴らしのような書いているブログですから・・。

ある人に ケーキ屋らしからぬブログ、全然ケーキの話など出てこないと言われていますが
時々ケーキ お菓子の話もしながら 自分の思ったことを書いていきます。

日本人

敦賀原発直下の破砕帯、断層連動か 保安院が原電に追加調査指示 ...

最近このニュースで 福井県の人たちは非常に困惑しているニュースを見た、
自分が暮らしている岐阜県はその敦賀原発と浜岡原発の真ん中に位置しているから
どちらかに事故があれば 人事では済まされない。

でもこのニュースは非常におかしい、
もし去年 東北に大地震が起きなければ、もし福島第1原発にあのような事故が起こらなければ
今でも 別になんの不安も疑問も感じずに考えずに生活しているだろうと思う、
例えは どこかの偉い大学の先生や政治家などが
断層がどうのこうのなんて 一般国民は言われても 事の重大性もわからず
何やら言っているなーくらいにしか感じずに生活しているんだろうと思う、

それに、だいたいあのような事が起きて 今更のように断層を調べたり
事故が起きた時のために ヨウ素剤を備蓄したり、
そういうことは 原発を作る前に 調べたり、
国民に説明するべきで 作ってから40年も過ぎてから
原発が事故を起こせばこういうことになるんだと見てから
「これは大変だ」とばかりに大騒ぎしても遅いわけで
それに 原発は今では日本の社会に必要な物になっている気がする。

だからと言って 自分は原発賛成では決してない。
自分は原発事故が起こる前から 電力会社のCMを見ていて
例えば 使用済み核燃料の後始末は六ケ所村の地中深くに保存しているから大丈夫
みたいなのをやっていたけど、「結局埋めるしかないんだ〜」と思っていたし、
プルサーマル計画の話を聞いても 多分今の人類には無理な計画なんだと思っていた、
だから やろうとした外国は諦めてやめている。
それだけ 核という物を人類が意のままに扱うことは難しいものだと思う、
それに なんといっも 一度暴れだした核はもう人類の手に終えない。
そういう物を わかり顔で扱おうとしている人類は間違っているのだと思う。

しかし、もうすでに知らないうちに 日本は54基あるそうだけど

そう、作られた地元の人には重大なことだけど、自分のように無関心だった人間にとっては
「知らないうちに・・」なのである。
もうそれだけ 日本の社会の中には必要なものとなっている。

今でも官邸前で金曜日になるとデモをやっているのだろうか?
地方の人間には聞こえてこない。
反対している人たちの思いや考え方はようわかるし
自分だって 近くでやっていれば参加するだろうと思うけど、
でも、でもである。
もし 本当に原発がすべてなくなったら
日本の社会はどうなるのだろうか?
今のような 生活はできなくなるような気がする。
好きなときに好きなだけ 電気を使い夏は涼しく、冬は暖かく
数分で食べ物を温め、腐らないように保存し、
自分の仕事を考えたって、水道やガスが一時期的なら止まっても
どうにでもなるけど、電気が1分でも止まったら 焦りまくり 現実非常に困ります。

電気が24時間 当たり前のように来ているから
命を繋げられている人だって たくさんいる。
そういうことを一つ一つ考えれば 電気は文化生活においては
まさしく血液であり生命線と同じで、そういうことを考えてデモに参加しているのだろうかと
聞いてみたい気もしないでもない。

結局 電気は必要なのだから 電気をどう作るか?その方法論が問題になってくるわけで
先に書いたように 54基も日本の社会に入り込んでいるのなら 
今すぐやめるというのは 現実的でもないし だいたい代わるものがない。
だったら 今は上手く原発を使いながら
政府が言っているような曖昧なものではなく、
しっかり期限、時間を決めて それまでには 必ず次のテクノロジーで電気を作り出す
方法へ転換していくというのが 合理的で現実的な気がする

