洋菓子店ラ・パニエ お菓子日記

ラ・パニエの仕事、新作ケーキ ケーキ屋の裏話など・・。

入院して初めての食事

やっと食事が再開。 ひとくち食べたら胃腸がビックリしたのか 逆流してきた。 その後は、下の写真くらい食べられた。 それにしても不味すぎる。黄色い器は不味すぎて野菜を1本食べただけで諦めた。 お粥も不味い。海苔の佃にと、ソボロで味を付けないと、とてもじゃない。 P_20170822_075647image

病気日記

朝血液検査をした。結果は良好な方向へ行っているらしい。
熱も少し下がった気がする。それでも平熱には程遠い。
人工肛門だから感じないが、チョ〜下痢の様だ。 

金正恩さんの髪型

テレビを見ていると、この人の髪型に対していろんなことを言うけど、
私は前々からハッと思いました 。この人の顔立ち髪型、
サザエさんのタラちゃんソックリ(タラちゃんファンの人ごめんなさい)
日本のタラちゃんは、好青年、好人物、真面目な人生でしょうが、
あの国に生まれた彼は、無慈悲で悪役非道に育ちました。

病気の事ばかりより、たまには。
こんなこと書くと命狙われますかね?
見逃してね! 

カミングアウト

今まで自分の病気をハッキリ書きませんでしたが、
私の病気は「大腸憩室穿孔」です。
大腸を15cmほど切除して縫い合わせ、おへその左側に人工肛門になりました。
これと半年程のお付き合いです。
やっぱり熱が下がらない。さっきは解熱剤をもらって飲みました。
これが効き始めるのが約1時間後。
熱が下がって身体が動く様になったら、排泄です。

人工肛門と聞いて ドン引きの人いるでしょうね。
でもいつ何時 自分がそうなるか?誰にもわかりません。
医者から「あなたはガンです」と言われるよりは、
何百倍、何千倍、何万倍ラッキーです。
病気とはそう言うものです。

 

今日は

今日は、やはり熱が下がらず解熱剤で下げる形。クスリを飲めば割とすぐ効く。
手術前以来初めてシャワーを浴びて良いと言う許可が出て、点滴部分などを保護して入った。
ヒゲを剃る頭を洗うのは5日ぶり。最初気持ち良過ぎてお湯を浴び過ぎたらのぼせた。
その後ベットで寝てると急に点滴が漏れて、看護師さんを呼んだら完全に抜けていた。
何もしてないのに。自分は血管が細いらしく、なかなか入らない。
入れ直すたびに2回から5回もやられたことがある。
さっきは1回で済んだ。

今空腹感を感じる。3日ほど前に感じていた気持ち悪さは無くなった気がする。
これで熱が上がらなくなって、食事が再開できる様になれば退院は近いかもしれない。

傷口はグロい。それにお腹の中の悪い水を出すために管が入っている。
最初はそれが2個あって、先に小さなタンクが付いていたが、それに血が混ざった液体が溜まってくる。
それが汚いと大変らしいが、幸いキレイで1個を外してもらえて、今は管だけになってガーゼで受ける形になっている。

熱に苦しむ

14日月曜にレントゲン検査と、それまで腕からの点滴だったのを、右肩横に点滴管を入れてそれまでとは違う高カロリー点滴になって、
この時は傷口が非常に痛くて、歩く努力はするけど 腰の曲がったお爺さんの様な歩き方しかできなかった。
15日も傷口が痛くて歩くのは苦労したが、ベットで寝てるぶんには痛くなかった。
16日から熱に苦しんでいる。39度から40度の間を行ったり来たりして、解熱剤の点滴をしてもらうと一時的に下がるけど
それもそれ程効かず、熱が上がると何かする気力がわかない。
自分が思うに、この高カロリー点滴と右肩横に移したのが悪影響で、熱もだけど気持ち悪さも増した気がする。
一昨日17日、主治医も熱の原因がわからず、結局抜いてもらってまた腕からの点滴になった。
その時の検査で鼻から胃へ管を入れられ造影剤を入れられ、途中で詰まっていないか?漏れていないかのレントゲン検査があり
その結果は良好だった。傷の痛みも15日が最高で、翌日からは普通に立って歩ける様なったし、日に日に痛みは薄れていく。
この熱さえ消えれば随分快方に向かっている気がする。
今は解熱剤のお陰か?さっき測ったら36.7度だった。だから歩けたしお腹が空いた気がする。

