洋菓子店ラ・パニエ お菓子日記

ラ・パニエの仕事、新作ケーキ ケーキ屋の裏話など・・。

体重が減る

病気前は71kgくらいあったのが、入院して点滴生活になったら、
日に日に減っていって、看護婦さんに「病気ダイエット」「究極ダイエット」と軽口を言っていたけど、退院した今は、何と58.5とうとう60kgを切ってしまった。ちょっと減りすぎ。
70kgあったときは、確かにメタボ気味でお腹はタプタプしていた。
でもその分 力があった。今は裸になると、まるで復員兵のようにいかにも痩せました。と言う体になってしまったし、それにパワー不足は否めない。
看護婦さんは、「退院して、普通に食事をし始めれば、すぐ元に戻ります」と言っていたけど、
元には戻りたくはないけど、せめて65kgくらいでキープしたい。
体重が減って、良かった事が一つ。
履けなくなった、昔のズボンがすんなりはけるようになってお釣りがくる。

9月10日

今日は熱が出なかった。昨日は夕方まで出なくてそれから37.5度まで上ったので、そこから上がるかなと思って、早めに仕事をやめて寝たら、薬を飲まなくてもそのまま下がっていった。このまま良くなるのか?良くなれば良いな。一昨日の金曜日、隣町に注文してあったストマを取りにいった。1枚990円プラス税。結構高い。身障者手帳が来れば、全額じゃ無いけど優遇される。今月中には来ると思うけど?
その後、熱の原因を近くで評判の良い胃腸専門の個人病院に、自分が入院した病気の資料を全部持って聞きにいったけど、結局そこでも分からないと言われた。多分そう言われるだろうなと思ったし、母親が違うところで聞いてこいと強く言うから行ってきた感が強い。電話で報告したら納得したから、まあそれでよかったと言う事で。

朝NHKの番組で、病気になる1週間前に行った友達の街の特集があった。
友達も写り、友達の店は何度も写っていた。
行ったから、番組で写す場所がどの辺りか良くわかった。 
本当に病気の前に行けて良かった。
考えてみると東北の大震災の事は、友達がたまたまいたから強い気持ちで見るし考えるし、
どこの被災地の事も関心を持って見るけど、今は日本国中いろんなところで大災害があるけど、
それ以外の災害には、関心が無いわけじゃ無いけどそれほどでは無い。だいたい東北震災の事はよくやるけど、それ以外はあまりテレビでも新聞でもやらないから尚更。
だから何も縁もゆかりない人、関係ない人には本当に関係ないのかもしれない。
でも、いつ何時当事者になるかもしれない。
病気も同じ。

 

退院した。

本日、9月6日に退院した。
7月18日に入院したから、ほとんど2か月間。
ただ、熱が出るし 食欲はないし、何を食べても不味い。
いつも書くが この熱さへ上がらなくて平熱なら、
身体は動くし、手術したところは問題なさそうなんだけど。

パウチと言う、便を受ける袋の買い方が面倒くさいし、
まだ身障者手帳が出ていないので、10枚で1万円ほど。
身障者手帳が出ても、市役所での手続きがなかなか面倒。

先生に聞いたら、人工肛門が無くなる手術は3か月後で良いらしいが、
その頃はクリスマスから年末年始、次々にイベントが続くので
入院はしていられないので、4月初旬になりそうだ。
その手術の経過もどうなるか?
まだまだ、先は長い。

とうとう9月になった。

とうとう9月になってしまった。
こんなに長くなるとは思わなかったし、こんなに長く仕事をしなかったのも初めて、
長い人生で考えれば短い時間だけど、今は長く感じている。
相変わらず熱に苦しんでいるけど、なぜか1日おきで薬で押さえて寝ているしかない。
これで退院しても、不安を感じる。

最初に付けられたストマが合わず、直ぐに漏れて大変だった。
そのころはまだ便も水分が多く、だから特に漏れやすかったのかもしれない。
それから、新しいタイプのストマをしてもらったら漏れなくなった。
それまでのより便も捨てやすくなったし、食事になってから便も便らしくなって
すんなり袋の下に落ちていってくれるので良くなった。
人間と言うか動物はまず、正しい、正常な排便排尿が出来ることが健康の第一。

昨日、一昨日と外泊で仕事をしてきた。
帰った日は熱が出て、いくらも仕事にならなかった。
翌日は熱は下がり、一応やりたいことは出来た。
やはり熱のせいもあるだろうが、体力の低下は著しい。
結局この病気、運動不足の感が否めない。帰ったら家の周りでも毎日歩かないといけない。