そういうことを言うと 反対している人たちが今 大地震が起きて 原発が壊れたらどうするんだと
言うだろうけど、

先に書いたように もし去年のああいう出来事がなければ 今でも「知らぬが仏」で
何の疑問も持たずに 冷蔵庫を開け、リモコンのスイッチひとつで
テレビを付け、クーラーをつけているのだから
今まで知らなかったんだという理由は通じない、
知らなかった。知ろうとしなかった。無関心、無知だったというのも
日本国民全員の「罪」
それを特定の人だけを攻めても始まらない、
これから エネルギーをどうして行くのか
地球環境も含めて 生活スタイルも含めて 考えていかなくてはいけないこと。

権威

【iPS臨床虚偽】森口氏「証拠出せない」 帰国後、聴取 東大「1件やった」に疑問
この森口という人物 何がしたかったのか わけがわからない。
こんなことをしたら 自分が終わってしまうことなど子供でもわかるだろうに。
多分この人、子供の頃から思い描く理想の自分と、現実の自分のギャップにずっと悩んでいたというか
「こんなはずじゃない、こんな自分じゃない」と思い続けて それがどこかでおかしくなってしまった
ある意味 精神病なのかもしれない。

それにしても 最初自分はフジテレビのワイドショーで小倉さんが話した内容を聞いて
「すごい」と思った。ところがすぐに出てくる話しがおかしくなって
「うそ」ということがすぐに分かった、

でも 最初に飛びついたのは読売新聞らしいけど、まんまとマスコミはこの人に騙されたというか
踊らされたというか、
しっかりこの人物の履歴、経歴とか人となり、仕事の裏付けを確かめもしないで
紹介されている アメリカの有名大学、有名病院、教授たちの名前をみて すっかり騙されたみたい。

これが恐ろしいと自分は思うし、今の日本という国を表しているような話だと思う。

というのも、前にも書いた そこには「権威」というものの前では 人は弱いということの証明のような話

自分には権威といえるものは全くない、
それにいくら権威を振りかざされても その権威がどれだけのものか価値をよく知らないから
「あーそうなんですか?」で終わってしまうだろう。

余分な話だけど、その権威を持っている人がその権威の価値を評価をしてもらえない時の
権威を持った人の怒りは 権威を持っていない人が思う以上に大きいということを
客商売をしていると感じる時がある。

だから権威を持っている人ほど 権威に弱いのだと思う。
この場合だと 自分は日本でトップクラスのマスコミ 天下の読売新聞という権威を持っていて
そこに その上を行く アメリカの有名大学、有名病院、トップクラスの教授の名前という権威が出てきてしまったから
すっかり騙されたという図式のような気がする、

ここに来て 研究費をだまし取ったのではないかという疑いが出てきたので
ひょっとしたら刑事事件になっていくのかもしれないけど、
テレビで記者が森口氏を追求している様子を見ると
自分たちの権威を傷つけたことへの 「怒り」すら感じてしまう。

マスコミ、メディアは 自分たちで自分たちの権威を使って勝手に 幻想のような「権威」を作り 持ちあげるだけ持ち上げ
そして、ある日突然 不必要になると かけたハシゴをとってしまうようなことをする。
それういうことを平気でしておきながら 自分たちの権威を傷つけるような奴が出てくると 
一斉に 死にものぐるいのようにやっつけようとする。

だいたい、今回の話は自分たちの大失敗、大失態なのに
自分たちのような食べ物屋だったら 腐ったものを売ったのと同じだし
車会社や電気製品会社ならリコールの話で
すべて自分たちの自己責任、自己資金で後始末をしなくてはいけない話、
ところが テレビは スポンサー付きの番組の中で自分たちの誤りを正すというより
悪いのは森口と言い訳をして
新聞は 客に買わせる紙面の中で間違いをいう、

森口という人物が一番悪いのだけど マスコミの罪も大きいと思うし
番組や新聞を見て おとなしく納得するのではなくて
どうして こういう報道が出て こういう騒ぎになったのか マスコミの罪もみんなでか考えるべきだと思う、
なぜなら それだけの巨大な「権威」をマスコミ、メディアは持っているということだから。