あれから

レントゲンを撮ってもらって、どうやら胃に液体が溜まっていて、それがムカムカ、気持ち悪さに繋がっているようで
食事はまだ再開されない。食事が出来ないことで、腕からの点滴が右肩横の胸に移されて、今までより高カロリーの
点滴に変わったようだ。足の痺れは背中の麻酔の針を抜いてもらったら、しばらくしたら収まって、
足の痺れは、ちょっと焦った。
しかし、麻酔が無くなれば、手術の傷口が痛い。
歩けと言われて歩くけど、傷口が なんとも言えない痛み。
頭の痛みは無くなった。あれも麻酔のためだったかもしれない。
一つ痛みが消えると、違うところが痛む。
昨日の夜も、気持ち悪さで吐いて 薬を打ってもらった。
今も、喉元に違和感がある。

今日は尿の管を抜いてもらう。手術2日目に抜いてもらったけど、
なぜか尿意が無く再度入れられて、今回は多分大丈夫だと思う。

昨日主治医の先生と雑談を時間があって、
自分の手術の話がメインだけど、いかに大変な手術だったかを話されて
一時めげたと言っていた。それ程酷い病状だったけど、
自分の身体はメタボといえば言えるけど、「デブ、太っている」と言う身体ではない。
入院前は174cm、71kgだったと思う。
それが、入院して3週間 絶食だったので 手術前は62.5kgになっていて、
腹回りも本当にスッキリして、手術自体は 太っている人に比べればラクとは言えないが
邪魔する脂肪が少なかったようだ。
結局自分の病気は内臓脂肪が悪さをしたようで、
だから先生に、自分のような身体でも内臓脂肪が悪さをするなら
最近の日本人はメタボの人は非常に多いし、クマさんのようなムーミンの様な
身体の人は多い。そんな人がもし何らかの内臓の手術をすることになったら、
手術をする医者としては、やりたくない身体だそうで、
お腹を切って腹膜(?)に至るまでに、切っていかなくてはならないし
その間も手は脂だらけで、手はベチョベチョになるし、
そこから、脂肪の付いた内臓を引っ張り出すのも重たいし、脂で滑るし、
医者からしての作業も大変だけど、術後の本人はもっと大変。
癒着し易いし、傷口も塞がりにくいし化膿もし易い。
内臓の病気を一生しなくて済めば良いのだけど、死因にはいろんなのがあるから
一概には言えないけど、やはり内臓の病気で亡くなる人は多いと思う。
その時のためにも、日本には美味しいものは山の様にあるし、
テレビを観ていれば、美味しいそうな食べ物、お店も山の様に出てくるけど、
食べたいのは人情だけど、ムーミンの様な身体になると本当に大変な様だ。
タレントのマツコの様な身体の人のお腹、内臓はどうなっているんだろうかと
病気になってすごく思う様になった。
もし、それほどでも無い内臓の病気になって、それでも手術しなくてはいけなくなったら
病気自体では無く、術後に出てくる悪いことで生命に関わるかもしれない。

今回手術を受けて、テレビドラマで天才外科医が出て来て、難しい手術をやり抜くと言う
話は出てくるけど、確かに外科医の腕、技量は受ける側としては大切だけど、
手術が終わってから、どう患者を回復させるか。
それは、看護師さんを含めて病院全体が治療してくれるか?が患者にとっては
大切だし、患者自身も早く治りたいと努力する気持ちが大切だと思った。