病院でヒマに任せてテレビを観ていると、人間 どこに、いつ何時不幸の落とし穴にはまるか解らない。先日あった多治見インターのトラック事故で積み荷のプラスチック素材が下の国道にぶちまけられて、たまたま走っていた車の人が亡くなったり怪我をした事故は、自分たちもよく使う国道。
また、高速道路でマイクロバスが故障して路肩に停車中にトラックに突っ込まれて、高校生が亡くなったり怪我をしたり、運転手は前を見ていなかったとか。悲惨なはなし。
水の事故も多かった。ちょっとした人間のミス、不注意、状況判断の悪さがこういう不幸を招くのだが、ミスをするのが人間。注意しているつもりでもミスをするのが人間。自分がこうなってみて生ききるって、たまたまの幸運の連続。がんを告知された人の言葉でよく「何で、自分が?」と言うのを聞くけど、本当は綱の上を歩いているのと同じようなものでラッキーの連続、運が良いだけと感じている。
病気が完治して、どういう死に方をするかわからないけど、それまではラッキーが続いて、急に体の異変が起こって、すぐに死にたいものだ。多分それが大往生な気がする。

8月28日

昨日一昨日と家に帰ってきた。
一昨日は比較的体調が良く、やりたいと思った仕事はだいたい出来たけど
それでもゆっくりゆっくりで、体がスムーズに動かなかった。
昨日は朝一で仕込んでおいたフィナンシェを焼いて、本当は他にもいろいろ
やろうと思っていたけど、1時位から熱が上り始めて結局それしか出来ず
昼からはずっとダウン。予定は5時までの予定を早めに帰ってきた。
病院に帰ってから熱が39度になり一晩ぐったり。
今は薬で落ち着いて、結局熱は薬のお蔭で収まっているようだ。

ここで人工肛門について書く。
自分のは左側のおへその横に付けられた。
腸が高さ5mmくらい周りが3cmくらいお腹から出ている。
自分の腸を自分で触れる。ちょっと襲撃の経験である。
看護師さんに聞くと、自分はこうなったことに対して、
病気だし、受け入れるしかないし、慣れるしかないし
幸い半年もすれば元に戻してもらえるし、長い人生の中でこういう経験も貴重だと思っている。
ところが人によっては全く受け入れる事が出来ず、見るのもいや、触るのもいや
自分で処理するのもいや、便を受け止める袋をパウチというが、自分で貯まったものを
捨てるのもいや、交換もイヤと全く受け止めたれない人がいるとか。
それは男性、女性。男のほうが受け入れない人が多いとか。
今はまだ形が安定していないのか、時々横から漏れる。
漏れると悲惨。着ている物を汚すし、大騒動。
これでは取れるまで遠出はしばらく出来そうにない。
自分はそう思っているが、人によっては遠出もするし温泉に行く人もいるし
安定してしまえば何の問題がないらしい。

8月25日

昨晩確か11時解熱剤を飲んで今朝6時半36.2度。またこれから熱が上がってくるのか?もうそろそろ勘弁してほしい。
相変わらずお腹はあまり空かない。

昨日、3回ほどしかお会いした事がない人だが、fbでつながっていて、その方年齢が54歳くらいで、fbで昨日病院で癌告知された事を書いていた。以前も書いたがやはり病気はある日突然。「だから・・・」と言われればそうだけど、自分がそうなるとうろたえます。

8月24日

朝9時15分から検索。
熱の原因を調べるため。先生の見立てが違ったら、まだ熱に苦しむのか?
昨日も夕方から少しずつ熱が上がり、頭も痛くなり解熱剤を飲んだ。それでも下がらない。
全くしつこい。
今日から普通の食事になった。朝はその検査の為に食事が摂れず、終わってからコッペパン2個と
苺ジャム、マーガリン、ブドウのゼリー、パイナップルのジュースが出て、初めての完食。
量が少なかったから。
12時前に昼食、早すぎる。それでも無理矢理6割程食べた。
味は昨日までのお粥セットよりよっぽどマシで、おかずの味ってナニ?って感じで、
やっつけ仕事?の味でやたら塩っぱかった。口が不味くなっているからかと思ったら、
無い訳では無いけど、やっぱり料理そのもの。作った人に「あんたこれ食べてみろ」と言いたい。
入院してから初めての食事、食い物の恨みはこわい。