誕生日ケーキ

今日作ったケーキ
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今日作ったハロウィンケーキ
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かぼちゃ入り
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焼き上がり。

スマホ

昨日ちょっと家電量販店に行って タブレット端末と携帯を見てきた
両方ともほしい気がするが 
両方とも安くはない。
この前 ノートパソコンを買ったばかりだし、
携帯もスマホに変えたい気がするが
外に全く出ない 携帯にろくに電話もかかってこない
かけもしない自分。
壊れていない今の携帯でいいかと思いながら見ていたら
店員のお兄さんが声をかけてきた
ちょっと話を聞いたら 「では今のご利用状況を見てみましょう」というので
見たもらったら
9月で基本使用料の980円と使用料880円
この前 ネットとメールの契約もやめてしまったから本当に最低料金。

それでも自分としては高い気がしてしまうから
スマホなど持てないと理解して帰ってきた。
それにしてもみなさん 聞くと普通に一人一万くらい払っているのをよく聞く
仕事で必要な人はわかるけど
うちでもそうだけど一人一台の時代。
通信費だけでもすごい金額になる。
今の時代はそれが普通だから 便利な世の中というのはお金がかかる。
それに振り回されて、「お金がない、お金がない」と言っている気もしないでもない。

お金

うちの奥さんが行っている英語教室の先生は25歳のアメリカ人女性、
聞くと多額の学資ローンを抱えているとか、
この前テレビを見
ていたら28歳のアメリカ人男性は1200万の学資ローンを返しているとか、
だから結婚も家も夢のまた夢だと嘆いていた。
よく知
らないけど今そう言う人がアメリカには多いらしい、
日本でも奨学
金を借りて大学に行く人は多いらしいし、
就学援助も最多だと昨日
の新聞に載っていた、
昨日野田政権は新閣僚を発表していたけど、
日本の政治は虚しい。
それに金持ちは自分が想像を絶する金持ちで

貧乏人は想像する以上に貧乏で、
たぶん子供のころから貧乏で若
いころから借金を抱えると一生はずっとお金に困る人生になる気がする。
だから今20代の自殺者も多いらしい。
よっぽどの才能がな
い限り脱却はできない気もする。
中国の暴動もそんなことが背景の
様な気がするし、
世界中が今富める人貧しい人がハッキリしてきて
いて、
富める人たちが世界を動かしているからますますひどくなる

富める人はますます金持ちになる。
どうすれば暮らしやすい、自
分の人生を自分らしく生きられる世の中になれるんだろう?
これが
もっともっとひどくなると 世界大戦が始まる気もしてしまう。
れは発想が飛躍しすぎか。

勉強会

4か月前から 地元農協と「地元野菜を使ってスイーツを作る」という勉強会をやっている、
初回は ナスとトマトを使ったお菓子。
ナスもトマトもジャムにしてみた。
ジャムにすると 濃縮されるから そのままで食べてもいいのだけれど
ケーキには使いやすくなる。
つまりペーストと考えれば ムースでも焼き菓子でもできるのではないかという発想。
「トマトのケーキ」はたぶんどなたも なんとなくイメージできるかもしれないけれど
「ナスのケーキ」は引くと思う。
だからナスは焼き菓子にしてみた、
少しチョコも入れた見たら あまり違和感のない焼き菓子ができた、
もともとナスに特徴的な味があるわけではないので「これがナスのお菓子?」と言われば
その通りで、「入っています」というものでした。

次は「豆乳とおからのお菓子」がテーマで
あるこだわり豆腐を作っておられる お豆腐屋さんに地元大豆で作った
豆乳とおからを分けてもらって、やはりそれも焼き菓子にしてみた
これも違和感なく 美味しくできたと思うし、
計算はしていないけど 普通の焼き菓子よりヘルシーにできているのではないかと思う。
本格的に売るとしたら そのあたりがセールスポイントになる気がする。

明日も第4回の勉強会がある。
今回は里芋と栗。
栗は何とでもなるけど 里芋
ちょっとイベントに使ってもらえるそうだから ぜひ何か考えなくてはならない。
里芋のスイーツなんかイメージわきますかね?