手術してから5日目

手術したのが10日、昼1時から。

手術は初め3時間半から4時間と聞いていたが、結局5時間かかったらしい。
本人は寝ているからわからないけど、気がついたら病室で
その夜は、傷口は麻酔でそれ程痛くはなかったが、
やはりそれ程寝られるはずもなく、夜中に胃液のようなものを吐いた。
鼻から胃に管が入っていて、そこから看護師さんが、胃の中のものを出してくれて
吐き気どめの薬で少しは楽になった。

2日目は、幾分楽だったけど相変わらず胃がムカムカして管が入っているから
話もしずらく、喉も痛かった。
静かに寝ていても時間は過ぎないしで、ネットで寅さん映画を観て
こういう時の寅さんは良かった。
癒着が怖いし、体力低下を防ぐため歩けと言われて、病院内は1週で100mくらいを2週した。
夜は結構寝れて、3時間おきくらいに起きるんだけど、群馬の友達のパン屋に買いに行ったり、
業者とケンカしている夢や、点滴車を持ちながら身軽に歩き回っている夢を見た。

3日目、朝からやはりムカムカして気持ちが悪くて、立ち上がると頭がいたい。
それを我慢して朝と夕方、2週ずつ歩いた。
昼から母と弟が見舞いに来てくれて、80を過ぎた母にこんな心配をかけて
本当に申し訳なく思う。「治して乗り越えるしかないから頑張れ」と励まされた。
夜はあまり寝られず、ラジオを聴きながらウツラウツラするような睡眠
この日は一日中気持ちが悪くて、夜9時過ぎに何回か吐いた。
出てくるものは、胃液のような群青色の液体で、酸っぱくて口中が不味くなる。
看護師さんに吐き気どめの薬を打ってもらって、少ししたら楽になって、
それで少し眠ることができた。

本日4日目は、頭痛は少し和らいだが、ムカムカしているのは取れない。
朝一で、病院内を2週したが、この時は足が痺れていて 人の足のようで、
その後主治医が来て、様子を聞いて レントゲンを撮るよう言われ、
行きは自分の足で行けたけど、みるみる足が痺れて、帰りは車イスに
立っていられなかった。
その後病室で、身体を拭いてもらってから病院服を着替える時
右足が全く痺れてしまって動かなくなって、
先生が来てくれて、背中に入れてあった麻酔の針を抜いてもらった。
どうやらズレたようで、今少しずつ戻って来た。

まだ管だ点滴を含めて4本入っている。
食事もまだ食べたい気分にはならないし、
まだまだ先は長そうだ。

入院してからの体重

入院してから3週間。全く食べ物を食べていない。今口にするのは、お茶と薬。
ハッキリしていないが、多分入院前は71kgはあったと思うが、だからメタボリック状態で、いくら食べることを控えても、腹周りの脂肪は無くならなかった。が この3週間ですっかりなくなってしまった。昨日測ったら62.5kg
になっていた。自分は分からないが、顔の肉もなくなったようで、ほっぺたの肉も無くなったようだ。
究極ダイエットのようだが、看護婦さんに言わせると、病気が治ってふつうに食事ができるようになったら、すぐに戻るらしい。
退院してふつうに戻ったら、どれだけこの体重近くを維持できるか、挑戦しようと思っている。

入院して18日目

入院して18日。来週手術をする事になった。
自分の父親も病気は違うが、同じ年齢で内蔵の手術をする事になるなんて、自分は絶対ないと思っていたが、こんなことになるとは。
入院していて、落ち込んでも仕方がないし、不安はないと言えば嘘になるが、医者に任せるしかない。