食べ始めたら便が水だったのが、それっぽくなってきた。
外出も許される様で、この熱さえ収まれば。

せっかく点滴が外れたと思ったのに、又再開。
抗生剤の為。なかなか相棒から離れられない。

8月23日

熱も38.1度あるけど頭も痛い。そこでロキ
ソニをもらった。点滴をいれ換えてもらった。
今食べると言うことも戦い。
なかなか入っていかないし、あまりの不味さもある。食べることに工夫して少しでも喉を通っていくようにする。[画像:1cc44463.jpg]
今飲んでる薬、他に頭の痛い時ロキソニン
とよくわからないエグい薬、これはシロップに解いてほんの一口だから飲める。
ツムラのは、ムチャクチャ不味いわけではないけど、飲むのに苦労する。飲むこつがいる
[画像:18276362.jpg]

[画像:5f2b75d8.jpg]

[画像:f0e90eae.jpg]
ご飯があまり食べられない。口が不味すぎていくらおいしいものを食べでもって全て不味く感じると思う。
今日で点滴は終わり。やっとこの相棒とお別れ。
明日からご飯がでる。

昼ごはんと夕ご飯

昼ごはんと夕ご飯。熱のせいで食欲もないけどあまりの不味さに食べられない。
贅沢言ってなダメだけどね。全体的に塩っぱい。普通に作ったってああはならないと思うけど。
ちなみに、体重が昨日測ったら61kgになっていた。1ヶ月で10kg減った。
IMG_2448IMG_2452

入院して初めての食事

やっと食事が再開。 ひとくち食べたら胃腸がビックリしたのか 逆流してきた。 その後は、下の写真くらい食べられた。 それにしても不味すぎる。黄色い器は不味すぎて野菜を1本食べただけで諦めた。 お粥も不味い。海苔の佃にと、ソボロで味を付けないと、とてもじゃない。 P_20170822_075647image

病気日記

朝血液検査をした。結果は良好な方向へ行っているらしい。
熱も少し下がった気がする。それでも平熱には程遠い。
人工肛門だから感じないが、チョ〜下痢の様だ。 

金正恩さんの髪型

テレビを見ていると、この人の髪型に対していろんなことを言うけど、
私は前々からハッと思いました 。この人の顔立ち髪型、
サザエさんのタラちゃんソックリ(タラちゃんファンの人ごめんなさい)
日本のタラちゃんは、好青年、好人物、真面目な人生でしょうが、
あの国に生まれた彼は、無慈悲で悪役非道に育ちました。

病気の事ばかりより、たまには。
こんなこと書くと命狙われますかね?
見逃してね! 

カミングアウト

今まで自分の病気をハッキリ書きませんでしたが、
私の病気は「大腸憩室穿孔」です。
大腸を15cmほど切除して縫い合わせ、おへその左側に人工肛門になりました。
これと半年程のお付き合いです。
やっぱり熱が下がらない。さっきは解熱剤をもらって飲みました。
これが効き始めるのが約1時間後。
熱が下がって身体が動く様になったら、排泄です。

人工肛門と聞いて ドン引きの人いるでしょうね。
でもいつ何時 自分がそうなるか?誰にもわかりません。
医者から「あなたはガンです」と言われるよりは、
何百倍、何千倍、何万倍ラッキーです。
病気とはそう言うものです。

 

今日は

今日は、やはり熱が下がらず解熱剤で下げる形。クスリを飲めば割とすぐ効く。
手術前以来初めてシャワーを浴びて良いと言う許可が出て、点滴部分などを保護して入った。
ヒゲを剃る頭を洗うのは5日ぶり。最初気持ち良過ぎてお湯を浴び過ぎたらのぼせた。
その後ベットで寝てると急に点滴が漏れて、看護師さんを呼んだら完全に抜けていた。
何もしてないのに。自分は血管が細いらしく、なかなか入らない。
入れ直すたびに2回から5回もやられたことがある。
さっきは1回で済んだ。

今空腹感を感じる。3日ほど前に感じていた気持ち悪さは無くなった気がする。
これで熱が上がらなくなって、食事が再開できる様になれば退院は近いかもしれない。

傷口はグロい。それにお腹の中の悪い水を出すために管が入っている。
最初はそれが2個あって、先に小さなタンクが付いていたが、それに血が混ざった液体が溜まってくる。
それが汚いと大変らしいが、幸いキレイで1個を外してもらえて、今は管だけになってガーゼで受ける形になっている。