写真は豆乳とおからのフィナンシェ。味は三種類 バニラ、緑茶、メープル
先日農協の方々に200個ほど売ってもらいました。
その感想が明日 聞けるようです。

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「巨人軍は永遠に不滅です。」

と言ったのは 昭和49年 自分が中学2年とき 巨人の長嶋選手が引退セレモニーの時
言ったセリフですが、しばらくはこのセリフは何かにつけて出てきて
その時代もあったのかどうかは知りませんが
今なら流行語大賞になりそうなほど流行った記憶があります。
今までこのセリフは 別に何とも思わず 長嶋選手は「巨人軍は永遠であれ」とおもって
言ったことでしょうが、
最近このセリフをよく思い出すことがある。(ちなみに自分はドラゴンズフャンなんですけど)

巨人軍は不滅、永遠であれと言うのは 裏を返せば「巨人軍その物は不滅で永遠であれ」
と言うことで、その時々の選手や関係者は、巨人が不滅であるためのコマというか
必要な人は必要だけど 必要でない人は必要でないし、
選手一人一人の「個」というのは あまり意味がないというか 巨人にとっては関係のないこと
すべての人間、事柄は 「巨人軍が不滅で永遠であるため」が最優先で重要なこと。
と言う意味。
だから いくら有能な選手で人気があって それまで巨人のために尽くした選手であっても
巨人が不滅であるために働けなくなった選手は不必要。

プロ野球ですし、勝負事ですから、能力が無い、無くなった選手は辞めるしかないのは
当たり前のことで、その後その選手がどういう人生を送り、どうなるかは
もう巨人にとっては関係なくなります。(契約社会なのだから当たり前のことです)

では この巨人軍を「日本国」に変えて、選手、関係者を「国民」に置き換えたら
「日本国は永遠に不滅です」
「日本国が永遠で不滅あるためなら その時々の国民が泣こうが叫ぼうが そんなことは関係ない」
となったら・・・。
まさしく 今の日本です。
福島原発がああ言うことになって 多くの人が避難生活を送り
生活に困り 将来に不安を感じていようとも
日本国のためなら 原発は再稼働する。

いくら危ない飛行機が アメリカから来て 国民が危険を感じようとも
日本国はアメリカとの関係が必要なのだから 
国民の不安より アメリカが言うことが 日本国の不滅のために必要。
沖縄の問題も同じ。

消費税の問題だって、本当はいじめ問題など 国にとってはどうでもいいことで
政治家の目は 国民の目など見ていない。
今 このときに どんなに困っていようが 苦しんでいようが 
見ている先が違うのだから 何もしてはくれない。
だから 自殺者の数は一向に減らないのはその証拠

政治がしてきたことすべてを
「日本国は不滅であること」「それが政治の最重要なことで 目的です」
という言葉に当てはめると すべてが当てはまる気がします。

そう考えてしまうと すべてがむなしくなりますが
「国にとっての国民」「国民にとっての国」
「国があるから国民がいるのか?」「国民がいるから国があるのか?」

原発問題も含めて、将来の日本、100年後の日本をどう作るかを
もう一度、全国民で考え直すときかもしれません。
昨日のニュースで 2030年には労働力が随分減るそうです。
自分は70になっています。
その時日本はどっちの方向を見ながら歩いているのでしょう?
今は「グローバル社会」と言われるけど
世界中でもう いっぱい、いっぱいの所に来ているようです。
経済問題、環境問題も含めて もう一度
「日本は永遠に不滅のために」「世界が永遠に不滅のために」「地球が永遠に不滅のために」
地球人全員で考えるべき時だと思うんだけど

そんなこと 無理か!!