入院

7月16日の朝から、少しずつお腹が痛くなり、下痢になって、痛みは酷くなり、夕方休日診療してもらって、翌日も症状は変わらず、1日寝ていて、火曜日 病気に連れて行ってもらって、診察してもらって、血液検査の結果、即入院。それから11日間 栄養剤と抗生剤で、水は飲めるけど完全絶食。
その間も下痢は続き大変で、いまも良くなっているのはわかるけど微妙な感じ。
もう少し時間が掛かりそうだ。
時代が時代なら、完全に死んでいた病気。
「人生50年」と言われた時代なら、そのままでした。

岩手県大槌町に行ってきた。

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経済動向調査

昨日 商工会から「経済動向調査」という依頼があって答えました。
要するに、うちの経営状態はどうですか?と言うもので、決算書とかを見せるものではなく、自分の主観で答えるものでした。こんな依頼が来るのは初めてで、ショボショボ商売のうちが答えて、それが調査結果に反映されて良いのか?と思いながら、ましてやこの季節、良い答えが出来るわけもなく。というか、もう季節関係なくこの先もずっと良い話なのど出来るはずもなく、悪くなっても良くなることは無いと思っている自分。
そこで、ネットでこの「経済動向調査」と言うのを調べてみると、各地の商工会が それぞれでやっているんですね。
最近ラジオの経済コーナーを聴いていると、いろんな調査があって、GDP速報値とか、家計消費指数とか、機械受注統計調査とか消費動向調査 他にもいろんな調査があるみたいですけど、こういう調査って昔からあったんでしょうかね??
頭が悪いから そういうのを見に行っても、なかなかそれがどういうことなのかよくわからないんだけど、多分どこを見に行っても、日本経済は良くないと思うんだけど、
それにラジオを聴いていても 良い話など全然聞こえてこないんだけど、でもなんか FBで見るケーキ屋さんは 景気良さそうな感じがするから、悪いのはうちだけかな??と思ってみたり。聞きに来た商工会の人に 違う話もいっぱいしちゃいました。やっぱりね、可児市全体、住んでいる人全員がよくならないと、我々の商売に反映してこないから、そのためには・・・みたいな話。そんな話になると、やっぱり最終的には日本経済が良くならないと・・。の話になって、このデフレ感を何とかしないと・・・みたいな話になると、堂々巡りの話になります。

「でっ!結局何にが言いたいの?」

「でっ!結局何にが言いたいの?」と思ってください。
病院に行くと、若い人はほとんどいなくてお年寄り。リハビリなんか特にそうで、
車いすに乗った奥さんを杖を突いたご主人が押している。
それで奥さんをベンチ横に置いて、ご自分もベンチに座って、順番を待っている。
他に車いすに乗って、ほとんど反応のないご主人を奥さんが世話をしながら、
リハビリの先生がやってくれているリハビリの横についている。
そんなの人たちを見ていると、つくづく「切ないな」と思うし、
「人って なんて健気なんだろう」と思う。

読み方で 誤解を受けるかもしれないけど、
そういう人たちを見ていると、見た目は決して美しくはない、
「老い」「病気」で、例えるなら あんなに美しく咲いていたバラが、
その美しさの盛りが過ぎて、しおれだして、花びらに茶色い斑点が浮き出し始めたような、
どちらかと言えば汚くなりつつあるような。
でも、その人たちだって 当然 バラの盛りの時代はあったわけで、
それが時間の経過の中で 枯れかけている。散り始めている。
そんな 人間のはかなさ、時間の残酷さ。