熱に苦しむ

14日月曜にレントゲン検査と、それまで腕からの点滴だったのを、右肩横に点滴管を入れてそれまでとは違う高カロリー点滴になって、
この時は傷口が非常に痛くて、歩く努力はするけど 腰の曲がったお爺さんの様な歩き方しかできなかった。
15日も傷口が痛くて歩くのは苦労したが、ベットで寝てるぶんには痛くなかった。
16日から熱に苦しんでいる。39度から40度の間を行ったり来たりして、解熱剤の点滴をしてもらうと一時的に下がるけど
それもそれ程効かず、熱が上がると何かする気力がわかない。
自分が思うに、この高カロリー点滴と右肩横に移したのが悪影響で、熱もだけど気持ち悪さも増した気がする。
一昨日17日、主治医も熱の原因がわからず、結局抜いてもらってまた腕からの点滴になった。
その時の検査で鼻から胃へ管を入れられ造影剤を入れられ、途中で詰まっていないか?漏れていないかのレントゲン検査があり
その結果は良好だった。傷の痛みも15日が最高で、翌日からは普通に立って歩ける様なったし、日に日に痛みは薄れていく。
この熱さえ消えれば随分快方に向かっている気がする。
今は解熱剤のお陰か?さっき測ったら36.7度だった。だから歩けたしお腹が空いた気がする。

あれから

レントゲンを撮ってもらって、どうやら胃に液体が溜まっていて、それがムカムカ、気持ち悪さに繋がっているようで
食事はまだ再開されない。食事が出来ないことで、腕からの点滴が右肩横の胸に移されて、今までより高カロリーの
点滴に変わったようだ。足の痺れは背中の麻酔の針を抜いてもらったら、しばらくしたら収まって、
足の痺れは、ちょっと焦った。
しかし、麻酔が無くなれば、手術の傷口が痛い。
歩けと言われて歩くけど、傷口が なんとも言えない痛み。
頭の痛みは無くなった。あれも麻酔のためだったかもしれない。
一つ痛みが消えると、違うところが痛む。
昨日の夜も、気持ち悪さで吐いて 薬を打ってもらった。
今も、喉元に違和感がある。

今日は尿の管を抜いてもらう。手術2日目に抜いてもらったけど、
なぜか尿意が無く再度入れられて、今回は多分大丈夫だと思う。

昨日主治医の先生と雑談を時間があって、
自分の手術の話がメインだけど、いかに大変な手術だったかを話されて
一時めげたと言っていた。それ程酷い病状だったけど、
自分の身体はメタボといえば言えるけど、「デブ、太っている」と言う身体ではない。
入院前は174cm、71kgだったと思う。
それが、入院して3週間 絶食だったので 手術前は62.5kgになっていて、
腹回りも本当にスッキリして、手術自体は 太っている人に比べればラクとは言えないが
邪魔する脂肪が少なかったようだ。
結局自分の病気は内臓脂肪が悪さをしたようで、
だから先生に、自分のような身体でも内臓脂肪が悪さをするなら
最近の日本人はメタボの人は非常に多いし、クマさんのようなムーミンの様な
身体の人は多い。そんな人がもし何らかの内臓の手術をすることになったら、
手術をする医者としては、やりたくない身体だそうで、
お腹を切って腹膜(?)に至るまでに、切っていかなくてはならないし
その間も手は脂だらけで、手はベチョベチョになるし、
そこから、脂肪の付いた内臓を引っ張り出すのも重たいし、脂で滑るし、
医者からしての作業も大変だけど、術後の本人はもっと大変。
癒着し易いし、傷口も塞がりにくいし化膿もし易い。
内臓の病気を一生しなくて済めば良いのだけど、死因にはいろんなのがあるから
一概には言えないけど、やはり内臓の病気で亡くなる人は多いと思う。
その時のためにも、日本には美味しいものは山の様にあるし、
テレビを観ていれば、美味しいそうな食べ物、お店も山の様に出てくるけど、
食べたいのは人情だけど、ムーミンの様な身体になると本当に大変な様だ。
タレントのマツコの様な身体の人のお腹、内臓はどうなっているんだろうかと
病気になってすごく思う様になった。
もし、それほどでも無い内臓の病気になって、それでも手術しなくてはいけなくなったら
病気自体では無く、術後に出てくる悪いことで生命に関わるかもしれない。