自分の極論を言えば
自分は「滅亡説」って 嫌いじゃない、結構そうなるのならそうなればいいのにと思う。

後30年もすれば 今日本や世界を動かしている人達 多分自分もいない。
その後 日本が、世界がどうなろうともう関係ない。
まあ 人類の歴史という物は そうやって面々と流れてきたんだ。



最悪

<大津・中2自殺>校長「けんかと思った」 いじめ認識否定

問題が起こったときの対処の仕方としては もっとも最悪なやり方、状態。
この場合、上に立つ人間が起こっている問題に対しての問題意識、
危機意識が全く欠けていると言うのも最悪。
もし、どこかで本当は問題意識があったにもかかわらず、
その問題に対して正面から受け止めず、目をそらし 先送りにしていたら?
学校の場合なら いじめをした側 された側は 時間がたてばいなくなると言う事で
問題を見て見ぬふりをしていたとしたら 
「どうせ時間がたてばいなくなる そうなれば問題そのものもなくなる」と高をくくっていたら
これまた最悪
そういう 事なかれ主義というのか 問題の解決能力が欠けている人が上に立つと 
その組織はこうなるという最悪の状態 の典型を見るよう。

違う意味で組織を守ろうという意識、気持ちが強すぎて
一見小さな問題が実は大きな問題であるということが解らなくなっているという事かもしれない。

これは 今の日本に蔓延している致命的が病気のよう。

東電の原発事故を見ていても、その後の幹部の人たちの説明、態度などにも感じるし
政治にも感じる。

日本人って いつからみんなこんなに卑怯者になったのだろう?
問題が起こっても責任をとらない。
というか、責任者、責任の所在が解らない。
ひょっとしたら、解っているのに 外からは解らないように、解りにくいように形作られている?

たとえば自分たちのような飲食店が問題を起こすと、
問題を起こしたのが自分の仕事ではなく従業員であっても当然責任者である店主なり社長が
責任を負う。そして 自分の印象としては 今の時代は特に強く責められる気がする。
もちろん不良品を売って ましてやお客さんの健康を害したのだから 責められても当然、
責任を負うのも当然なんだけど、「そこまで言われてしまう?」と思う場面も時々見かける。
自分が飲食店をやっているからそう見えてしまうのかもしないけど、
だったら、東電なんか もっと 国民全員から責められてもいい気がするけど
東電の見かけ上は ただトップの人が変わったくらいで
事故当時のトップは本当の意味で責任を負うこともなく 
今はまた違うところに再就職したようだし、

今回の会見をしている 教育長だって校長先生だって 別に何らかの責任を負わされるわけではないだろう。
辞めたところで 彼らにとっては別になにも変わらないだろう、
ただそういうことが自分の時にあったということで終わってしまう。

自分の店は自分が主催者です。
だから 何かがあれば主催者である自分が責任を負う。
ところが、東電も、学校も、役所も政治も やっているのは”長”と付く人たちが管理、運営をしているんだけど
決して 彼らは ”主催者”ではない。
たまたま そのとき そういう立場に立っただけだから、
そういう 組織って 仕組みとして 責任の所在とか 責任を曖昧にする
仕組みとしてあるのかもしれない。
もし 本当に責任を求められたら やる人がいなくなるから
そういうことになっているのかもしれない。
そう考えると なんか すべてが理解できる気がする。

ランチ

最近 休みになるとちょくちょく 近場の店へランチを食べに行くんですけど、
金額的には 1000円前後 
混んでいる店もあるし、そうでもなさそうな店もある。
食べに行って感じるのは みんな大抵サービスが良い。
つまり内容が良い、そして 女性が多い と言うか女性しかいない。
奥さんと行くから入れるけど 自分一人なら入れない。
以前、スキヤに入ったら 逆に仕事中らしき男の人しかいなかった。
スキヤだから500円前後をみんなさん かき込むように食べてすぐに出ていく。