昨日 小林麻央さんが亡くなられたというニュースを聞いて、
自分は 彼女のファンでもないし、彼女の人生には全く興味はなかったけど
病気だということで、ブログが沢山の人に読まれ、同じようなご病気の人たちの励みになっている
と言いうのは聞いていたけど、
冷たい言い方だけど、進行具合が時折 ネットに出てきて、「それ程遠くない時間で亡くなるんだろうな」と
思ったし、誰もがそう思っていたんだと思う。
だから、亡くなったという話を聞いても 来るべき時が来たということなんだけど、
あんなに元気そうで、明るくて、歌舞伎役者の人と結婚されて、子供にも恵まれて
いわゆる「人も羨むような人生」だったはずなのに、病気になって 見る見るうちに
ここでもあえて「汚い」と言う表現にするけど、あんなに美人だった人を 病気が見た目を汚くさせる、
癌、病気とはそういうもので、若くて、元気で ハツラツとした、生命力がみなぎっている人は、
容姿に関係なく美しいけど、やはり 病気、老いは それを枯れさせる。
そういう事も切ない。

昨日近くに用事があって、辞めたケーキ屋さんがあった店舗を見たら、当然「貸物件」の看板が立っていた。
その「貸物件」という看板を見たとき、やっぱり切なくなった。
先月まで 知っている人がやっていたお店は 今はもう もぬけの殻で、シャッターが下りて その前に「貸店舗」
街に出ると、普通に「貸店舗」と言う看板をよく見るけど、普段はそれを見ても 
前にどんなお店があったんだろう?と思う程度なんだけど、
その店の後を見ると、やっていたころのお店が頭の中で蘇って、
子供のころ、公園か広場で 近所の友達と散々遊んで、夕方になって家に帰ったら 忘れ物があるのに気が付いて
また、その暗くなり始めて 誰もいなくなった公園か広場に一人で戻ったら、さっきまであんなに楽しかった広場が、さっきまで見えていた公園とは 全く違う公園に見えて、切なくなった、寂しくなった やるせない気持ちになったことを思い出す。

人間の老いとか病気とか、死を見ると、生き物である以上 当たり前のことなんだけど、
切ない。
人間は なんだかんだと言いながら ブーブー言いながらでも、不平不満を言いながらでも
やっているとき、やれているときが 一番幸せ。
いずれは出来なくらるんだから。

生と死。ほんのさっきまで生きていたけど、その境を超えた瞬間 死。
さっきまで、生きる活動をしていた生命が その境を超えたら すべての活動をしなくなる。


閉店

ここ5年くらいで親しくなった隣町のケーキ屋さんが、今日で閉店されます。前々から ご両親のこともあるので、九州のご実家に帰るとはおっしゃってましたが、イイ感じの間柄で、お互い切らしてしまった材料をかりっこしたり、ロットの多い包材なんかを半分こにしたり、お互いの状況を話して納得しあったり、なかなかそういう同業の友達が近くにはいないので、閉店は残念でなりません。年齢的には 自分より5つくらい下なんですけど、素材を活かした よく考えたお菓子作りをする人で、旬のフルーツやご実家から送られてくる栗やベリー類を加工してお菓子にしたり、今どきのケーキ屋さんのように派手さはないけど、リーズナブルな値段設定で、可児市の人には とても良いケーキ屋さんだったと思うんですけど。そこの店がいかに良い店だったのかは、なかなか分かってもらえないでしょうが、うちでもそうですが、クリスマス前の喫茶で座ったお客さんが帰り際に、「うちもクリスマスケーキ頼まなきゃ。シャトレーゼで」と言って行ったその感覚。あれを聞くと、あ〜もう我々のような個人のケーキ屋(食べ物屋)は無くなるな。と思いました。
考えてみると、ケーキ屋もそうですが 食堂、肉屋、魚屋、八百屋、駄菓子屋、乾物屋、おもちゃ屋、衣料品屋・・・金物屋はホームセンターにやられました、名古屋圏は喫茶店がものすごく多くて、個人店も多いですが、喫茶業界も、コメダ、スタバなどのチェーン店が 個人店をなぎ倒しています。業種、業態そのものはなくなっていません、でも自分たち子供のころは専門の個人のお店で売っていたのが、全部資本のある全国展開っしている会社に飲み込まれていきました。その大手ですら 生き残りをかけて戦争してます。そんな状況の中で 当然後継者はいません。個人のお店は 業種関係なく それぞれの事情はあるでしょうが、自然消滅していくんでしょうね。