今回手術を受けて、テレビドラマで天才外科医が出て来て、難しい手術をやり抜くと言う
話は出てくるけど、確かに外科医の腕、技量は受ける側としては大切だけど、
手術が終わってから、どう患者を回復させるか。
それは、看護師さんを含めて病院全体が治療してくれるか?が患者にとっては
大切だし、患者自身も早く治りたいと努力する気持ちが大切だと思った。

手術してから5日目

手術したのが10日、昼1時から。

手術は初め3時間半から4時間と聞いていたが、結局5時間かかったらしい。
本人は寝ているからわからないけど、気がついたら病室で
その夜は、傷口は麻酔でそれ程痛くはなかったが、
やはりそれ程寝られるはずもなく、夜中に胃液のようなものを吐いた。
鼻から胃に管が入っていて、そこから看護師さんが、胃の中のものを出してくれて
吐き気どめの薬で少しは楽になった。

2日目は、幾分楽だったけど相変わらず胃がムカムカして管が入っているから
話もしずらく、喉も痛かった。
静かに寝ていても時間は過ぎないしで、ネットで寅さん映画を観て
こういう時の寅さんは良かった。
癒着が怖いし、体力低下を防ぐため歩けと言われて、病院内は1週で100mくらいを2週した。
夜は結構寝れて、3時間おきくらいに起きるんだけど、群馬の友達のパン屋に買いに行ったり、
業者とケンカしている夢や、点滴車を持ちながら身軽に歩き回っている夢を見た。

3日目、朝からやはりムカムカして気持ちが悪くて、立ち上がると頭がいたい。
それを我慢して朝と夕方、2週ずつ歩いた。
昼から母と弟が見舞いに来てくれて、80を過ぎた母にこんな心配をかけて
本当に申し訳なく思う。「治して乗り越えるしかないから頑張れ」と励まされた。
夜はあまり寝られず、ラジオを聴きながらウツラウツラするような睡眠
この日は一日中気持ちが悪くて、夜9時過ぎに何回か吐いた。
出てくるものは、胃液のような群青色の液体で、酸っぱくて口中が不味くなる。
看護師さんに吐き気どめの薬を打ってもらって、少ししたら楽になって、
それで少し眠ることができた。

本日4日目は、頭痛は少し和らいだが、ムカムカしているのは取れない。
朝一で、病院内を2週したが、この時は足が痺れていて 人の足のようで、
その後主治医が来て、様子を聞いて レントゲンを撮るよう言われ、
行きは自分の足で行けたけど、みるみる足が痺れて、帰りは車イスに
立っていられなかった。
その後病室で、身体を拭いてもらってから病院服を着替える時
右足が全く痺れてしまって動かなくなって、
先生が来てくれて、背中に入れてあった麻酔の針を抜いてもらった。
どうやらズレたようで、今少しずつ戻って来た。

まだ管だ点滴を含めて4本入っている。
食事もまだ食べたい気分にはならないし、
まだまだ先は長そうだ。

入院してからの体重

入院してから3週間。全く食べ物を食べていない。今口にするのは、お茶と薬。
ハッキリしていないが、多分入院前は71kgはあったと思うが、だからメタボリック状態で、いくら食べることを控えても、腹周りの脂肪は無くならなかった。が この3週間ですっかりなくなってしまった。昨日測ったら62.5kg
になっていた。自分は分からないが、顔の肉もなくなったようで、ほっぺたの肉も無くなったようだ。
究極ダイエットのようだが、看護婦さんに言わせると、病気が治ってふつうに食事ができるようになったら、すぐに戻るらしい。
退院してふつうに戻ったら、どれだけこの体重近くを維持できるか、挑戦しようと思っている。

入院して18日目

入院して18日。来週手術をする事になった。
自分の父親も病気は違うが、同じ年齢で内蔵の手術をする事になるなんて、自分は絶対ないと思っていたが、こんなことになるとは。
入院していて、落ち込んでも仕方がないし、不安はないと言えば嘘になるが、医者に任せるしかない。

入院

7月16日の朝から、少しずつお腹が痛くなり、下痢になって、痛みは酷くなり、夕方休日診療してもらって、翌日も症状は変わらず、1日寝ていて、火曜日 病気に連れて行ってもらって、診察してもらって、血液検査の結果、即入院。それから11日間 栄養剤と抗生剤で、水は飲めるけど完全絶食。
その間も下痢は続き大変で、いまも良くなっているのはわかるけど微妙な感じ。
もう少し時間が掛かりそうだ。
時代が時代なら、完全に死んでいた病気。
「人生50年」と言われた時代なら、そのままでした。
Categories
Archives
livedoor×FLO:Q パック