男の人、女の人と言うわけではない。
女の人だって タマのタマに 友達同士でランチをしているのかもしれない
普段の昼ご飯は 男の人以上に粗食なのかもしれない。
人それぞれだろうけど、なかなか毎日1000円のランチを食べ歩くというのは無いだろうと思う。
まあ 主婦の人たちからしたら、 タマのプチ プチ贅沢なのかもしれない。

そしてお店側は そんなタマの主婦の贅沢を いかに自分の店に来てもらうか
地元の情報冊子に 広告をしてみたり、
なるだけ 好印象を持ってもらうために 対応がどこに行っても良い、
それに 先に書いたように 内容が良い、そして美味しい。
「この内容で1000円」と思うと
商売人はすぐ計算してしまう。
席数がこれだけあって、今この時間でこれだけ入っていれば ×1000円。
自分達が来る前と 帰った後の時間で来るお客さんの数を 想像で計算すると
大体 店の昼の売り上げはこれくらい。
20坪くらいの店なら 多分2万行くか行かないか だろうか?
料理の原価は ハッキリとは解らないけど、
でも1000円は1000円だから その中の純利益なんか数百円
その中で アルバイトでも 人を使っていれば 経費がかさむ。

皆さん 涙ぐましい努力をしている、ザッと計算しても 儲からない商売をしている。
それでいて、夜 何かの用事で 行った店の前を通ると 車が止まっていない。
昼はあれだけ混んでいた店も 平日の夜では 車が止まっていない。
まあ 一瞬その前を通るだけだから 夜の売り上げがどのくらいあるかなど
全くの想像だけど、
夜になれば 当然夜メニューになるから 昼のような値段ではない。
なかなか 千客万来というのは難しい。

そういっている自分の商売だって 同じような物。
今日のような 朝から嵐のような雨が降っていて 木曜日 

サラリーマンの人たちも この数年で給料が下がったと言っているし
十数年前の サラリーマンの年収の話をするときの平均は450万とか
ちょっと優秀な人だと500万とかと言っていた気がする、
そんな中で600万、700万あると結構楽だという話があったけど、
今のサンプルで出てくる話は400万とか中には400万ない話も出てくる
それに 家族持ちでありながら 生活保護を受けていて 
奥さんのアルバイト収入と合わせて 月20万でやっているという人の話も聞く。
それが まれな人ではないらしい。

そういう世の中なんですよね、今のこの世の中は。
それでも 消費税を上げるという政治。

自分的には 「原発再稼働反対」のデモも大切だけど
目先のことを言えば、「消費税反対」の方が大きい気がするんです。

あらゆる物を買えば 1割の税金が乗っかってくるって
他の国ではもっと高いところがあるという人がいるけど 社会システムが違うから
それとこれを同じに言うのはおかしいと思う、

考えてみて
うちの子はすでに消費税が始まってから生まれた。
うちの子の為に 買ったあらゆる物、
食べ物、衣服 おもちゃ、教育費、すべての物に対して 消費税を払ってきた
それをすべて計算出来るとしたら 「子供一人を育てる」と言う事で
それに合わせて出してきた税金っていくらなんだろう?
 最初は3%が5%となり
10%になる頃には 子育ては一応終わるけど、
これからの人は 子供を育て上げるのに 10%の税金がかかるというのはおかしくないですか?
子供一人を育て上げるのに 総額 2千万とか3千万とかかかると聞きますけど
その1割が税金。
そういうふうに考えるのはおかしいですかね。

収入も減っている 景気も悪い、デフレの世の中。
商売人は涙ぐましい努力をして、サラリーマンはいかにお金を使わないように努力し、
そん中でも 消費税を上げるというのは あまりにも・・の話のような気がする。

何でランチの話から 消費税の話になったのか?
でも すべてが連動しているから、
消費税が上がると言うのが 国会で一応決まったときから
また一段と お客さんの買い方が 小さくなった気がする。
そりゃそうだ。
これから 大増税時代。
10年後の日本はどうなっているんだろう??
まだ 店をやっていられるだろうか??
ランチに行った 店 店も やっているだろうか?
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