いじめ自殺

いじめ自殺と言うのが後を絶たない話で、この可児市にも 尾木ママさんが来て、「いじめは絶対してはだめだ」と 小学校、中学校を回って公演をされていったというのを聞きましたが、確かにいじめなどしてはだめだし、弱い者いじめなど 本当に腹の立つ話ですが、それでいつも思う素朴な疑問で、例えば、大人がある人の悪口を言いふらしたり、あまりにも酷いことを言われたら、名誉棄損で訴えることができますし、ましてや、暴力を振るったら、たとえビンタの一つでもしたら、即警察。では何で学校の中で 同じことが起きているのに それを警察に訴える。もしくは 証拠を揃えて、裁判を起こす。ことをしないのか?そんな 死んでしまいたいほど ひどい目に遭っているのなら、訴えればいいのにと思うんだけど。だから 「いじめはだめです」と言ってないで、もしそのようなめに遭ったら、警察なり、裁判所に訴えてください。って言った方が早い気がするんだけど。
それと これとは 違うのでしょうか?
最近は 過払い金請求の法律事務所の宣伝をよく聞くけど、昔ほど 法律事務所とか弁護士さんとかが、特別な話ではなくなっている気がするから、「こうこう、こういういじめに遭いました」と言えば、傷害事件として事件にしてくれるんじゃないかと思うんですけど、違うのかな〜?
それに、今は学校なんか 変えられるし、絶対行かなくてはいけないものでもないし。
死んでしまうのなら、幾らでも方法はあるとおもんだけど、
そのあたりの 逃げ道と言う言い方ではなくて、問題を回避する方法をもっと子供たちに教えておければと思うんだけど。学校とか先生とか教育委員会とか そんなのはどうでもよくて、なんなんだったら 学校 先生も含めて訴えることも出来る気がするんだけど。死なれてから訴えても遅いと思う。

卵の話

卵の話ですけど、少し前に卵を中沢乳業が出している液卵に変えました。卵の話をし始めるとすごく長い話になるんですけど、ケーキ屋にとって卵は言わずもがなの、主原料中の主原料。その卵を どんなのを使う?と言うことになると、悩みどころで、と言って うちのような田舎にあると 選別できるほど卵屋さんがあるわけではないから、来てくれるところから選別するんだけど、だから「選ぶ」と言うより、来てくれるところから取るということになって、その卵が 自分のイメージに合えばいいけど、卵屋さんだって商売だし、お客さんの注文にこたえるための卵の数合わせをする。そうなると、ありとあらゆるところから いろんな卵が入ってくる。だから新しいのか古いのか?どこの養鶏場で、誰が どんな風に育てた鶏から生まれた卵かなんか 全然わからない。だから割っていても、毎回感じが違う。同じように仕込んでいるつもりでも、なんか焼き上がりが違う時がある。「それは お前の腕が悪いんだ」と言われれば、そうなのかもしれない。
でも 厳密に考えて、主原料が違えば 上りも変わってくるのは当然のような気がする。
話がちょっと違うけど、生クリームのような 調整してあるものでも、時によって、「無茶苦茶 今日の生はうまい」と思う時と「なんで??」と思う時がある。
苺でも 1パックの中で、上手い苺と、そうでもない苺がある。パイナップルやメロンのような大きい果物は、上か下か、手前側か奥側かで味が違う。だから使う時は 果物その物を飾りなどで使う時は おいしい部位を。刻んで他のものと合わせてしまうものは そうでもない部位をと使い分けたりする。
そういう事を考えると、季節や環境やえさなど 諸々の条件で卵の本質が違ってくるのは当たり前だと思って、それを主原料で使うのだから、出来上がってくるお菓子の状態も変わってくる気がするんです。それに 今って卵屋さん自体が変わってきている気がして、「何が?」と言われると解らないんだけど、鶏のエサって ほとんどが輸入品、だから円の価格が如実に値段や、えさの質にも影響している気がする。もっと言えばグローバル社会の弊害。「そんな 大げさな。たかが卵くらいで」と思うでしょうが、卵だけじゃなくて、普通に食べる肉、野菜、魚にも、お米にだって その影響はある。
あと、卵の仕入れ値段もある。
以前、養鶏場の卵を使っていたけど、訳あって取引を止めたんだけど、確かにそこの卵は値段も高かったけど 良い卵でした。いわゆる拘り卵で、品質もある程度均一で、

大統領選の決選投票後に行われた抗議デモ

ちょっと的外れなことかもしれませんが、多分日本人にとって フランスって優雅で文化度が高くて、
歴史、芸術、美術など いわゆる「花の都パリ」ってイメージがあるし、電車に乗って 郊外や地方に行けば
のどかな田園風景が広がり、そんな中の街でも、中世から続く街で、料理店には 星を獲得した名店があって
お客さんは そんなお店で 優雅に食事をして 料理の話や芸術の話をして・・・・みたいな。
BSの外国旅番組で見ると そんなイメージがあります。
が、やっぱり 景気は悪いし、失業率も高いと聞きますし、そんな優雅にお食事なんていうのは
何処でも 一部の人たちだけってことでしょう。
そう思いながら、フランスで何らかのお店をやっている日本人の事を思うんですけど、
ケーキ屋にもそういう人がいて、東京にもお店を出している人がいますが、まあそういう人は
「フランス パリでも有名な日本人パティシエが出しているお店」と言うことで
フランスのお店の経営が大したことなかったとしても、イメージ、広告塔としてのお店で良いんでしょうが、
そんな後ろ盾を持っていない日本人オーナーは、大変でしょうか????
日本人が日本で商売しても大変なのに、外国に行って 外国で商売をする人って
本当に尊敬します。自分には絶対ない選択肢。
先週家族で行ったカレー屋は、全員インド人と書きましたが、家族なのか?
オーナーにしてみれば、家族ならなおさら、その20坪たらずのお店が、
家族全員の糧になるわけですから、年中無休で 夜も11時ごろまでやってました。
商売と言わず、会社もですし、国民の生活も 結局国あってのものですから、
国が揺れれば 国民は右往左往。
難しいことは解りませんけど、国の指導者と言われる人たち、それに携わっている人たち
もうちょっと 目線を落として、国民生活を もっとよく見てほしいです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170508-00000010-jij_afp-int.view-000大統領選の決選投票後に行われた抗議デモ

親愛なるヘレンへ、幸福な結婚とは様々な手の一生の物語であるように思います。
それはまず、相手のキラキラする金の指輪をはめる震える手で始まります。
そして相手の恥ずかしそうな手をそっと握りしめる手。
混雑した街で、あるいは映画館の中で握り合う手。
ふざけて相手のお尻をポンとたたく手、
ウエーブした髪にそっと置く手。
そしてそう度々はないけれど、相手への怒りで握りしめたこぶしの手。
生まれたばかりのちっちゃな手を包み込むうっとりした手。
お腹を空かして待つ人たちのために夕食をこしらえる忙しい手。
落胆している手をそっとたたいて励ます楽観的な手。
相手と喜びも悲しみも分け合う手。
病む手をさする健康な手。
肩に置かれた優しい手。
 ”あなたが必要な時は、いつでもここにいますよ”
 という意味を込めながら・・・・。
悲しみに打ちひしがれた手を支える力強い手。
涙にぬれた手に指をからませる、同じように涙にぬれる手 。
祈りの気持ちを込めてつなぎあう手。
そして最後に、もう動かなくなった手の指から、光の失せた金の指輪をそっと抜き取る
震えた手。 

職人の世界は ブラック

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